銀杖のティスタ

マー

文字の大きさ
41 / 71

40 巡る魔導書と封印魔術

しおりを挟む

 それから1ヵ月の時間を掛けて魔導書の内容を解読した後、レポートを書いてリリさんへと提出した。

 魔導書を解読した詳細は、ティスタ先生とリリさん以外へは伝えていない。その内容が魔術師にとって有用であると同時に、扱い方を間違えればとても危険なものだったからだ。

 レポートを送った翌日、リリさんから返事があった。一緒に魔導書の内容について話をしたいとのこと。僕としても相談したいことがあったので、丁度良い機会だった。

 僕はリリさんに待ち合わせ場所として指定された都内の喫茶店へと向かった。

「トーヤさん、レポートの内容は読ませてもらったわ。もっと時間が掛かるとおもっていたけれど、随分と早かったわね」

「父と母が遺してくれた魔界文字の翻訳があったので、それを元にして魔導書の解読をしたのですが……これってズルになってしまいますかね……?」

「へぇ、気になるわ。どういうことなのかしら?」

 魔導書の解読が早く進んだのは両親が結婚前に文通していた時の翻訳記録を参考にしたからと説明すると、リリさんは大変感心した様子で笑ってくれた。

「ふふ、なるほど。まさかきっかけがラブレターとはね……それが自分の子供の将来のために役立つなんて、ロマンがあっていいじゃない。何もズルじゃないから気にしなくていいわよ」

 リリさんからの許しを得ることができたところで、本題に入る。魔導書の内容についてだ。

「レポートにも纏めた通りですが、結論から申し上げますと魔導書の内容は「位の高いエルフ達が後世へ遺した言葉」と「古代の魔術」……今では使われていない魔術の使い方が記されていました」

「古代魔術の存在を示唆する魔導書はいくつもあったけれど、その行使方法が書かれている魔導書は今の人間の世界にはほとんど現存していない。まさかキミの昇級試験に利用した魔導書が、その大当たりだったとはね」

 リリさんが言うには、あの魔導書の内容はあらゆる魔術研究者が追い求めていた物のひとつらしい。

 エルフの血が流れる者以外は読み解けない魔術的な仕組みが施された魔導書、その中に記されていたのは「封印の魔術」だった。

「その封印魔術を使用するために必要な「詠唱」と「印相」、そしてその魔術を受けたものがどうなるのか……魔導書には、その詳細が書かれていたんです」

 必要なのは、魔界の言語での詠唱。その内容は人間も使っている「祝詞のりと」のようなものだった。人間でもわかるように翻訳すると「魔の力を授けてくれた神様、鎮めたまえ、祓いたまえ、封じたまえ」といったニュアンスだ。

 次に印相。手で形を作って、魔族が祀る神様に向けてお願いをする。調べてみると、人間の世界の「智拳印ちけんいん」という印相に近い。

 これらを組み合わせて、莫大な量の魔力を消費することで封印魔術を行使できるという。

 そして、この封印魔術でその身を封じられた者の末路は――

「この魔術でその身を封じられた者は、輪廻転生の輪から外れて二度と生まれ変わりが出来ない……という内容でした。本当のことかわかりませんけれど、恐ろしい魔術のようです」

「封印魔術は、肉体と魂を一緒に封じるものだからね。いにしえのエルフ達が「余程のことが無い限り使わないで」と魔導書に書くのも当然よ」

 リリさんは長い金髪の毛先をいじくりまわしながら、何か考え込んでいる。

「あの、もしかしてこれって解読しない方がよかったでしょうか……?」

「いいえ、そんなことは無いわ。きっとあなたの祖先も将来必要になる知識だと思って魔導書を作ったのだから。並みの魔術師の魔力量では扱えないものだし、完全な解読が出来たところで使用できる者はほとんどいないでしょう」

「そうですか、よかった……」

「私が気になっているのは、どうしてそれを人間の世界に遺したのかという点ね。古のエルフ達は、この魔術が人間の世界で必要になる状況が来ると考えていたということになる」

「この魔導書の著者の後書きを読むと、きっとそうだったのだと思います」

 この魔導書は、魔界が滅ぶ直前に書かれたものだった。

 一部の魔族を除いて、滅びゆく魔界からは多くの魔族達が人間の世界へと移住してきた。それから程なくして人間達は移住してきた魔族から魔術を学んで、素養のある人間は積極的に魔術を使うようになった。

 学んだ魔術を人々のために使う者だけではなく、私利私欲のために使う人間もいつか必ず出てくることは容易に想像できた。魔導書に記されていた「封印の魔術」は、魔術を悪用する者、その中でも人間の手に負えないほど強くなってしまった者を封じ込めるために作られたのではないかと僕は考えている。

 事実、この魔導書には人間世界の未来を憂いた内容だった。今は大丈夫でも、この先どれほどの恐ろしい事態があるかわからない。今は亡き魔界のエルフ達は、人間の世界を守る策のひとつとして封印の魔術を用意したと考えられる。

 そして、エルフの血を持つ僕の元へと辿り着いて、両親のおかげでほぼ完璧な解読をすることができた。まるで――

「キミの手にこの魔導書が渡ったのは、運命だったのかもね」

 リリさんはそう言った。魔導書の内容を読み解ける者を選んでいたのではないか、と。そう思い至った根拠もあるらしい。

「トーヤさん、あなたの母親はエルフだったのよね。あなたと同じく、翡翠の瞳をしていたかしら」

「はい、そうです」

「……エルフの中にも序列というものがあってね。特に魔界の特別な聖域を守るエルフは「ハイエルフ」あるいは「ホーリーエルフ」なんて呼ばれていて、美しい翡翠の瞳と凄まじい魔力を持っていた。トーヤさんの魔術のポテンシャルと魔力量から考えると、キミもその血筋なのかもしれないわ」

「そうなんでしょうか。母からは何も聞いていなかったので……」

 生前、母は自分の身の上を何も語らなかった。息子である僕も、母の魔界での身分がどのようなものだったか聞かされていないし、今はもう確認する手段は無い。

 僕が何か思い当たることがないかと考えていると、リリさんは「あくまでも自分の想像・推測だけれど」という前置きをして、話を聞かせてくれた。

「キミの苗字の「ひいらぎ」は、もしかして母方の姓なのではないかしら?」

「はい、そうです。母が人間の世界へ移住してきて、気に入った文字を苗字にしたと聞いています」

「柊の英名は「Holly」、ホーリーエルフの「Holy(神聖な)」とは違うけれど、ちょっとした願掛けのつもりでそんな苗字にしたのかも……なんて思ったのよ。実際、魔界からこちらの世界へ移住してきた魔族にはそんな願掛けをする風習があったからね。柊は「魔除け・邪気を除ける」と言われているし、海外の花言葉では「家族の幸せ」なんていうのもある」

「そんな意味が……」

「誰にも読み解くことの出来なかったエルフの魔導書が、様々な魔術師や魔術研究者から巡り巡って高位のエルフの血が流れるキミの元へと辿り着いたのは偶然ではない。人間と魔族の間に産まれたキミだからこそ読み解けたのだと、私はそう思っている」

 母が高位のエルフだということは知らなかったけれど、生前の母の穏やかで優しい気質、高貴に感じる雰囲気の理由がわかった気がした。

 父と結婚した後、人間世界の汚れた環境に適応できずに亡くなってしまった母だったけれど、その最期はとても穏やかなものだった。その後、父も身体を壊して後を追うように亡くなった。それでも僕には、両親が付けてくれた「名」と様々な意味が込められた「姓」がある。

「魔術だけではなく、呪術などのあらゆる分野において「名」は特別な意味を持つ。それは自分の名前も同じよ。しかも聖域を守る高位のエルフの言霊が込められているからね。キミはきっと、今でもご両親に守られているんだと思う。この魔導書にトーヤさんが巡り合ったのも、もしかしたらそれが一因なのではないかしら」

 今はもう言葉も交わすことが出来ないほど遠くに行ってしまった両親に感謝をしながら、僕はリリさんの言葉に静かに頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...