銀杖のティスタ

マー

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40 巡る魔導書と封印魔術

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 それから1ヵ月の時間を掛けて魔導書の内容を解読した後、レポートを書いてリリさんへと提出した。

 魔導書を解読した詳細は、ティスタ先生とリリさん以外へは伝えていない。その内容が魔術師にとって有用であると同時に、扱い方を間違えればとても危険なものだったからだ。

 レポートを送った翌日、リリさんから返事があった。一緒に魔導書の内容について話をしたいとのこと。僕としても相談したいことがあったので、丁度良い機会だった。

 僕はリリさんに待ち合わせ場所として指定された都内の喫茶店へと向かった。

「トーヤさん、レポートの内容は読ませてもらったわ。もっと時間が掛かるとおもっていたけれど、随分と早かったわね」

「父と母が遺してくれた魔界文字の翻訳があったので、それを元にして魔導書の解読をしたのですが……これってズルになってしまいますかね……?」

「へぇ、気になるわ。どういうことなのかしら?」

 魔導書の解読が早く進んだのは両親が結婚前に文通していた時の翻訳記録を参考にしたからと説明すると、リリさんは大変感心した様子で笑ってくれた。

「ふふ、なるほど。まさかきっかけがラブレターとはね……それが自分の子供の将来のために役立つなんて、ロマンがあっていいじゃない。何もズルじゃないから気にしなくていいわよ」

 リリさんからの許しを得ることができたところで、本題に入る。魔導書の内容についてだ。

「レポートにも纏めた通りですが、結論から申し上げますと魔導書の内容は「位の高いエルフ達が後世へ遺した言葉」と「古代の魔術」……今では使われていない魔術の使い方が記されていました」

「古代魔術の存在を示唆する魔導書はいくつもあったけれど、その行使方法が書かれている魔導書は今の人間の世界にはほとんど現存していない。まさかキミの昇級試験に利用した魔導書が、その大当たりだったとはね」

 リリさんが言うには、あの魔導書の内容はあらゆる魔術研究者が追い求めていた物のひとつらしい。

 エルフの血が流れる者以外は読み解けない魔術的な仕組みが施された魔導書、その中に記されていたのは「封印の魔術」だった。

「その封印魔術を使用するために必要な「詠唱」と「印相」、そしてその魔術を受けたものがどうなるのか……魔導書には、その詳細が書かれていたんです」

 必要なのは、魔界の言語での詠唱。その内容は人間も使っている「祝詞のりと」のようなものだった。人間でもわかるように翻訳すると「魔の力を授けてくれた神様、鎮めたまえ、祓いたまえ、封じたまえ」といったニュアンスだ。

 次に印相。手で形を作って、魔族が祀る神様に向けてお願いをする。調べてみると、人間の世界の「智拳印ちけんいん」という印相に近い。

 これらを組み合わせて、莫大な量の魔力を消費することで封印魔術を行使できるという。

 そして、この封印魔術でその身を封じられた者の末路は――

「この魔術でその身を封じられた者は、輪廻転生の輪から外れて二度と生まれ変わりが出来ない……という内容でした。本当のことかわかりませんけれど、恐ろしい魔術のようです」

「封印魔術は、肉体と魂を一緒に封じるものだからね。いにしえのエルフ達が「余程のことが無い限り使わないで」と魔導書に書くのも当然よ」

 リリさんは長い金髪の毛先をいじくりまわしながら、何か考え込んでいる。

「あの、もしかしてこれって解読しない方がよかったでしょうか……?」

「いいえ、そんなことは無いわ。きっとあなたの祖先も将来必要になる知識だと思って魔導書を作ったのだから。並みの魔術師の魔力量では扱えないものだし、完全な解読が出来たところで使用できる者はほとんどいないでしょう」

「そうですか、よかった……」

「私が気になっているのは、どうしてそれを人間の世界に遺したのかという点ね。古のエルフ達は、この魔術が人間の世界で必要になる状況が来ると考えていたということになる」

「この魔導書の著者の後書きを読むと、きっとそうだったのだと思います」

 この魔導書は、魔界が滅ぶ直前に書かれたものだった。

 一部の魔族を除いて、滅びゆく魔界からは多くの魔族達が人間の世界へと移住してきた。それから程なくして人間達は移住してきた魔族から魔術を学んで、素養のある人間は積極的に魔術を使うようになった。

 学んだ魔術を人々のために使う者だけではなく、私利私欲のために使う人間もいつか必ず出てくることは容易に想像できた。魔導書に記されていた「封印の魔術」は、魔術を悪用する者、その中でも人間の手に負えないほど強くなってしまった者を封じ込めるために作られたのではないかと僕は考えている。

 事実、この魔導書には人間世界の未来を憂いた内容だった。今は大丈夫でも、この先どれほどの恐ろしい事態があるかわからない。今は亡き魔界のエルフ達は、人間の世界を守る策のひとつとして封印の魔術を用意したと考えられる。

 そして、エルフの血を持つ僕の元へと辿り着いて、両親のおかげでほぼ完璧な解読をすることができた。まるで――

「キミの手にこの魔導書が渡ったのは、運命だったのかもね」

 リリさんはそう言った。魔導書の内容を読み解ける者を選んでいたのではないか、と。そう思い至った根拠もあるらしい。

「トーヤさん、あなたの母親はエルフだったのよね。あなたと同じく、翡翠の瞳をしていたかしら」

「はい、そうです」

「……エルフの中にも序列というものがあってね。特に魔界の特別な聖域を守るエルフは「ハイエルフ」あるいは「ホーリーエルフ」なんて呼ばれていて、美しい翡翠の瞳と凄まじい魔力を持っていた。トーヤさんの魔術のポテンシャルと魔力量から考えると、キミもその血筋なのかもしれないわ」

「そうなんでしょうか。母からは何も聞いていなかったので……」

 生前、母は自分の身の上を何も語らなかった。息子である僕も、母の魔界での身分がどのようなものだったか聞かされていないし、今はもう確認する手段は無い。

 僕が何か思い当たることがないかと考えていると、リリさんは「あくまでも自分の想像・推測だけれど」という前置きをして、話を聞かせてくれた。

「キミの苗字の「ひいらぎ」は、もしかして母方の姓なのではないかしら?」

「はい、そうです。母が人間の世界へ移住してきて、気に入った文字を苗字にしたと聞いています」

「柊の英名は「Holly」、ホーリーエルフの「Holy(神聖な)」とは違うけれど、ちょっとした願掛けのつもりでそんな苗字にしたのかも……なんて思ったのよ。実際、魔界からこちらの世界へ移住してきた魔族にはそんな願掛けをする風習があったからね。柊は「魔除け・邪気を除ける」と言われているし、海外の花言葉では「家族の幸せ」なんていうのもある」

「そんな意味が……」

「誰にも読み解くことの出来なかったエルフの魔導書が、様々な魔術師や魔術研究者から巡り巡って高位のエルフの血が流れるキミの元へと辿り着いたのは偶然ではない。人間と魔族の間に産まれたキミだからこそ読み解けたのだと、私はそう思っている」

 母が高位のエルフだということは知らなかったけれど、生前の母の穏やかで優しい気質、高貴に感じる雰囲気の理由がわかった気がした。

 父と結婚した後、人間世界の汚れた環境に適応できずに亡くなってしまった母だったけれど、その最期はとても穏やかなものだった。その後、父も身体を壊して後を追うように亡くなった。それでも僕には、両親が付けてくれた「名」と様々な意味が込められた「姓」がある。

「魔術だけではなく、呪術などのあらゆる分野において「名」は特別な意味を持つ。それは自分の名前も同じよ。しかも聖域を守る高位のエルフの言霊が込められているからね。キミはきっと、今でもご両親に守られているんだと思う。この魔導書にトーヤさんが巡り合ったのも、もしかしたらそれが一因なのではないかしら」

 今はもう言葉も交わすことが出来ないほど遠くに行ってしまった両親に感謝をしながら、僕はリリさんの言葉に静かに頷いた。
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