銀杖のティスタ

マー

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70 未来にあなたと

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 翌日。

 僕とティスタ先生は、久しぶりにふたりきりの会話を楽しんでいた。千歳さんと兄弟子は、気を使ってくれたようで外回りの仕事を請け負ってくれたらしい。

「昨日はすみませんでした……」

「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。急な帰国になってしまったので驚かせてしまったようで」

 感動の再会と感情の暴走が同時に起きた昨晩の出来事は、泥酔していたティスタ先生もちゃんと覚えていたらしい。

 実は帰国の件は事前に事務所の方には伝えていたのだけれど、僕をサプライズで登場させようと言い出したのは千歳さん。兄弟子と行きつけのお店の店主まで巻き込んで色々と計画していたらしい。

「とりあえず先生が元気そうで安心しました」

「うぅ……」

 耳まで真っ赤にしながら両手で顔を覆う先生の姿を見ていると「自分の居場所、好きな人の元に帰ってきたんだな」と心の底から実感できる。

「ところで、どうして急な帰国をしたんですか? 何か重大な仕事があるのなら、私が手伝いますよ。遠慮なく言ってくださいね」

 いつ会っても、自分よりも他者を優先する優しいところは変わらない。彼女の存在があったからこそ、僕は世界の現実を知ってもガーユスのように「越えてはいけない一線」を越えずに済んだ。

 僕にとって、彼女の存在そのものが「この世界の中心」なんだ。

「この国に帰ってきたのは、ティセに会いたかったから」

「またまた、そんな……」

「本当に」

「…………」

 ティスタ先生は――ティセは、顔を少し赤く染めながら恥ずかしそうに頷く。

「私もずっと会いたかった……」

「うん。これからはずっと一緒にいます」

「うぅ……よく恥ずかしげもなくそんなことを言えますね……」

「そのために帰ってきたようなものだから。……ちょっと相談というか、提案があるんだけれど、この事務所の近くにマンションを借りようと思っているので、そこで一緒に暮らしませんか?」

「……え゛っ」

 ティセの顔が更に赤く染まる。

 同居に関しては、日本に帰ってくる前から考えていたことだった。

 彼女がいつも寝泊まりしているのは、便利屋事務所の横にある仮眠室。居心地の良さは僕も何度か味わったけれど、せっかくならちゃんとした「帰る場所」もあった方がいいのではないかと思っていた。

 一緒にプライベートな時間を過ごせるし、放っておくと不摂生な生活ばかりしているティセの食事も僕が用意も出来る。もちろん強要するようなことではないけれど、彼女さえ気を許してくれるのなら絶対にその方がいい。

「まだ物件とかは決めていないけれど、もしよかったら――」

「ど、どう、同棲……ですよね……」

「うん」

「私、あんまり料理とかできないですけど……」

「僕が作るので大丈夫。世界を回っているうちに、色んな料理も学んだので期待して」

「掃除とか、あんまりしないし……」

「事務所の掃除で慣れていますから、大丈夫です」

「毎晩、お酒を飲み過ぎて倒れているかも……」

「いつものことだから平気です」

「キミのおばあ様は何て言ってましたか……?」

「昨日、日本に帰ってきてすぐに話したんですけれど、是非そうしろと言ってくれました。実家は徒歩でも行ける距離ですし、問題ありません」

 何も心配無し。伊達に彼女の弟子として近くにいたわけではない。

「じゃあ、よろしくお願いします……」

「断られなくてよかったです」

「キミからのそんな誘い、断れるわけないじゃない。わかってて言っているくせに……」

 無事に同棲の予定が決まったところで、僕にとっては久しぶりの便利屋稼業の再開。既に今日最初の依頼も受けているとのこと。

「この話は仕事が終わった後に改めてするとして、トーヤ君。久しぶりの日本での仕事ですよ」

「はい、わかりました」

「では、行きましょうか!」

 彼女はご機嫌な様子で僕に笑顔を向けてくる。

 世界を旅する途中に何度も思い出していた愛しい人の笑顔を直に見て、自分のいるべき場所に帰ってくることが出来たのだと実感できる。

 ティセは純白の外套を、僕は灰色の外套を羽織る。魔術師としての象徴であるそれをふたりで着用して、依頼者の元へと向かった。



 ……………



 久しぶりの日本での仕事はかなり苦戦した。

 依頼は「迷い猫の捜索」――僕がティセの弟子だった頃、便利屋として何度も経験した仕事だ。

「やれやれ、かなり時間が掛かりましたね。事務所に戻りましょう、トーヤ君」

「まさか、他の家で飼われていたとは思いませんでした。猫ってそういうところありますよね……」

 朝から迷い猫を探し回って、見つかったのは夕方。無事に依頼主に猫を送り届けた後、ティスタ先生と一緒に事務所へ戻る道中で見覚えのある河原脇の道を歩き続けていた。

「そういえば、僕がティセに初めて会ったのもここでしたね」

「はい、今でも覚えています。あの日は、有り得ないくらいパチンコでボロ負けした帰りでした」

「それは初耳ですが」

 今では酒もギャンブルもすっかりやらなくなって、仕事に集中しているらしい。僕が世界を旅している最中、彼女が不摂生をしているか気になっていたけれど、以前よりはしっかりと自分の健康に気を使ってくれているようで一安心。

 思い出に浸りながらふたりで河川敷を歩いていると、河原で数人の男子が言い争っている声が聞こえてきた。

「先生、ちょっと待っていてもらえますか」

 制服姿の数人の子供が、ひとりの男の子を囲んで罵詈雑言を浴びせていた。その光景に既視感を覚えながら、僕は彼等の元へと駆け寄って声をあげる。

「こら、やめなさい!」

 いじめにしか見えない光景だったので容赦なく怒鳴ると、小さな男の子を囲んでいた数人は慌てて逃げ出した。 

「大丈夫?」

 いじめられていた男の子に向けて手を伸ばすと、彼は僕の手を取って立ち上がった。深々と頭を下げて「ありがとうございました」とお礼を言う少年の髪は灰色、そして美しい金色の瞳をしていた。おそらく半魔族の子供だ。

 僕は、少年に便利屋の住所と電話番号が書かれたメモを渡す。

「お兄さんはここで働いているから、また何かあったら遠慮せずに連絡してね」

 少年は、改めて僕に深々とお辞儀をしてから去っていった。

 魔族や半魔族、魔術師に対する偏見は減ってはきているけれど、それでも完全に無くなってはいない。それはきっとこれから先も同じだろう。

 人間は、特定の者を敵視することでその意思を統一して自分の身を守ろうとする生き物だ。心の安寧のために「何が原因であるか」よりも「誰が悪いのか」を優先した考え方をしている者が多い。

 人が人である限り、この先も同じような魔族差別は続くだろう。

「トーヤ君、大丈夫ですか?」

 急に走り出した僕を後から追ってきたティセは、僕の表情を見て心配そうに聞いてくる。

「……はい、すみません。行きましょう、ティセ」

 沈んでいく夕陽を眺めながら、ティセと一緒に歩き続ける。途中、僕は世界を見て回って辿り着いた結論を彼女に話すことにした。

「ティセと同じように世界を回って、色々と気付くことができました。人間と魔族の融和は、多分これから先も完全なものにならないだろうなと」

「……えぇ。私もそう思います」

「でも、それはひとりだったらの話です」

 僕は、ティセに向けて手を差し出す。

「仲間を集めようと思います。この世界にも、人間の中にも、魔族や魔術師と手と手を取り合ってくれるような者も必ずいると思うんです。僕は、そんな人間達と一緒に「種族間の隔たりを無くした世界」を目指そうかなと」

「ふふ、随分と大きく出ましたね。でも、そうですね。キミや私だけではなく、世にいる理解者達を集められたなら、きっと――」

 ティセは僕の手を握って、力強く頷いた。

 誰よりも強く、誰よりも優しい彼女となら、時間が掛かっても魔族と魔術師の未来を築いていける。彼女の存在は、僕を本気でそう思わせてくれる。

 そして、魔族や魔術師の未来を考える前に、誰よりも優先して幸せにするべき女性ひとが目の前にいる。

 だから僕は、頑張れる。

「でもまずは、自分の身の周りからですね」

「そうですとも。便利屋稼業は飯の種、稼業のついでに魔族と魔術師、救っちゃいましょう!」

 彼女らしい身の丈にあった目標を聞いて、僕も笑顔で頷く。

 手を繋いで河川敷を歩きながら、僕達は進む。躓くことはあっても、後ろを振り向かなければいい。また立ち上がればいい。ひとりで立ち上がれないならふたりで、ふたりでダメならみんなで。きっと大丈夫。

 今は、彼女と一緒に肩を並べて歩いて行ける僕もそばにいるから。
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