屋上の合鍵

守 秀斗

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第1話:夫と会話の無い私

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「いってらっしゃい」

 しかし、返事はない。彼をマンションの玄関で見送った後、私はため息をつく。夫とうまくいってないの。結婚して、一年。早くも仲が悪くなってしまったの。なぜこの人と結婚したのか自問自答の毎日よ。朝食は一緒にすますけど、会話は無し。テレビの音声が空しく部屋に響くだけ。共働きなんで、平日は昼食、夕食は各自適当にとるようになってしまったの。土日なんて地獄よ。夫も居心地悪いのか、本屋に行ったりしてるみたい。そして、家に戻ってきて読書三昧。私の事なんて無視。私も自分の部屋で音楽聴いたりして過ごす。食事は私が作るけど、夫は美味しいともまずいとも言わないの。そして、当然セックスレス。この半年ほどしてないわ。

 私の名前は進藤理央。二十五才。会社員。中小企業だけどね。夫の名前は進藤和夫。二十七才。彼とは女友達の紹介で知り合った。そして、彼からの強引なアタック。流されやすい性格の私はそのまま結婚。そして、後悔。家の中で無視するならなんで結婚なんてしたのよと夫に問いかけたいわ。

 マンションの窓から外を眺める。このマンションはいわゆるタワーマンション。そして、この部屋は最上階の五十階にあるの。正直、初めてこの部屋に来た時は仰天したわ。夫の家は大金持ちなのよ。息子さんである夫に買ってあげたらしい。そして、我が夫の進藤和夫さんも一流大学卒業で、超一流企業に勤めている。もうお金には全く苦労しない人生って決まっているのよね。

 でも、この結婚は失敗だわ。話が合わないの。お金持ちの息子さんと貧乏サラリーマン家庭出身、短大卒で中小企業にそぼそぼと働いている私とでは会話がどうもぎくしゃくしちゃうのよ。何で付き合っている時は気付かなかったのかしら。そして、彼ったら、私の教養の無さや勤めている会社を馬鹿にしているような感じがするの。私って、あんまり文句も言わない、どちらかと言えば気の弱い方なんだけどなあ。夫に逆らったこともないのに。何が不満なのよ。私が馬鹿だから?

 私もこのタワーマンションに目が眩んでしまったと言えば、多分、そうとしか答えようがないわ。でも、いい奥さんになるつもりだったんだけどね。夫は何でも自分一人で決めて自分の考えを押し付けて来てこちらの言うことは聞いてくれず、結局、最後は気の弱い私が押し切られて諦めるの繰り返しだったような気がする。もう、離婚かしら。でも、この部屋は気に入ってるわ。夫と別れたら貧乏なアパート暮らしに戻ってしまうわ。マンションと結婚したのかって言われそうだけど、でも、やっぱりお金って大事よね。でも、愛は金では買えないとも言うけど。ただ、このまま気の合わない夫とずっと過ごすなんて私に耐えられるかしら。

 そもそも何で抱いてくれないの。体の相性が悪いのかしら。私はやたら広いリビングルームに置いてある鏡の前に立つ。そして、顔を見る。美人だと思うわ。自分で言うなって声がきそうね。でも、事実、美人の部類に入ると思うの。それから、私は服を脱ぐ。裸になって、自分の体を見る。顔は美人できれいなスタイル抜群の女が映っている。何でしてくれないのかしら、子供でも出来れば、また環境も変わって夫との関係も修復できると思うんだけど。

 ああ、欲求不満がたまっていくばかりよ。そして、私は自分の裸を見て、いやらしい妄想にとりつかれていく。背の高い、胸の分厚い男性に抱きしめられる。夫は背は普通のやせ型。顔も普通ね。そして、私は妄想の男性にベッドに押し倒される。そして、あそこに挿入されて激しく愛されるの。でも、その男性は私に優しくしてくれるの。快感を与えてくれるのよ。今の夫は一方的に出して終わりって事の方が多かった。すぐに終わっちゃうの。女を悦ばす気がないのかしら。妄想の男性との行為が頭の中を渦巻く。いろいろとはしたないポーズで愛される自分を想像して、私は興奮してきた。私の手が思わず股間にいきそうになる。なんとか押しとどめる。

 何やってんのかしら、私。さっさとスーツを着て、私も部屋から出る。中小企業のつまらない仕事をするために。勤務しているのは総務部よ。彼が馬鹿にしている会社。でも、そんなところしか入れなかった。学校の成績もあんまり良くなかったのよね、私。つまらない女なのかしら、夫からしたら。残念だわ。

……………………………………………………

 そして、今は午後九時。今日はずいぶんと残業してしまった。

「お先に失礼します」

 そう言ったけど、答えはない。もう皆すでに帰っている。中小企業でブラック企業なんだけど、最近は時短とか言ってあんまり残業はしない。

 自宅の部屋があるタワーマンションに帰る。仲の悪い夫はすでに帰っているだろうなあ。家に居るほうがストレスがたまるのよ。だから、残業したりしてるの。何だか、妻と娘に嫌われた中高年サラリーマンのおじさんみたいね、私。

 タワーマンションのエレベーターで最上階まで昇る。到着して私たち夫婦の住む部屋まで行く途中に屋上への扉がある。もちろん、入るのは危険なので普段は閉まっているのだけど、その扉に鍵が差し込んだままだった。そう言えば、一階の掲示板に今日は屋上の貯水槽の清掃と書いてあったのを思い出した。管理人さん、鍵を差しっぱなしにして、その後忘れたのかしら。私はその鍵で扉を閉める。誰かが屋上へ入ったら危ないからね。今日はもう管理人さんは帰宅しただろうから、明日、一階の管理人室のポストにでも入れておくことにした。

 そして、自分の部屋の前に立つ私。憂鬱。夫の会社はかなりのホワイト企業。基本は定時退勤、残業する方が珍しいみたいね。ドアを開けて中に入る。すると、真っ暗。もう夫は寝ているようね。今は眠るときも部屋は別々なの。最初の一か月だけね、一緒のベッドで寝てたのは。なんなのよ、つまらない新婚生活。

 私は簡単な夕食を作り、一人寂しく食べる。昔の事を思い出す。家族で住んでた時は皆でテレビを見ながら夕食をとっていた。楽しかったなあ。一人暮らしの時は元カレと一緒に夕食をとることが多かった。元カレとはケンカ別れをしたけど、でも、今はその笑顔だけが懐かしいの。

 夕食後、シャワーを浴びる。そして、自分の部屋に行きベッドに入ろうと思った時、私は屋上への扉の鍵を見て、思い立った。このマンションの屋上ってどうなってるのかしら。ちょっと見てみようかしら。本当はいけないけど好奇心がわいてきた。

 私はパジャマ姿で懐中電灯とデジタルカメラを持って部屋の外に出る。屋上への扉を開けて階段を上ると広々とした空間に出た。端っこへ行くと落下防止の壁があるのだが、案外低い。でも、そこから見る都会の夜景。すごく綺麗だわ。ちょっと曇っているけど。マンションの部屋からも外は見えるんだけど、窓枠があるし、ベランダなんかもない。でも、この屋上からは大パノラマの風景が見える。私はその綺麗な夜景をデジカメで撮影する。

 ああ、この場所にいるとなんだか開放的な気分になった。ストレスが消えていく。管理人さんには悪いけど、合鍵を秘かに作ることにした。でも、離婚したらこの夜景も見れなくなるのかしらね。
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