屋根裏に隠れる

守 秀斗

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第1話:失業者のジョン・スミス

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 一九三〇年代、大恐慌時代のアメリカ。
 ニュージャージー州都の州都トレントン。

 三十才のジョン・スミスは腹をすかせながら路上を歩いていた。そこかしこには自分と同様に失業したであろう男たちが道路の端っこで座り込んだり、うずくまっている。

 つい、数年前まではアメリカは空前の好景気だった。
 しかし、一九ニ九年十月のニューヨーク市場の株大暴落から始まった世界恐慌により、そこら中、失業者だらけになった。

 ジョン・スミスもその一人だ。
 年齢は三十才。
 家族はいない。
 銀行で仕事をしていたが、あっさり倒産して失業者になった。

 特別な技術を持っていないジョンはなかなか再就職ができなかった。
 貯金もすぐになくなってしまい、借家を追い出され路上生活者になってしまった。

 目の前に食料品店があった。
 自分の前をよろよろと歩いている男がいる。
 ジョンと同じように失業者だろう。

 その男がすばやく店先の果物を一個盗んで、ポケットに入れた。
 よろよろと歩いていたのは演技だろう。
 店の人は気づいていない。
 しかし、ジョンは黙っていた。

 お腹が減って耐えられなかったんだろう、あの男は。
 警察に通報する気にもならない。
 店の人には悪いが、正直である必要はない時もある。

 いっそのこと自分も何か盗んで捕まって刑務所行きになれば、少なくとも飢え死にはしないだろうとジョンは思った。しかし、やはり刑務所とかは怖いなと思うとそんな事をする気は起こらない。
 
 今、ジョンはある家を目指して歩いている。

 ブライアン・オールストンの自宅だ。
 以前、何日も食事にありつけず路上で倒れてしまったジョンを助けてくれた人物だ。
 会社の社長をやっていると聞いた。
 自宅で一晩寝かせてくれた。

 ブライアン・オールストンは奥さんと二人暮らし。
 奥さんの名前は、クリスティーナ。
 わりと大きい一軒家に夫婦二人で住んでいた。
 しかし、大きい家の割にはお手伝いさんとかはいないらしい。

 ブライアンは背の高い五十才くらい男だったが、このクリスティーナの方は、まだ二十代って感じの美人で、しかも失業者のジョンに対しても優しかった。このブライアン・オールストンが経営している会社は、この大恐慌にもかかわらず業績は好調らしい。

 その後もジョンは仕事を探したが、なかなか見つからない。
 相変わらずどこに行っても失業者だらけだ。
 教会の炊き出しでなんとか食いつなぐ始末。
 ジョンはかなり追い詰められていた。

 そこでジョンは、以前自分を助けてくれたオールストンを思い出した。
 何とかオールストンの会社で事務員でもいいから雇ってくれないだろうか。

 いや、仕事は無理でもせめて食料を少し分けてくれないだろうかと。
 空腹でふらつきながらもオールストンの家を目指して歩く。

 途中で水道工事屋の自動車が停まっているのが見えた。
 運転席には若い青年が乗っている。

 ああ、俺も水道工事屋にでもなればよかったかなとジョンは思った。
 銀行はアメリカ全土で数千社倒産したと新聞で知った。
 銀行員は余ってるし、必要ない。
 金融経済が崩壊したからな。

 しかし、大恐慌でも家の台所やトイレなどの水道設備は壊れたりするものなあ。
 当然、修理屋は必要だ。
 そういう技術を持てばよかったかなあ。
 
 そんなことを考えながらやっとオールストンの家にたどり着いたジョン。
 
 今は夕方。
 玄関のドアノックを叩く。

 しかし、誰も出てこない。
 今日は休日だったなとジョンは思い出した。
 どこかに夫婦で出かけているのかと、しばらくジョンは玄関前で待つことにした。
 すると空が曇ってきたかと思うと、突然、どしゃ降りの雨が降ってきた。
 
 まいったなあと思ったジョンがオールストン家の玄関によりかかると、鍵がかかっていないことに気づいた。不用心だな。そして、勝手に入るのはまずいとジョンは思ったが、この雨を避けたいためオールストンには悪いが家の中に入った。

 中に入って玄関のすぐ近くで、オールストン夫妻が帰って来るのを待つジョン。
 夫妻が帰って来る気配があったらすぐに家の外に出て挨拶をするつもりだった。
 しかし、なかなか夫妻は戻って来ない。

 お腹が空いてしかたがないし、喉も乾いてきた。
 せめて、水でも飲みたいと思ったジョンはオールストンの家の奥に入っていく。

 リビングルームを過ぎて、キッチンへ。
 水道の水をガブガブと飲む。
 リビングルームには大きいラッパがついたような蓄音機が置いてあるのが見えた。
 さすが、金持ちだなとジョンは思った。
 見回すと調度品も高価なものばかりだ。

 すると、キッチンに変な白い大きい箱があるのをジョンは見つけた。
 これは見たことがあるぞとジョンは思った。
 電気冷蔵庫じゃないか。

 やはり金持ちだなあとジョンは思った。
 氷で冷やすのは見たことがあるが、電気を使用する冷蔵庫を触ったことは一度もない。

 思わず扉を開けてしまった。
 冷えた空気が流れてきた。
 中には食料が詰まっている。

 空腹に耐えかねたジョンはつい手を出してしまった。
 中にあったハムをガツガツと食べてしまった。

 そして、腹がいっぱいになった時に気づいた。
 これじゃあ、泥棒じゃないか。

 すぐに退散したほうがいいと思った時に自動車が家の前に止まる音がした。
 オールストン夫妻が帰ってきたらしい。

 どうしようかとジョンは思った。
 お腹が空いていたので、つい勝手に家の中に入って、冷蔵庫の中の食料を食べてしまいましたなんて言ってもオールストンは聞いてくれるだろうか。

 いや、このままだと警察に突き出されてしまうかもしれない。
 そう思ったジョンは慌てて二階への階段を上がった。
 二階の廊下の窓から外に飛び降りようかと思ったのだが、この廊下には窓が無い。

 そして、どこか隠れるとこはないかと見回すと、廊下の天井の板がほんの少しずれているのを見つけた。
 ジョンは二階の廊下に置いてあった椅子へ立ち上がると、板をずらして屋根裏に入る。

 板をちゃんとはめ込んだ。
 しかし、中が狭い。
 何とか広い空間ある場所まで這いずっていった。

 下からは、オールストン夫妻が喋っているのが聞こえてきた。
 ジョンは、とりあえず今夜はこの屋根裏で一晩過ごして、明日、隙を見て家の外に出て、またあらためてオールストン家を訪問することにした。

 オールストン夫妻の会話が聞こえてくる。

「ねえ、ブライアン、冷蔵庫の中がちょっと変なんだけど」
「うん、どうしたんだ」

「中身が減っているような気がするのよ」
「うーん、泥棒とか入ったのかなあ。玄関扉を閉めるの忘れてたものなあ。ちょっと家の中の貴重品とか盗まれてないか確認しよう」

 その会話を聞いて、やっぱり隠れてよかったとジョンは思った。
 多分、夫妻に言い訳しても泥棒扱いされただろう。

 夫妻が家の中をいろいろと点検しているような音が聞こえてくる。

「あなた、特にお金とか装飾品は盗まれていないわよ」
「うーん、冷蔵庫の食料がなくなっていたのは君の勘違いじゃないかな。それとも野良犬の仕業かな」
「犬が冷蔵庫を開けるわけないじゃない」

 夫妻が笑っている声が聞こえてくる。
 世間では、多くの人が飢えで苦しんでいるのにいい気なもんだとジョンは思った。

 しかし、久しぶりたらふく飯を食ったので、ジョンはうつらうつらとしてきた。
 そのまま眠ってしまった。

……………………………………………………

 そして、夜中になって、ジョンは目を覚ました。
 何やら、女性の喘ぎ声が聞こえてきた。

 何だろうとジョンは屋根裏の隙間から下の部屋を見た。
 すると小さいランプが灯った薄暗い部屋でオールストン夫妻がベッドの上で裸で絡み合っている。

 どうやらジョンが這いずってきた屋根裏の場所の真下が夫婦の寝室だったようだ。
 夫婦の秘め事が丸見えだ。
 どんどん妻のクリスティーナの喘ぎ声が大きくなる。

 ジョンは女の肉体なんて、ずいぶん前に娼館に行ったきりさわってもいない。
 薄暗い中、ほんの少し見えたクリスティーナの裸体。

 きれいな身体だと思った。
 まだ、若いからだろうな。

 夫のブライアンだが、こっちはちょっとだらしない身体だなあとジョンは思った。
 もう五十代だもんな。

 しかし、これじゃあ、気になって眠れやしないと思った途端、二人の動きが止まった。
 あっさりと秘め事は終わったらしい。
 ずいぶんと短いね。
 やれやれ、こっちもつい興奮しそうになったところで萎えてしまった。

 屋根裏の隙間からランプの光が漏れてくる。
 小さいランプを点け放しにしているようだな。
 まあ、これでゆっくりと眠れるか。
 疲れているしな。

 しかし、一旦、目が覚めるとなかなか眠れない。
 自分の今までの人生を思い出してしまう。

 子供の頃は貧しかったが、楽しい思い出もある。
 しかし農業を営んでいた両親は若い頃、相次いで亡くなった。

 仕方なく、農地を売って学費に当てて、都会に出て何とか大学を卒業。
 小さい銀行に就職した。
 真面目に働いていたが、生来の大人しい性格からかあまり友人も出来なかった。
 恋人もだ。
 気が付けば三十才。
 
 そろそろ結婚したいなあと思っていたが相手がいない。
 どこかで出会いとかないかと思っていたら、それどころではない事態になってしまった。
 こんな大恐慌、大不況が起きるとは思いもしなかった。
 そして、今や、浮浪者になって他人の家の屋根裏で寝る始末だ。

 ついてない。
 しょぼくれた人生だなあと思っていたら、ますます眠れない。

 すると、また下の部屋から少しくぐもった女性の喘ぎ声が聞こえてきた。
 なんだよ、寝たんじゃないのか。
 二回戦目かよ。
 お盛んなこって。

 でも、つい見てしまうなあ。
 ジョンは屋根裏の隙間から覗く。

 するとそこに見えたのは部屋にある大きな鏡の前で全裸になっているクリスティーナの姿だった。
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