プラカーシュの首

守 秀斗

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第1話:最下層の住民

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 この国の夏はじめじめとして蒸し暑い。
 特に今年は例年以上に酷暑が続いている。

 日陰でも不快さは変わらない。
 あまりの暑さに気が狂いそうだ。

 グエンは上半身裸で汗を全身から吹き出しながら、自分の家がある貧民街を歩く。
 安物の木材で作られた家々が所狭しと並んで建っている。

 道の舗装など全くしておらず、土が剥き出しのままであちらこちらに水溜まりがあり、ゴミがそこら中に捨て置かれ悪臭がひどい。

 竹の水筒から水をゴクゴクと飲む。
 絶えず水を飲んでないと死にそうだ。

 家の中で昼寝をしていて、干上がって死んだ奴も珍しくない。
 暑い中、ふらつきながら貧民街を歩いていると罵声が飛んだ。

「お前、臭いぞ!」

 振り向くとぼろ小屋の前で椅子に座った中年の男がグエンを見て薄笑いを浮かべていた。
 思わずグエンは怒鳴り返す。

「うるせー! お前だって似たようなもんだろ、こんなクソみたいな貧民街に住んでるくせに」
 
 するとその男は訝しげにグエンを見るが、何も言わずに黙っている。

 なんだよ、嫌なことを言いやがって。
 グエンはそのまま歩き続ける。

 グエンは人糞の回収作業や動物の死骸処理など人がやりたがらない仕事で生計を立てている。
 生きていくためには仕方が無い。

 グエンは右足が悪い。

 子供の頃、貴族の馬車に轢かれて重傷を負い、その後遺症で今でも足を引きずって歩いている。
 走ることが出来ない。

 この国は階級社会だ。
 下層階級に生まれたら、一生そのままだ。
 上の階級に這い上がることなんてありえない。

 一番上の階層は僧侶だ。
 威張り散らしてやがる。

 その僧侶のなかでも、お偉い連中は額に小さい宝石を付けている。
 なんでそんなものを付けているのかはよく知らない。

 宗教上の理由らしいが。
 格上の坊主ほど高価な宝石らしい。
 
 今日の仕事はもう終わった。
 わずかな賃金を貰って家に帰る。

 家に帰っても一人。
 家族はいない。

 西の方の空がどんよりと曇っている。
 明日は雨が降りそうだ。

 雨が降るとなおさら不快な気分になる。
 天気が悪くなると足の古傷が痛むからだ。

 近くの井戸の水を汲んできて、また大量に飲む。
 家の中でも蒸し暑い。

 窓も扉も開けて、風通しを良くしても全然涼しくならない。
 生暖かい風にさらされて、なおさらムッとしてきて熱くなる。
 
 もう夕方だ。
 グエンはぐったりとして家の床に横になった。

 土の上に筵を置いただけで寝心地が悪い。
 狭くて豚小屋みたいな家だ。

 意識が朦朧としてきた。
 目を瞑る。

「お前は何のために生きてるんだよ!」

 誰かが話しかけてきた。
 グエンが目を開けると知り合いのカイが入口に立っていた。

 家の中に入って来て、ニヤニヤ笑っている。

「よお、グエン。調子はどうだい」

 こいつは、いつもニヤニヤとしてやがる。
 グエンは起き上がるとふて腐れた態度をとった。

「この猛烈な暑さで調子がいい奴なんているわけないぞ。何のために生きているかって、そんなこと知るか。この世に生まれてきちゃった以上、生きていくしか仕方がないだろ」

 カイはちょっと妙な表情した。

「どうした、グエン。やけに機嫌が悪そうじゃないか。と言ってもお前はいつも不機嫌そうな顔をしているけどな」

 カイはまたニヤリと笑う。

 このカイってのはこそ泥だ。
 軽薄な奴で昔から知っているがあまり好きではない。

 正直、鬱陶しい存在だ。
 そのカイがグエンを誘ってきた。
 
「いい儲け話があるんだが、乗らないか」

 どうせ、ろくでもない話だろう。
 しかし、カイの兄貴はこの貧民街の実力者なんで、あまり無視するわけにもいかない。
 グエンは仕方なくカイの話を聞くことにした。

「お前は石窟寺院の便所の汲み取り作業をやっているだろう」
「ああ、最低の仕事だがな」

 ぶっきらぼうにグエンは答える。
 何だ、馬鹿にする気かよと、グエンは蒸し暑さの中でますます不愉快な気分になった。

「寺院の偉い坊さんたちは皆、額に宝石を付けているじゃないか」
「それを盗もうっていうのか、不可能だぞ。常に身に着けているし、周りには護衛士が大勢いる」

 すると、カイがまたニヤリと笑って言った。

「プラカーシュって僧侶は知っているか」
「ああ、知っているが本人は遠くからしか見たことないぞ」

 貧民のグエンが高僧に近づけることなんてほとんどない。

「プラカーシュは石窟寺院の奥で瞑想修行をやる時は誰も近づけないそうだ。護衛の者まで含めてな」
「そこを狙うのか」

 確か、石窟寺院の洞窟の入り口に護衛士がまったく居ない時があったとグエンは思い出した。

「けど、プラカーシュって人は周りから尊敬されていて世間の評判もいいらしいけど。俺は一度、プラカーシュの故郷の村に行ったこともある。その村ではずいぶんと尊敬されていたなあ。そんな人を襲うなんて、大丈夫かよ」
「偉いもんかよ。僧侶たちは皆、俺たち貧民から高い税金取ってぬくぬくとした暮らしをしている生臭坊主ばっかりだ。あんな宝石で着飾りやがって。本当に偉い僧なら清貧な恰好をするべきだろ」

 カイは僧侶たちへの反感を隠さなかった。
 そして、グエンに質問した。

「ところであの宝石って、どうやって額に付いているんだ」
「耳飾りや鼻飾りと似たようなもんだよ。宝石を平らな枠につけて、額の皺にちょっと引っ掛けているだけみたいだな」
「そうか。ならプラカーシュを襲って縄で縛る。宝石を額から奪った後はすぐにとんずらだ」

 相変わらずカイはニヤニヤしている。
 やれやれ、俺に犯罪者になれって言うのかよ。

「嫌だね。俺は関わりたくない」
「いや、お前は寺院の警備側の門をくぐり抜ける時だけ力を貸してくれればいい。グエンは門番の連中とは知り合いだろ。後は俺がやるからさ」

 グエンは何かおかしいと思った。
 このカイって奴は気が弱く、自らこんな大それた事を考えるわけがない。

「お前、誰からこの件を持ちかけられたんだよ」
「ちぇ! 勘がいい奴だな」

 カイはあっさりと白状した。

 カイが言うには、アヤンって名前の外国人が高僧たちが付けている宝石を欲しがっている。
 大金で買い取るそうだ。

 もし、俺たちが坊主から宝石を奪っても、国内で自分たちでは金に出来ない。
 交換屋に持って行っても通報されてすぐに捕まる。
 まさに宝の持ち腐れだ。

 しかし、外国人なら大丈夫だ。
 金と宝石を交換したら、アヤンはすぐに自分の国に逃亡。

 俺たちは大金を手に入れる。
 アヤンが待っている場所は今は廃墟となっている古代遺跡の地下室だ。

「ってわけだ。協力してくれよ」

 いや、こいつだけでこんなことを考えるわけがないとグエンは思った。

「だから、誰に誘われたんだよ」

 グエンにしつこく聞かれて、カイはやや不快な表情でしばらく黙った。
 そして答えた。

「……ダンの野郎だよ、あいつから誘われたんだ」
「あのろくでなし野郎かよ」
 
 グエンは嫌悪の表情を露わにした。
 性格粗暴でこの貧民街で何度も暴力事件を起こしている。
 頭がいかれてる奴だ。

「断る」

 グエンは手を振って、カイを追い払おうとする。
 すると、カイはいつものニヤニヤ笑いはやめてグエンをにらみつけた。

「ああ、そうかい。じゃあ、今日中に借金を返してもらうことにするが、それでいいんだな」
「おいおい、期限はまだ一か月先だろ」
「グエン、兄貴に頼んでお前をぼこってやってもいいんだぜ」

 こいつは、いざとなるといつも兄に頼る小心者だ。
 しかし、カイはともかくこいつの兄貴のボーは怖い。
 
「ああ、わかったよ」

 グエンは仕方なく、カイに同行することにした。

「で、いつ行うんだよ」
「明日、プラカーシュが瞑想修行に入るって情報がある」

 やれやれ、明日は雨が降りそうなんで少し休みを取りたかったのに。
 すでに足が痛み始めてきた。

 しかし、自分の役目は門を通るときだけだし、俺自身は知らなかったことにすればいい。
 犯行はカイとダンの役目だ。
 それにプラカーシュを殺すわけじゃないしな。

「じゃあ、よろしくな」

 カイはまたニヤニヤしながら自分の家に戻っていった。
 グエンはくそ暑い中、再び床に寝そべった。
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