孤児院育ちのエイミー

守 秀斗

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第1話:マルセル孤児院

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 剣と魔法の国、ナロードリア王国の片田舎にあるマルセル孤児院。

 あたしはマリア先生から、「エイミー、あなたは今日から二階の部屋ですからね」と言われて、一階の大部屋から二階の二人部屋に移ることになった。年齢も十三歳になったし、この孤児院では年長組になったからだけど、その二人部屋で暮らしていた子が、突然、脱走して行方不明となり戻って来ないもんだからベッドが空いたことも理由の一つだ。ただ、あんまり二階の部屋に移るのは気が進まなかった。一階の大部屋にいたほうが、大勢友達がいて楽しかったからね。

 この孤児院の子供たちは三十人いて、全員女の子。一階の大部屋の消灯時間は午後九時なんだけど、その時間を過ぎてもけっこう夜中まで起きていて、みんなで毎晩遊んだり騒いだりして楽しかった。どうも、あたしは男の子っぽいらしく、似たような子たちと一緒に定番の枕投げをやったり、ベッドの上で飛び跳ねて天井に手をつこうとしたり、紙で作った剣でチャンバラごっこをしたりと、大はしゃぎ。

 他にも、紙袋に息を入れて丸く膨らまして、上に叩いたり、蹴ったりして、部屋の空中をその紙袋が行きかうゲームをして遊んだりした。自分のベッドの上にその紙の球が落ちたら負けになって部屋の掃除を一人でやるはめになるので、これもみんな必死になって球が落ちてこないよう、夜中に大騒ぎ。おとなしい子には大迷惑だったらしいけどね。

 この大部屋で夜中に遊ぶときのあたしの一番のお気に入りは、ドラゴン退治ごっこ。枕や毛布、予備のパジャマ、小型のタンスなどをうまく重ねて作ったドラゴンを倒す空想劇ね。あたしは、ベッドの下をくぐったり、床に迷路のように配置した毛布の中を這いずり回りながら、すっかりダンジョンを探険している気分になり、各ベッドにいるモンスター役の子を剣で倒す。

 モンスター役の子たちは、おおげさに悲鳴をあげてベッドの上で倒れる。中には、ベッドの上からこん棒で殴りかかってくる子をいる。あたしはこん棒を取り上げ返り討ちにする。紙を丸めて作ったこん棒だけど。

 毛布ダンジョンをさらに奥へと進んでいくと、しまった! タンスでふさがれて行き止まりだ。これはモンスターの罠だ。引き返そうとすると三人くらいで襲いかかってくるが、あっさり倒す。

 あたしは再び毛布ダンジョンを目的地まで目指して、最下層まで下りていく。ついにラスボスのドラゴンのいる大広間にたどり着いた。あたしは興奮して、大部屋の一番奥にいる毛布ドラゴンを剣で討伐する勇者になりきって、真夜中に、「観念しろ、ドラゴン!」と大声で叫んで、毛布ドラゴンと格闘、最後にはカッコよく倒した気分になって剣を振り回したりしていた。モンスター役の子や毛布ドラゴンを動かす黒子役の子たちには、やたら勇者の役をやりたがるあたしにうんざりしていたらしいけどね。
 
 あとは、これまたお決まりの怪談大会で、廊下の端っこのトイレに幽霊が出現するとか、窓から女の子が部屋をのぞいていたがお腹が切り裂かれていたとか、食堂の壁にかけてある鳩時計の鳩は深夜二時に血まみれになって内臓をくわえて出てくるとか、ロビーに飾ってある絵から薄気味の悪いモンスターが飛び出てくるとか、まあ、あたしには全然怖くない話。

 それから、この孤児院の二階から悲鳴があがったり、ごくたまに床の下から変な声や、妙な音が聞こえてくるっていう噂もあって、みんな聞いたって言うんだけどあたしは覚えがないな。

 一階には大部屋が二部屋あって、それぞれ、児童が十人ずつ生活している。部屋はかなり大きくベッドが十台とそれぞれ個人用の小さいタンスが置いてある。ベッドの間隔にはけっこう余裕があって、あたしは真夜中に、「いつか絶対魔法使いになるぞー!」と叫びながら、ベッドからベッドへ飛び移って跳ね回り、これまたおとなしい子に迷惑をかけていた。

 ところで、隣の部屋のリーダー格は、あたしより一つ年下のスザンナって、黒髪の子。けど、体はあたしよりかなりでかく、いつも自分のことを、「あたい」と呼んでいる。

 この二部屋が合同で夜中に遊ぶことがあり、その中で特に面白い遊びは勇者対魔王ごっこね。もちろん、あたしが勇者の役。剣を振り回して、「ヒーローは一人で戦うもんよ!」と叫んで、カッコつけたりしていた。まあ、あたしは女だから、この場合はヒロインなのだろうか? どうでもいいか、そんなこと。

 この勇者対魔王ごっこは、隣の部屋と一週間、毎晩交代で勇者部屋と魔王部屋に別れて、夜中に勇者パーティが魔王部屋に潜入し、魔王役の子がかぶっている紙で作った魔王の王冠を奪って自分たちの部屋に持って帰れば勝ちとなる。この遊びの時間帯は、午後九時の消灯後から午後十一時までの二時間と決めている。なぜ、午後十一時で終わりかというと、毎晩、その時間過ぎくらいにマリア先生やシャルロッテ先生が見回りに来るからだ。この間に、いつ勇者たちが来るかわからないから、魔王側になった方はけっこう緊張する。まあ、あたしたちが暴れているのに関係なく、いびきをかきながら爆睡している子もいるけどね。

 それで、あたしたちの部屋が勇者役の時、一旦、一人の子がランプを持って玄関から外に出て窓から魔王の部屋に入ると見せかけて、窓際にいた魔王役のスザンナが廊下側に後退したところを、毛布のバリケードでふさがっていた部屋の扉をぶち破って、堂々とあたしたち勇者パーティが突入、「覚悟しろ、魔王!」と叫んで、魔王スザンナに剣で斬りつける。

 しかし、あっさりと魔王スザンナは剣を手で受け止めて、あたしからそれを奪い取り、両手で引きちぎる。魔王スザンナは、「かかって来い、勇者!」とこん棒で殴りかかってくる。あたしもそれを素手で受け取って膝で簡単にへし折る。

 剣もこん棒もペラペラの紙製だから、子供でも、引きちぎったり、へし折ったりできるのは当然ね。その後もけっこう熱中して、あたしは魔王の王冠をかぶっているスザンナと掴み合いになり、ついには、部屋から廊下にまで転がり出てしまい大騒ぎになった。まあ、いつものことね。別にケンカじゃないよ、一種の運動会みたいなもんね。

 そんなこんなで、毎晩騒いでいたので、いつもマリア先生に怒られていたけどね。罰として、トイレ掃除をやらされていたら、あたしの大嫌いなムカデがいっぱい出てきて、思わず悲鳴をあげたらマリア先生は平然とその害虫どもに熱湯をかけて退治した。なかなか男勝りの先生ね。

 孤児院では読み書きや、その他の授業もやっているけど意外にもあたしは静かに聞いている。と言うか、夢うつつな感じかな。夜中に暴れているからだろうね。ちゃんと机に座っているけどほとんど寝ているのと変わらないな。授業の方は、マリア先生は怖いのでみんなおとなしく聞いているけど、シャルロッテ先生は気が弱い女性なんで、みんな、なめきっていて授業を聞かないで騒いだりすることがある。

 そういう時は、あたしは立ち上がって、教科書をバシン! と机に叩きつけて、「静かにしろ!」と騒いでいる連中を怒鳴りつける。教室の中は、あっさりと静寂につつまれる。授業が終わったあと、先生にこっそりお礼を言われたりしたけど、実は単にあたしが授業中に眠るのを邪魔されたくないだけでもあったりする。いいかげんな教え子ですみません、シャルロッテ先生。

 あたしにとって、一番眠いのは算数の授業ね。さっぱりわからないので、毎回、居眠り。あんまり寝ているので、年長組のカロリーンやソフィーによく起こされた。この子たちは頭が良くて先生の補助とかをやっている。二人とも金髪の毛をおさげにしていて、背恰好がよく似ているけど、眼鏡をかけている方がカロリーンで、かけてない方がソフィーね。

 カロリーンは頭がいいけど、ちょっと、おっちょこちょいでドジっ子なところがある。眼鏡を頭の上にかけて、「眼鏡が無くなったあ!」と騒いだり、何度も給食当番の日を忘れたりする。先生の代わりに授業をすることもあるんだけど、なぜか算数の時間に、国語の授業をやったりする。頭がいいのに、なぜそんな間違いをするのか不思議だなあ。

 ある日、カロリーンが全員分の給食のスープが入ったバケットを食堂まで運んでいるときに、廊下ですッ転んじゃって、それをひっくり返して中身のスープを台無しにしちゃったことがある。みんなから責め立てられて、カロリーンは大泣きしていた。あんまり泣いているので、かわいそうになって、あたしが、「スープを一食抜いたからって、死ぬことはないよ!」とかばったら、それを見ていたマリア先生に、「エイミー、後で私の部屋に来なさい」と言いつけられた。

 それで、また何か怒られるのかとビクビクしながら先生の部屋に行ったら、「エイミー、さっきの行動は素晴らしいわよ。カロリーンは悪気があって、スープをこぼしたわけではないし、人にやさしくすることはいいことよ」と褒められた。普段は、先生から怒られてばかりなので、あたしはものすごく嬉しかった。先生の部屋を出て、廊下を飛び跳ねる。まあ、次の日から、再び、夜中に暴れて怒られる日々に戻ってしまったんだけどね。

 それで、廊下でカロリーンに会ったら、ついさっきは大泣きしてたのにニコニコ笑っている。「カロリーン、さっきのあれは嘘泣きなの」と聞いたら、「本気で泣いたんだけど、事が収まったので、もう泣く必要はないでしょ」とケロッとしている。なんだか、バカにされたような感じがするなあ。まあいいか。この子が変わった子であることは確かだな。

 ソフィーの方は、表面的には、お堅く真面目な印象。ただ泣き虫なところがある。と言うか、突然、泣きはじめる。以前、雨が降っていて外の運動場で遊べないので、孤児院の一階の廊下で友達と鬼ごっこをやったり、幅跳びやったり、短距離走やったりして、走りまくっていたら、「廊下を走ってはいけません。この行為は規則違反ですよ」と先生みたいに注意された。

 なんとなく偉そうな態度にムカついて、「じゃあ、火事のときも走ってはいけないの」と屁理屈をこねたら、「それは例外です」と答えるんで、「じゃあ、今日は雨が降っているから例外ね!」と遊びを再開したら、いきなりソフィーが泣き出してしまい先生の部屋に駆け込んでしまった。

 別に、泣かなくてもいいのにと思っていたら、いつの間にか、あたしが彼女を虐めたことになっていた。例によって、マリア先生の部屋に呼びつけられ怒られてしまった。「あたしはソフィーを虐めてない」と反論しようと思ったけど、ソフィーがもっと泣くとかわいそうだし、ちょっとうるさくもあるしなあと思い我慢した。やれやれ。

 先生に怒られながら、もう廊下で走って遊ぶことが出来なくなって、つまらんなあと思っていたら先生のごみ箱に紙がいっぱい捨ててあったのを発見した。よし、紙飛行機でも作るかと、部屋を出るときにそれを拾って大部屋に戻って、ベッドの上で大量に紙飛行機を作った。

 紙飛行機っていろんな形があるらしいけど、あたしは頭が悪いので、一種類しか作れない。一番単純な形をした紙飛行機だ。気がつくと外が晴れてきたので、それらを持って、何も置いてない屋根裏部屋のちっこい窓から屋根の上によじ登って、煙突に寄りかかって紙飛行機を飛ばして楽しんだ。

 ほとんどが五秒くらいで地面に落ちてしまうが、中には落ちそうになっても、再び浮かんで十五秒ほど飛ぶのもあった。近くに魔法使いがいてイタズラしているのではとキョロキョロと周りを見るが、誰もいない。全部同じ形の紙飛行機で、飛ばしているのも同じあたしなのに不思議だなあ。そうやって、紙飛行機を飛ばして遊んでいたら、きれいな夕焼けになったので眺めていたら、鳥さんたちが大勢、夕日に向かって大空を飛んでいくのが見えた。ああやって、自由に飛べるってのは気分がいいだろうなあと、その時あたしは思った。
 
 そんなふうにきれいな夕焼けを見ながら屋根の上にたたずんでいたら、マリア先生が屋根裏部屋のちっこい窓から顔を出した。これはまた怒られるとビクビクしていたら、妙にやさしい口調で、「エイミー、怒らないから、ゆっくりと下りてきなさい」と声をかけられた。

 後で、わかったのだが、おっちょこちょいのカロリーンが、屋根の上に立っているあたしを見て、飛び降り自殺をしようとしていると勘違いして騒いだらしい。それを聞いたソフィーが、「私のせいだ! 虐めなんかしてないのに、そういう風にされて、エイミーはショックを受けたんだ、どうしよう!」とまた泣きながらおおげさにわめいて、マリア先生の部屋のとこに飛び込んだようだ。直前にあたしはマリア先生に怒られていたので、先生もびっくりして焦って屋根裏部屋から呼びかけたってことみたい。

 結局、単に紙飛行機を飛ばして遊んでいただけってことがわかって、また、マリア先生の部屋でガミガミと怒られてしまった。「怒らないって言ったじゃないですか」と反論したら、ますます怒られた。おまけに、用務員のフィリップ爺さんからは、ゴミをまき散らすなと怒られた。飛ばした紙飛行機は全部、回収させられた。踏んだり蹴ったりよ。
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