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第1話:昼間のリビングルーム
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最近、夫の一郎の態度がおかしいと名和志穂は思っている。話かけても、ろくに返事をしてくれない。一緒にいても、ほとんど志穂の顔を見ない。何がいけないのかしらと悩んだが、仕事でストレスがたまっているのかと思い志穂はそっとしておくことにした。でも、それが一か月ほども続くと不安になってくる。
(まさか、一郎さん、私のこと、嫌いになったのかしら……)
志穂は、今、二十五才。両親が早世して援助してくれる親戚もいないので大学には行けず、バイト生活。高卒で就職して、営業先で知り合ったのが夫の名和一郎。技術職で現在、二十九才。一流企業に勤務していて、志穂が勤めていた小さい会社とは比べ物にならない給料を貰っている。
そして、最近、社長賞を貰った。大学院で修士号を取って、会社に入って、わずか五年で賞を獲得。志穂の頭では理解できない新規技術の開発に貢献したらしい。業界紙でも大きく取り上げられて、一郎本人も喜んでいて、志穂も誇らしい気分になった。自分が選んだ夫が優秀だってことに。
それに比べて、自分の方は情けない状況だ。二か月前、なんせ勤務先の会社の社長が逃げちゃったんだから。それも会社のお金に手をつけて。当然、会社は倒産。今は残務処理中だが、おそらく給与も退職金も出ないだろう。仕方が無いので就職活動中だが、うまくいかない。今はパートの仕事をしている。いずれはちゃんとした正規の職に就きたいと思っているのだが。
夫の一郎は付き合っている時も結婚してからもいつもやさしかった。結婚したのは一年前だ。いつも笑顔で志穂に接してくれる。一郎の両親は志穂の事をよく思っていなかった。一郎は資産家の息子で学歴も勤務している会社も一流だ。貧乏家庭出身、高卒で小さい会社に勤めている志穂とは釣り合いがとれないと思われたらしい。
でも、そんな両親を一郎は説得して結婚してくれた。志穂は嬉しかった。志穂も大人しい性格で、夫婦仲は順調だと思っていた。しかし、結婚して約一年後には会社の倒産。情けなく思っている志穂に一郎はやさしく励ましてくれた。やさしい夫だと志穂はますます好きになった。そして、夫の実家が大金持ちのうえ、その夫が高級取りなので、自分が失業しても経済的には全然心配していなかった。
そして、今日も面接を受けた会社の不採用通知が着て落胆している志穂。しかし、その事を夫に言っても反応が無い。以前はいろいろと相談に乗ってくれたし、元気づけてくれたのに。
(どうしたのかしら、一郎さん……)
志穂は不安になってしまった。
……………………………………………………
真夏。
土曜日。
休日なので昼食はリビングルームで二人でとったが、会話は無し。テレビの音声が空しく響くだけ。思い余って、志穂は夫に聞いてみることにした。
「あの、あなた、仕事の方、うまくいってないんですか」
「……仕事は順調だよ、仕事に限ってはね」
(どういう意味だろう。それに、この一か月、私をベッドで抱いてくれない。ベッドは別々だけど、それは一郎さんの仕事の邪魔になると思ったし、このマンションは4LDKで部屋がいくつもあって、私にも一部屋くれたから……でも、ベッドの上で抱いてほしいなんて、夫の部屋に行って頼むなんて恥ずかしいので自分からは言えなかった……)
「でも、最近、私の方を見ないし、どうされたのかなあって思いまして……」
一郎は黙っている。気の弱い志穂はおどおどしてきた。
(どうしたんだろう、私、何か悪い事をしたのかしら……)
「あの、一郎さん。私、何かいけないことをしましたか」
「……そうだね。ひどいことをしたね」
志穂は夫の返事にびっくりする。
(何のことかしら、全然、検討もつかないけど……)
「あの、どういうことでしょうか……」
しかし、一郎は黙ったままだ。一郎がテレビを消した。そして、また黙ってしまう。沈黙が流れる昼間のリビングルーム。耐えられなくなった志穂はまた一郎に問いかけた。
「あの、ひどいことってなんでしょうか。私の至らない点がありましたら謝りますし、直しますけど」
「うん……」
一郎はなかなか話し出さない。
「一郎さん、はっきり言ってください。私、一郎さんの言う通りにしますから……」
「……僕は君を満足させてないんだね」
一郎が志穂の顔を見ずに呟くように言った。
「満足って……どういうことですか」
「……だから、君はいつも演技してたんだろ」
「演技って何の事ですか」
「……一度も、いってないようだね。付き合っている時も結婚した後も」
(何を言っているのかしら……満足……いってない……まさか夜の夫婦の営みのことかしら……)
恥ずかしいけど、思い切って志穂は聞いた。
「あ、あの、その、夜のベッドの上の話ですか」
「そうだね……」
「いえ、私、満足してますけど」
「ウソをついてはいけないよ、志穂」
「え、何でそう思うんですか」
「君が飲み会でそう言ってただろ」
(……飲み会、会社が倒産した時の女子会のことかしら。やけっぱちの解散会みたいなもの。そして、二次会でかなり酔ってたんだけど……思い出した、あの営業の同僚女性。普段、女子会って、あまり性的なことは言わないんだけど……皆、酔ってたんで明け透けなことを同僚の女性が言い出した。そしたら、皆、不満をいっぱい言い出して……私もだいぶ酔ってたんだけど、そんなことを言ったのかしら。よく、思い出せない……)
「でも、その女子会のことを一郎さんはなんで知っているんですか」
「偶然、僕の方も飲み会をやってたんだよ、あの店で。少人数だけどな。飯田もいたよ」
「飯田さんって、会社ではあなたと同期で親しい人ですよね。飯田さんの結婚式にも一郎さんと一緒に出席した覚えがあるし、夫婦で私たちのマンションにも何度か来ましたよね」
「ああ、そうだね。飲み会も僕の社長賞の受賞祝いみたいなものだったんだけど……そしたら、君の笑い声が聞こえてきてね、夫との行為で一度もいったことがない、いつも演技で誤魔化してつまらないって大声で話してたよ」
志穂はショックを受けてしまった。でも、あの女子会の部屋は個室だったはず。おかしいと思った。でも、一郎の話は続く。
「あの店の個室で君たちは飲み会をしてたみたいだけど、隣の部屋に僕の飲み会があったんだよ。あの店、壁がベニア板でしきられていただけだ。だから話していることがこっちへ筒抜けなんだよ」
「あ、あの、私、言ったんですか、そんなこと……」
「言ってたよ。そして、他の人は君のことを名和さんって呼ぶわけで。それに飯田は君のことをよく知ってるじゃないか。声でわかるよ。すぐに僕のことを話題にしているってわかってしまって……それでしらけちゃってね。皆、僕に気兼ねして話題をそらそうとしてたんだが。けど、君はさんざん僕のことをひどく言ってたじゃないか」
(……覚えていない、でも言ってしまったかも、ストレスも溜ってたし、かなり酔っていた。どうしよう……本当だとしたら……)
志穂はますますおどおどしてしまう。実は夫との夜の行為で満足したことはないっていうのは事実なのだ。そして、いつも演技をしていた。夫は正常位で志穂を抱くだけだった。志穂は元カレとの過激な行為を経験していたので、物足りないなあといつも思っていたのだ。でも、やさしい夫なんで、夜の生活以外は全く不満はなかった。それに、性欲についてはいざとなったら自分自身でそういうことをすればいいことだったし。
「一郎さん、私、覚えがないんですけど。でも、本当に言ってたら、謝ります。申し訳ありませんでした。けど、あの時、相当酔っていて、あの、何て言うか、周りの人も同様なことを言ってたような気がするんです。それに乗せられてそんなことを言ったかもしれません。あの、事実だったら本当にごめんなさい。でも、私は一郎さんが好きです、一郎さんのことを愛しているんですよ、本当です」
「愛しているか……」
また、一言呟いて、一郎は黙ってしまう。再び沈黙が流れる昼間のリビングルーム。
(どうしよう、一郎さん、私のこと本当に嫌いになったのかしら……)
心配でドキドキしている志穂。すると、一郎が言った。
「まあ、飲み会だけだったら、羽目を外しただけってことで、僕も我慢しようと思ったんだけどね。でも、君は小説を書いてるよね。そして、その小説で僕に屈辱を与えたじゃないか」
一郎の言葉にまた驚いてしまう志穂。
(ネットの小説投稿サイトのことかしら、あれを見られたんだ、やだ、恥ずかしい……)
(まさか、一郎さん、私のこと、嫌いになったのかしら……)
志穂は、今、二十五才。両親が早世して援助してくれる親戚もいないので大学には行けず、バイト生活。高卒で就職して、営業先で知り合ったのが夫の名和一郎。技術職で現在、二十九才。一流企業に勤務していて、志穂が勤めていた小さい会社とは比べ物にならない給料を貰っている。
そして、最近、社長賞を貰った。大学院で修士号を取って、会社に入って、わずか五年で賞を獲得。志穂の頭では理解できない新規技術の開発に貢献したらしい。業界紙でも大きく取り上げられて、一郎本人も喜んでいて、志穂も誇らしい気分になった。自分が選んだ夫が優秀だってことに。
それに比べて、自分の方は情けない状況だ。二か月前、なんせ勤務先の会社の社長が逃げちゃったんだから。それも会社のお金に手をつけて。当然、会社は倒産。今は残務処理中だが、おそらく給与も退職金も出ないだろう。仕方が無いので就職活動中だが、うまくいかない。今はパートの仕事をしている。いずれはちゃんとした正規の職に就きたいと思っているのだが。
夫の一郎は付き合っている時も結婚してからもいつもやさしかった。結婚したのは一年前だ。いつも笑顔で志穂に接してくれる。一郎の両親は志穂の事をよく思っていなかった。一郎は資産家の息子で学歴も勤務している会社も一流だ。貧乏家庭出身、高卒で小さい会社に勤めている志穂とは釣り合いがとれないと思われたらしい。
でも、そんな両親を一郎は説得して結婚してくれた。志穂は嬉しかった。志穂も大人しい性格で、夫婦仲は順調だと思っていた。しかし、結婚して約一年後には会社の倒産。情けなく思っている志穂に一郎はやさしく励ましてくれた。やさしい夫だと志穂はますます好きになった。そして、夫の実家が大金持ちのうえ、その夫が高級取りなので、自分が失業しても経済的には全然心配していなかった。
そして、今日も面接を受けた会社の不採用通知が着て落胆している志穂。しかし、その事を夫に言っても反応が無い。以前はいろいろと相談に乗ってくれたし、元気づけてくれたのに。
(どうしたのかしら、一郎さん……)
志穂は不安になってしまった。
……………………………………………………
真夏。
土曜日。
休日なので昼食はリビングルームで二人でとったが、会話は無し。テレビの音声が空しく響くだけ。思い余って、志穂は夫に聞いてみることにした。
「あの、あなた、仕事の方、うまくいってないんですか」
「……仕事は順調だよ、仕事に限ってはね」
(どういう意味だろう。それに、この一か月、私をベッドで抱いてくれない。ベッドは別々だけど、それは一郎さんの仕事の邪魔になると思ったし、このマンションは4LDKで部屋がいくつもあって、私にも一部屋くれたから……でも、ベッドの上で抱いてほしいなんて、夫の部屋に行って頼むなんて恥ずかしいので自分からは言えなかった……)
「でも、最近、私の方を見ないし、どうされたのかなあって思いまして……」
一郎は黙っている。気の弱い志穂はおどおどしてきた。
(どうしたんだろう、私、何か悪い事をしたのかしら……)
「あの、一郎さん。私、何かいけないことをしましたか」
「……そうだね。ひどいことをしたね」
志穂は夫の返事にびっくりする。
(何のことかしら、全然、検討もつかないけど……)
「あの、どういうことでしょうか……」
しかし、一郎は黙ったままだ。一郎がテレビを消した。そして、また黙ってしまう。沈黙が流れる昼間のリビングルーム。耐えられなくなった志穂はまた一郎に問いかけた。
「あの、ひどいことってなんでしょうか。私の至らない点がありましたら謝りますし、直しますけど」
「うん……」
一郎はなかなか話し出さない。
「一郎さん、はっきり言ってください。私、一郎さんの言う通りにしますから……」
「……僕は君を満足させてないんだね」
一郎が志穂の顔を見ずに呟くように言った。
「満足って……どういうことですか」
「……だから、君はいつも演技してたんだろ」
「演技って何の事ですか」
「……一度も、いってないようだね。付き合っている時も結婚した後も」
(何を言っているのかしら……満足……いってない……まさか夜の夫婦の営みのことかしら……)
恥ずかしいけど、思い切って志穂は聞いた。
「あ、あの、その、夜のベッドの上の話ですか」
「そうだね……」
「いえ、私、満足してますけど」
「ウソをついてはいけないよ、志穂」
「え、何でそう思うんですか」
「君が飲み会でそう言ってただろ」
(……飲み会、会社が倒産した時の女子会のことかしら。やけっぱちの解散会みたいなもの。そして、二次会でかなり酔ってたんだけど……思い出した、あの営業の同僚女性。普段、女子会って、あまり性的なことは言わないんだけど……皆、酔ってたんで明け透けなことを同僚の女性が言い出した。そしたら、皆、不満をいっぱい言い出して……私もだいぶ酔ってたんだけど、そんなことを言ったのかしら。よく、思い出せない……)
「でも、その女子会のことを一郎さんはなんで知っているんですか」
「偶然、僕の方も飲み会をやってたんだよ、あの店で。少人数だけどな。飯田もいたよ」
「飯田さんって、会社ではあなたと同期で親しい人ですよね。飯田さんの結婚式にも一郎さんと一緒に出席した覚えがあるし、夫婦で私たちのマンションにも何度か来ましたよね」
「ああ、そうだね。飲み会も僕の社長賞の受賞祝いみたいなものだったんだけど……そしたら、君の笑い声が聞こえてきてね、夫との行為で一度もいったことがない、いつも演技で誤魔化してつまらないって大声で話してたよ」
志穂はショックを受けてしまった。でも、あの女子会の部屋は個室だったはず。おかしいと思った。でも、一郎の話は続く。
「あの店の個室で君たちは飲み会をしてたみたいだけど、隣の部屋に僕の飲み会があったんだよ。あの店、壁がベニア板でしきられていただけだ。だから話していることがこっちへ筒抜けなんだよ」
「あ、あの、私、言ったんですか、そんなこと……」
「言ってたよ。そして、他の人は君のことを名和さんって呼ぶわけで。それに飯田は君のことをよく知ってるじゃないか。声でわかるよ。すぐに僕のことを話題にしているってわかってしまって……それでしらけちゃってね。皆、僕に気兼ねして話題をそらそうとしてたんだが。けど、君はさんざん僕のことをひどく言ってたじゃないか」
(……覚えていない、でも言ってしまったかも、ストレスも溜ってたし、かなり酔っていた。どうしよう……本当だとしたら……)
志穂はますますおどおどしてしまう。実は夫との夜の行為で満足したことはないっていうのは事実なのだ。そして、いつも演技をしていた。夫は正常位で志穂を抱くだけだった。志穂は元カレとの過激な行為を経験していたので、物足りないなあといつも思っていたのだ。でも、やさしい夫なんで、夜の生活以外は全く不満はなかった。それに、性欲についてはいざとなったら自分自身でそういうことをすればいいことだったし。
「一郎さん、私、覚えがないんですけど。でも、本当に言ってたら、謝ります。申し訳ありませんでした。けど、あの時、相当酔っていて、あの、何て言うか、周りの人も同様なことを言ってたような気がするんです。それに乗せられてそんなことを言ったかもしれません。あの、事実だったら本当にごめんなさい。でも、私は一郎さんが好きです、一郎さんのことを愛しているんですよ、本当です」
「愛しているか……」
また、一言呟いて、一郎は黙ってしまう。再び沈黙が流れる昼間のリビングルーム。
(どうしよう、一郎さん、私のこと本当に嫌いになったのかしら……)
心配でドキドキしている志穂。すると、一郎が言った。
「まあ、飲み会だけだったら、羽目を外しただけってことで、僕も我慢しようと思ったんだけどね。でも、君は小説を書いてるよね。そして、その小説で僕に屈辱を与えたじゃないか」
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