人生について考える

守 秀斗

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2.断崖で佇む

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 私は日本海側の人気の無い断崖で佇んでいた。
 
 事業に失敗して、多額の借金を抱えてしまった。私の年齢はもう還暦に近い。再起するのは無理だ。自殺すれば死亡保険金がおりる。これで家族に迷惑をかけることはないだろう。

 一応、確認もした。何十年も入っていた保険だし、保険会社の免責期間はとっくに過ぎている。遺書には鬱がひどくて苦しいと書いておいた。実際、精神科にも通っていた。自殺とは自由な意思決定に基づくことが基準とされて、精神障害での自殺については、免責条項の自殺には該当しないと判断されるようだ。借金を返すためではないと判断して、多分、保険会社も保険金を支払ってくれるだろう。

 自動車でこの断崖の近くにやって来た。絶壁まで近づく。しかし、いざ海に飛び降りようとして、足がすくんでしまった。やはり、死ぬのは怖い。私は曇っている空の下、波が荒く、風が強い断崖絶壁で、ただ、突っ立っていた。疲れてきた私はその場で座り込む。

 ただ時間が過ぎていく。今までの自分の人生を振り返る。いろんなことがあった。小学生の頃は楽しかった。毎日が楽しいことしかなかった。未来は常に輝いていた。今、思い出すと自分は、あの頃天国に住んでいたのではないかと思う。両親も元気で健康だった。今はもうこの世にいない。あの頃がただひたすら懐かしい。

 中学、高校、大学もそれなりに楽しんだが、あまり女性にはモテなかったなあ。まあ、これは仕方がないか。冴えない外見だからな。ただ、冴えない外見の男、いや、女もそうだが、そんな人は掃いて捨てるほどいるわけで、ドラマのようなカッコいい恋愛をする人なんて、そんなにいないだろう。

 私も親の勧めるままお見合い結婚。それなりに幸せな家庭を築いたと思っている。このまま平凡な生活が続くと思っていた。ただ、還暦近くになって事業で大失敗した。

 その結果、今、人気の無い断崖絶壁で座り込んでいる。こんな未来が待ち受けているとは小学生の時は思いもしなかった。
 先の事など誰にもわからない。

 座り込んでいると、何か空に飛んでいるのが見えた。ドローンだ。誰かこの荒れた海でも撮影しているのだろうか。そういや、このドローンを使ったネット接続事業に関わって大失敗したんだよな。私のお見送りにでも来たのか、それとも死神か。そんな、つまらない冗談を考えてしまった。これから死のうという時に。

 だいぶ薄暗くなってきた。私は立ち上がる。風に飛ばされないよう遺書を重い石の下に置く。よし、勇気をふりしぼって飛び降りるかと海の方へ歩いていると、呼び止められた。

 七十過ぎくらいの老人が立っていた。工事の作業員のような服装をしているが、腕章を付けている。その腕章には「監視員」と書いてあった。もしかして、自殺防止をするための活動を行っている人かな。困ったなと私は思った。

 その老人が言った。

「こんにちは。失礼ですが、もしかして海に飛び込もうとしているんじゃないでしょうね、これはあなたが書いたものですか」

 その老人は今しがた私が石の下に置いた遺書が入った封筒を持っている。
 どうしようかと私は考えた。しらばっくれて、このまま立ち去って別の場所を探そうか。しかし、あの遺書にはけっこう細々としたことを家族宛てに書いた。取り返したい。素直に老人に話すことにした。

「……申し訳ありません。事業に失敗して、この崖から飛び降りようかと……」

 老人がうなずく。

「ドローンの映像であなたを見たんですよ。どうもこの方はまずいかなと思いまして、駆けつけてきたわけです」

 やれやれ。どうやら、あのドローンは自殺志願者を見つけるために飛んでいたんだな。おかげでこの老人に説教をくらうのか。「命を粗末にしてはいけない、人生何とかなる」とか。そんなことはわかっているよ。どうにもならないから、こんな断崖絶壁にいるんだよ。

 しかし、老人は意外なことを言った。

「シェルターに来ませんか」
「シェルターとはなんでしょう」
「あなたみたいな人を保護する施設ですよ」

 どうしようかと思ったが、下手に暴れたりして、家族に連絡されるのもまずい。私は大人しく従うことにした。そのシェルターとやらで数時間過ごし「自殺はやめました」とか適当なことを言って、遺書を取り返したら、再決行するつもりだった。

 老人の運転する車について行く。
 シェルターについた。シェルターと言っても普通の民家だった。NPO法人が主催して、この民家にとりあえず自殺志願者を宿泊させて、いろいろと相談にのっているらしい。

 そして、私は監視員の老人からいろいろと聞かれることになった。なぜ自殺しようとしたことから、今までの人生まで。全て話すとけっこうすっきりした。モヤモヤしていた気分が無くなった。てっきり「自殺はよくないですよ」と少し説教されて帰されると思っていたので面食らってしまった。すると、老人が話始めた。

「私は昔、警察官だったんですよ。ある老夫妻がどうやら、断崖から飛び込み自殺をしようとしていたのを発見したんで、なんとか説得して、思いとどませたんですよ。どうも金銭に困って自殺しようとしていたらしいですね。そこで、お二人を役所の福祉課に引き継がせたんですよ。生活保護とかの相談をしてくれるだろうと思ってね。私は二人の命を救ったとその時はいい気になっていたんです。けど、それは単なる自己満足だったんですよ。福祉課は二人に数百円の交通費だけ渡して追い返しちゃったんです。その後、お二人は自殺してしまいました」
「なんと言うか、役所もひどいですね」
「まあ、生活保護ってのも、中にはいい加減な人もいるから役所も警戒しているんですよ。ただ、私は後悔しましてね。命を無駄にするなと老夫妻に説教したんですが、そんなこと誰にも言えますよね。そして、偉そうなことを言って、後はほったらかし。それではいけないと思いましてね。今はこのNPO法人で活動しているんですよ」

 そういうことがあったのか。だから、説教めいたことを言わないで、私がなぜ自殺をしようとしたのかを根掘り葉掘り聞いてきたのか。

「それで、あなたは自己破産とかは考えなかったんですか」
「債権者に迷惑がかかると思いまして……」
「けど、債権者もある程度のリスクは覚悟していると思いますけど」

 自己破産か。確かにその手も考えたのだが。一旦、自己破産して事業を継続して有名な企業にした人もいるしな。しかし、今の私の事業にはそんな将来性は無いだろう。私も会社を経営する気力が無い。ただ、借金を免責してもらえるのはありがたいが。但し、自己破産するためのいろんな手続きとか面倒になったのも事実だ。かなり精神的に追い詰められていた。そういったことを監視員の老人に伝えた。

 すると老人が私を少し諭すように言った。

「あなたは、少し休むべきじゃないですか、かなり疲れていらっしゃるように見えますね。手続きとかはこのNPO法人がある程度代行して行うことも可能ですよ」
「そうですね……ただ、借金は免責になっても、今後の生活を考えますとね。再就職も難しいだろうし。年齢的にも、自己破産してしまったことの事実も残りますし」
「こちらで働きませんか」
「えっ、私が何か役に立つんでしょうか」
「先程の話ですと、あなたはドローンを扱えるようじゃないですか」

 そう、ドローン事業に係わるために、ドローン操作の資格を私は持っている。
 監視員の老人が私を誘ってきた。

「実はドローン操作はある学生さんに任せていたんですが、その学生さんが海外留学することになりましてね。一か月後ですけど。こちらとしてはドローンを扱える者がいなくなるので困っていたんですよ。ぜひ、あなたに操作してもらいたいのですが。あまり高額ではないですが給与も出ますよ」

 ドローンか。
 私はもう還暦近いが、昔からこういった機械操作が得意でドローンの操作もすぐに覚えてしまった。かなりうまく操作できる。

「わかりました、その学生さんが留学したら、ご協力しましょう」
「ありがとうございます」

 老人が笑顔になった。
 その日は、夕食をご馳走になった。素朴な食事だったが美味しい。最近の私は何を食べても美味しいとは感じられなかった。生きる希望が湧いてきたからだろうか。

 夕食中に老人が言った。

「やはり自殺しようとしている人には、ただ説教するだけじゃだめだと思いますね。命を無駄にするなとよく言う人がいるけどそんなの無責任な言葉ですよね。その人の支えになってやらないと。そして、自殺を止めるだけでなく、継続して、ある程度その人の面倒も見てあげないと」
「ただ、けっこう大変な仕事ですね」
「まあ、私にとっては、あの老夫妻を死なせてしまったという自責の念もありましてね」

 真面目な人だなあという印象を私はこの老人に対してもった。自殺志願者に対して真摯に対応している。そして、安易に自殺を考えた自分が恥ずかしくなった。

 その日は一泊して、私は自宅に戻ることにした。
 一か月間はNPO法人の方に自己破産の手続きをお願いし、自分はゆっくりと休養する。その後は学生さんの後を継いでドローンの操作やNPO法人の雑務の仕事につくということで話がまとまった。老人と別れて、車を走らせる。

 途中で、ドローンが飛んでいるのを見た。NPO法人のドローンだろう。自殺しようとしたときは死神とか失礼なことを考えてしまったなあ。

 そして、現在、私はNPO法人で自殺志願者を説得する側に回った。決して、説教はしないことにしている。相手のことを考えて行動する。そして、ドローンを飛ばして、自殺志願者がいないか監視。

 このドローンで事業に失敗して、自殺まで考えてしまった。ドローンを見るのも嫌になった時期もあるのに、今は、生きていくための希望になっている。人生、先の事など誰にもわからないなあ。

 空中を軽やかに飛んでいくドローンを見て、私はそう思った。

(終)
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