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16.介護ロボットと私
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九十才で目が見えなくなった。
私の右目は糖尿病網膜症で徐々に悪くなっていき、治療の甲斐なく、八十五才のときにほとんど見えなくなった。
今は光を感じるくらいだな。
そのため、左目はなんとか死ぬまで見えるよう注意していたのだが、ある朝起きると見えなくなっていた。急性緑内障発作だ。
すぐに医者に措置してもらったが手遅れだった。
正直言って、落ち込んだ。
もう窓から外の風景も見れないし、本も読めない。
テレビも音を聞くだけだ。
せいぜい好きな音楽をアプリで聞くだけ。
声を出して曲名を指示すれば、私の好きなクラシック音楽をすぐに聴かせてくれる。
便利な世の中になったもんだな。
今、私は介護施設にやっかいになっている。
五年前からだ。
妻はすでに亡くなっており、娘は一人いるが独身でまだ仕事をしている。
私の世話をできる状況ではない。
そのため自ら介護施設に入った。
施設で生活しているうちに私は足が悪くなってしまい、もう下半身はほとんど動かせない。
車椅子生活になってしまった。
ロボットが私の個室に入ってきた。
「佐藤様、おはようございます」
「おはよう」
「体の調子はいかがでしょうか」
「ああ、全然大丈夫だよ」
最近は介護施設も人手不足が深刻になりロボットを導入するところが多くなった。
このロボットと言うものもかなり進化して人間と見分けがつかないものも生産されるようになった。
女性タイプのロボット、いやアンドロイドと言うべきなのか、私にはよく区別がつかないが、そういうものなどは性的奉仕に使われる場合もあって、女性団体が非難したりとけっこう社会問題になったりしているようだ。
しかし、九十才ともなるとそんなことには興味はない。
私の世話をしてくれるロボットは一番安いタイプでいかにも大昔のSF映画に出てくるような外見のロボットだ。
顔はのっぺりとしてカメラが一個ついているだけ。
最初に見た時は少し不気味な顔だと思ったが、今は目が見えなくなったのでどうでもいい。
両腕や胴体もゴツゴツしていて、足はなくキャタピラで移動する。
けっこう高速で移動できるようだ。
声もいかにも合成音声といった感じで聞きづらいときもある。
しかし、今の私にはそれで構わない。
どうせ、私の寿命はもうすぐ尽きるだろう。
いや、私は死ぬことに決めた。
もう充分生きたと思う。
自殺することにした。
そのためにロボットに協力してもらうことにした。
しかし、殺してくれと頼んでもロボットは従うことはない。
例えば、首吊り用にロープを持ってくるよう依頼しても、すぐに家族や関係者に連絡がいってしまう。そこで納得できるよう説明できなければロボットは命令を拒否する。
他にも刃物や薬、ガソリンなど危険と思われるものを依頼した場合も同様だ。
人間に危険が及ばないよう設計されているようだ。
そこでロボットを騙すことにした。
と言っても、簡単な方法だ。
私は今、六階の個室部屋に入院している。
部屋には小机と椅子がある。
まだ、入居した際には歩けたのでその小机でパソコンを操作することもあった。
今は邪魔なだけだ。
私は車椅子で移動する際にわざとその小机に足をぶつけた。
ロボットに文句を言って、窓際に小机と椅子を移動するよう命令した。
ロボットは特に問題なく私の命令に従った。
私の計画では腕の力でなんとか机に這い上がり、窓を開けて外に飛び降りる。
それだけだ。
ロボットが部屋の外へ出て行こうとする。
私はさりげなく手を振った。
今までご苦労様でしたと。
私は腕を使ってベッドから床に降りる。
必死に床を這いずって窓際に近づく。
そして、手探りで椅子を探し、机の上に這い上がり窓を開けた。
これでこの世からおさらばだ。
一瞬、躊躇したが一気に飛び降りた。
…………………………
そして、今、私はベッドで寝ている。
ロボットが落ちる寸前の私を捕まえたのだ。
なぜロボットが戻ってきたのか。
それは私が手を振ったからだ。
普段とは違う行動をした。
それだけで異常と判断したらしい。
ずいぶん頭のいいロボットだ。
私は自殺するのはやめた。
落ちる時に、私の脳裏に浮かんだこと、それは、しまった、もっと生きていたいってことだ。
我ながら情けないな。
しかし、人生百年時代。
逆に考えると、後、十年生きられるのか。
好きなクラシック音楽が聞き放題ではないか。
もう少し生きてみようかと思った。
寿命が尽きるまで。
(終)
私の右目は糖尿病網膜症で徐々に悪くなっていき、治療の甲斐なく、八十五才のときにほとんど見えなくなった。
今は光を感じるくらいだな。
そのため、左目はなんとか死ぬまで見えるよう注意していたのだが、ある朝起きると見えなくなっていた。急性緑内障発作だ。
すぐに医者に措置してもらったが手遅れだった。
正直言って、落ち込んだ。
もう窓から外の風景も見れないし、本も読めない。
テレビも音を聞くだけだ。
せいぜい好きな音楽をアプリで聞くだけ。
声を出して曲名を指示すれば、私の好きなクラシック音楽をすぐに聴かせてくれる。
便利な世の中になったもんだな。
今、私は介護施設にやっかいになっている。
五年前からだ。
妻はすでに亡くなっており、娘は一人いるが独身でまだ仕事をしている。
私の世話をできる状況ではない。
そのため自ら介護施設に入った。
施設で生活しているうちに私は足が悪くなってしまい、もう下半身はほとんど動かせない。
車椅子生活になってしまった。
ロボットが私の個室に入ってきた。
「佐藤様、おはようございます」
「おはよう」
「体の調子はいかがでしょうか」
「ああ、全然大丈夫だよ」
最近は介護施設も人手不足が深刻になりロボットを導入するところが多くなった。
このロボットと言うものもかなり進化して人間と見分けがつかないものも生産されるようになった。
女性タイプのロボット、いやアンドロイドと言うべきなのか、私にはよく区別がつかないが、そういうものなどは性的奉仕に使われる場合もあって、女性団体が非難したりとけっこう社会問題になったりしているようだ。
しかし、九十才ともなるとそんなことには興味はない。
私の世話をしてくれるロボットは一番安いタイプでいかにも大昔のSF映画に出てくるような外見のロボットだ。
顔はのっぺりとしてカメラが一個ついているだけ。
最初に見た時は少し不気味な顔だと思ったが、今は目が見えなくなったのでどうでもいい。
両腕や胴体もゴツゴツしていて、足はなくキャタピラで移動する。
けっこう高速で移動できるようだ。
声もいかにも合成音声といった感じで聞きづらいときもある。
しかし、今の私にはそれで構わない。
どうせ、私の寿命はもうすぐ尽きるだろう。
いや、私は死ぬことに決めた。
もう充分生きたと思う。
自殺することにした。
そのためにロボットに協力してもらうことにした。
しかし、殺してくれと頼んでもロボットは従うことはない。
例えば、首吊り用にロープを持ってくるよう依頼しても、すぐに家族や関係者に連絡がいってしまう。そこで納得できるよう説明できなければロボットは命令を拒否する。
他にも刃物や薬、ガソリンなど危険と思われるものを依頼した場合も同様だ。
人間に危険が及ばないよう設計されているようだ。
そこでロボットを騙すことにした。
と言っても、簡単な方法だ。
私は今、六階の個室部屋に入院している。
部屋には小机と椅子がある。
まだ、入居した際には歩けたのでその小机でパソコンを操作することもあった。
今は邪魔なだけだ。
私は車椅子で移動する際にわざとその小机に足をぶつけた。
ロボットに文句を言って、窓際に小机と椅子を移動するよう命令した。
ロボットは特に問題なく私の命令に従った。
私の計画では腕の力でなんとか机に這い上がり、窓を開けて外に飛び降りる。
それだけだ。
ロボットが部屋の外へ出て行こうとする。
私はさりげなく手を振った。
今までご苦労様でしたと。
私は腕を使ってベッドから床に降りる。
必死に床を這いずって窓際に近づく。
そして、手探りで椅子を探し、机の上に這い上がり窓を開けた。
これでこの世からおさらばだ。
一瞬、躊躇したが一気に飛び降りた。
…………………………
そして、今、私はベッドで寝ている。
ロボットが落ちる寸前の私を捕まえたのだ。
なぜロボットが戻ってきたのか。
それは私が手を振ったからだ。
普段とは違う行動をした。
それだけで異常と判断したらしい。
ずいぶん頭のいいロボットだ。
私は自殺するのはやめた。
落ちる時に、私の脳裏に浮かんだこと、それは、しまった、もっと生きていたいってことだ。
我ながら情けないな。
しかし、人生百年時代。
逆に考えると、後、十年生きられるのか。
好きなクラシック音楽が聞き放題ではないか。
もう少し生きてみようかと思った。
寿命が尽きるまで。
(終)
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