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第八話 芝居の始まり

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「――で、姉さんの容体は?」

 誰かが訊ねている声が聞こえた。
 うとうととした軽い眠りから、ふと覚醒する。
 どれくらい時間が経ったのかははっきりとしない。眠りすぎたことによる怠さなどもないから一刻ほどだろうか。

 思っていたよりは放置されなかったというべきか、充分に放っておかれたと思うべきか。

 もっとも、ドレスを新調するために出かける予定だったはずだ。いい所のお嬢様が一人で出かけるはずもなく、身支度はもう終えていたことを考えれば、もしかしたら馬車などの用意もされていたかもしれない。
 たとえば意識が戻ったとしても、さすがに倒れて気を失っていた娘を連れ出すことはないだろう。予定の変更などでバタバタしていれば、あえて知らせなかったとしても周知するのは当然だった。

 姉さん、とか言ってるってことは、弟か?

「それが、とくに悪い所は見受けられず……」

 答えるのは、医者の声。そりゃそうだ、どこも悪い所はない。完全な仮病なんだからなと思うのと同時、でもお前はもう少しまともに診察しろや、とも思う。
 それにしても、倒れた家族を心配して駆けつけたのが弟だけとは。

「――ん……う、うぅん……」

 とりあえず弟とはいえ、声を聞けば幼子ではないことはわかる。せっかくやって来た身内なら、話を聞くしかない。
 小さく唸り声を上げながら、身動ぎする。

「目が覚めたのか」

 オレステスの様子に気づいたのだろう。声と共に足音が近づいてくる。
 ベッドを覗きこんでくる気配を感じて、オレステスもゆっくりと目を開けた。

 これは――たしかにこの女の弟だな。

 目を開けてすぐに見えた男の顔を見て思う。
 鏡に映っていた「自分」の顔によく似た、美少年。
 真ん中にベースとなる顔を置き、それぞれに男性らしさ、女性らしさを加えた顔立ちが、弟とオレスティアのそれだった。

 ただし、髪と瞳の色が違う。
 オレスティアは鮮やかな緑だったが、弟は金髪金目だった。
 そのせいでパッと見の印象がかなり違い、似ているようには見えないかもしれないが。

「とりあえず、今日の外出はなくなったよ」

 だろうな。一方的に告げられた内容に、胸の内で頷く。

「けど、もし仮病だとしても無駄だからね。いくら婚約者と会うのが嫌でも、いつまでも先延ばしにできるものじゃない」

 オレステスは、眉をひそめる。
 心配して駆けつけたのが弟だけ、と思ったのは、早合点だったようだ。弟の顔にはありありと、「面倒かけやがって」との表情が浮かんでいる。

 ふと、オレスティアが不憫になった。

 婚約者と会うのが嫌でも、などと言われているところを見ても、オレスティアの望まぬ結婚であることが窺い知れる。

「――婚約者?」

 いや、同情している場合ではない。せっかくいい流れを出してくれたのだ。乗っかる以外、道はなかった。

「ごめんなさい。なんのことだかわからなくて」
「は? なにを言っているんだ――」
「本当に、ごめんなさい。――あなた、どなた?」

 精一杯の女らしさを演じながら、問いかける。

「覚えていないの。なにも――私自身のことも」

 眉を歪めて見上げる視線の先で、弟が唖然と口と目を開いているのが見えた。
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