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第四十五話 もしかしてと胸騒ぎの正体は
しおりを挟むあの日の謝罪の後、アレクサンドルからやけに懐かれるようになった。
おそらく彼にとっては、勇気を振り絞っての謝罪だったのだろう。それを受け入れたことで安堵したのかもしれない。
贖罪のつもりもあったのか、初めは渋々認めていただけの鍛練に、今では嬉々として付き合ってくれる。
単純な筋力トレーニングだけならいざ知らず、体術に関してはやはり相手がいる方がやりやすい。
もっとも、「けれど姉さん、どこでこんなこと覚えたんです?」と訝しがられたときはどうしようかと思った。
魔術などの知識は、書物に残されていることが多い。だがオレステスが知る限り、トレーニングの方法を文章として読んだことはなかった。
文字で伝えるより、実際に体を動かして教える方が早い。わざわざ書物に残そうとする者がいなかったのだろう。
「えぇっと、覚えたという訳ではないのです。知っていたのとも違って――なんというか、考えたんです」
「ご自分で?」
「そう。理屈を知れば、さほど難しくはないのですよ」
本当は逆だ。オレステスが幼少の頃に教わり、自分なりに理屈をつけて考えた。そうでなければこうまで効率よく鍛えることはできなかっただろう。
ごまかすためにあえて満面の笑みで言ってのけると、それを信じ込んだらしいアレクサンドルに尊敬され、より懐かれる結果となった。
それにしても、と木刀を持って横に並ぶアレクサンドルをちらりと見やる。
鍛錬につきあっているアレクサンドルの方が、必死で鍛えているはずのオレステスよりもしっかりと体作りができていた。
正直、ものすごく悔しい。けれど男女の違い、元の筋肉量の差を思えば仕方のないこととわかる。
それでもやはり、とてもとても悔しいが。
落としかけたため息を飲みこみ――ふと、表の騒がしさに気づいた。
男同士が言い争うような声。
――いや、争っているというよりは一方的に怒鳴っている感じだろうか。
対してもう片方は、たしかに大きな声ではあるが懇願の色が濃い。
遠くで喧騒として聞こえているだけで、なにを言っているのかまでは聞き取れなかった。
――けれど。
声に、覚えがあった。忘れたくとも忘れられるはずのない、声。
――もしかして。
「騒がしいな。なにがあってるんだ」
息苦しささえ覚え、胸を押さえるオレステスとは対照的に、アレクサンドルはさらりと言い放つ。
ほんのわずか歪んだ眉と眉間のしわに不快が見えるだけで、さして気にしていないのは容易に見て取れた。
「――大丈夫ですか、姉さん」
ドキドキと脈打つ心臓を押さえるオレステスに気づいたのか。男達の怒鳴り声に怖がっているとでも思ったのだろうアレクサンドルが、ふと心配そうな顔になる。
オレステスと出会う前のアレクサンドルならきっと、スルーしたことだろう。むしろ騒ぎからひとりで離れたに違いない。
だが性質が変わりつつある彼は、「怯えているらしいオレスティアのため」に動く気になったのだろう。オレステスの両肩に、ぽんと軽く手を置いた。
「僕が様子を見てきます。だから姉さんは中で――」
「いえ、行きます!」
待っていてください。アレクサンドルが言い終わるのを待たず、彼を押しのける勢いで走り出した。
「えっ、ちょっと姉さん――!?」
慌てて追いかけてくるアレクサンドルを、振り返ることもない。まっすぐに向かう先を見つめていた。
姿が、見えた。
鉄格子の外、門前を守る衛士と大声でやりあっている男の姿が。
もしかして――いや、見間違うはずもない。
オレステスは、腹の底からの叫び声を上げた。
「おれーーーーーーっっ!!」
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