鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

月島 成生

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第五十七話 とあるひとつの選択肢

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「私は――怖い、と思いました」

 二人の視線を受け、オレスティアがゆっくりと口を開く。やはり膝の上にある両手は微かに震えていて、声も、ともすれば消え入りそうなほどに小さかった。
 それでも、ちゃんと自分の口で語り始めた。

「私が知っている辺境伯の情報も、今、オレステスさんが仰った以上のものではありません。違いと言えば、ただ一度だけですが遠目でお姿を見たことくらいです」
「それが顔に刀傷がある、クマみたいに大きな男だったってことね」

 問うルシアに、オレスティアが頷く。

「質問」

 オレステスは、軽く片手を挙げた。

「遠目で見かけただけってことは、話はしてないんだよな?」
「はい。そのときはまだ婚約の話なども出る前だったので、ご挨拶もしていません」
「なるほどな。じゃあ声や話し方はわからない、と」

 同意される前提で問いかけると、予想通り、オレスティアの首が縦に振られる。

「ちなみに、見かけたのはどんな場面だ?」
「凱旋式とそのあとに行われた戦勝会です」
「辺境伯が功労者の?」
「はい」
「自分が主役でも、浮かれたり騒いだりとかはしていなかったのか」
「それは――たぶんそうだと思います。ずっと見ていたわけではないので……ただ、大柄で怖そうな方だなと思っただけで、それ以上の印象はあまりないのです」

 オレスティアの言葉を受けて、ふむ、とひとつ小さく呟く。

「少なくとも悪目立ちするような立ち居振る舞いはなかったってことか」
「まぁ、痩せても枯れても貴族サマですもの。当然でしょ」

 ルシアは苦笑しながら肩を竦める。

「じゃあ接点もなかったから覚えてなくてもしょうがないんだけどよ。周囲にはたぶん部下とかもいたと思うが、そいつらの様子とか少しでも覚えてないか? なんか顔が強張ってたとか、やたらと畏まってたとか」

 オレステスの質問の意図が読めないのだろう、オレスティアの顔に怪訝が浮かぶ。それでも思い出そうとはしているのか、左斜め上を見上げるような仕草の後、そっと頭を振った。

「覚えている限りではなかったように思います。戦勝会では皆さん、楽しそうにお酒を飲まれていたかと」
「なるほどな。じゃあ常識外れに部下への当たりがキツイとかもなさそうだな」
「――え?」
「だってそうだろ。そんな場で近くに控えてるような側近が遠慮なく楽しめてたんならな。いくら祝いの場でも、理不尽に恐ろしい上官がいりゃあどうしたってそれが態度に出る」

 あくまで一般論だがな。
 つけ加えると、オレスティアはあっと声を上げた。
 ルシアは対照的に眉をひそめる。

「そんなの、ちらっと見ただけじゃわからないでしょ。特にオレスティアさんみたいなご令嬢が、軍の雰囲気とか違いとかわかるわけないし」
「そりゃあもちろんだ。けど同時に、そのご令嬢が見ても立ち居振る舞いはちゃんとした貴族だったってことだろ」
「それは――そうだけど。でも立ち居振る舞いだけで人間性は測れないわ」
「そう、そこだ」

 びしっとルシアを指さしたあと、なぁオレスティア、ともう一度彼女に声をかける。

「おれとその辺境伯、どっちの方が体はデカい?」

 突然話を振られて、きょとんとした顔になる。

「えっ、見比べたわけではないのではっきりとは――たぶん同じか、辺境伯の方が少し大きいかな、くらいなものかと思いますが」

 それがどうした、とでも訊きたげな眼差しに、さらに問いかける。

「で、お前、おれは怖いか?」
「えっ、まさかそんなはず――あっ」

 質問の内容に驚いたらしく、咄嗟に否定しかけたオレスティアが最後にハッと息を飲む。
 どうやら、言いたいことの片鱗には気づいてくれたらしい。

「デカいからって野蛮で怖い男のはずってのは思いこみだぜ?」
「――それは、たしかに」
「で、だ。実際のところ、会ってみないことには為人はわからない。その上で訊きたいんだが――オレスティア、お前が逃げたいと思う理由は辺境伯の容貌の怖さ、そして無理矢理嫁がされ、道具にされるっていう悲壮感が主なものか?」
「ちょっとオレステス!」
「大事なことだ」

 我ながらデリカシーのない質問だとはわかっている。
 だが言った通り、大事な話だった。それ如何によっては、身の振り方が変わる。

 オレスティアは頷かない。けれど否定もしない。
 おそらく本人も驚いているのではないか。逃げたいと思う強迫観念だけが先走りして、言葉としてまとめられた「逃げたい理由」が、人生を絶望視しなければならないほどではないかと可能性に気づいて。

「――そこでひとつ、提案なんだけどよ」

 言ったあとに、オレステスは苦笑する。

「ああいや、提案って言うか、選択肢のひとつとして考えてみてほしいってことなんだが」

 オレステスは自分の膝に肘をつけて、身を乗り出す。低くなった姿勢からオレスティアを上目遣いで見上げた。

「この際、辺境伯の元に行ってみるのも手じゃねぇかと思うんだが」
「――え?」

 オレステスが提示した「選択肢」に、二人の唖然とした声が重なった。
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