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第七十二話 強いって……!(オレスティア視点)
しおりを挟む左斜め上段から振り下ろされた木刀と、身を捻ってかろうじてかわす。
切っ先が地面につくことなく改めて構え直すところを見れば、アレクサンドルも本気で打ち込んできたわけではないのだろう。
いわば、小手調べ。
その後も右に左にと打ち込まれ、オレスティアは避け、あるいは受けるので精一杯だった。
足は後退するばかりで、一歩も前進できていない。
そういえばオレステスも言っていた、「あの坊っちゃん、意外とやるぞ」と。
だから姉であるオレスティアにもおそらく素質はある。
オレステスがオレスティアを励ましてくれるつもりで言ったのだろうと思っていたのだが、どうやら事実だったようだ。
「どうしました、防戦一方ですが」
つばぜり合いの合間、間近で見下ろすアレクサンドルの口元が、にやりと歪む。
これが精一杯なんです、そう答えるわけにはもちろんいかない。覚らせてもいけない。
思った通り、今のところはオレステスの本能のおかげでよけられている。だがこのまま続けていても、いずれはボロが出るだろう。
一か八かだ。
オレスティアは、覚悟を決める。
「――では、行きます」
一旦、攻撃を仕掛けてみる。
それをあえて受け止めさせて、「さすがは侯爵令息!」とでも褒めて終わりにすればいい。
権力者へのおもねりととられてしまうかもしれない。媚びへつらう系の人間だと、悪評を植えつける可能性もある。
けれど腕自慢のはずの冒険者が、手合わせで騎士でもない貴族に巻けるよりはましなはずだ。
わざわざ「行く」と声をかけたのも、受けやすくさせるためである。攻撃事態も、上段に振り上げて下すだけの、単調なもの。
もちろん、アレクサンドルも受けるべく上段に構え――
バキィ!
手応えと共に、激しい音が響いた。
「――!?」
アレクサンドルの顔が、驚愕に歪む。
――おそらくは、オレスティアの顔も。
そして、ここで終わりのはずだった。
けれどオレステスの体は止まらない。踏み込んだ足を軸に、後ろ回し蹴りの体勢に入っていた。
いけない!
咄嗟に角度を変えて、ギリギリ、アレクサンドルの鼻先を踵が掠めるにとどまった。
危ない。手合わせ中のこととはいえ、一介の冒険者が侯爵令息の頭を蹴り倒すのはさすがにまずすぎる。
なんとか当てずにすんだ安堵と、もし当ててしまっていたらと考える恐怖とでドキドキする胸を押さえる。
「――嘘でしょう? 一撃で木刀を叩き折るなんて……」
少し掠れた声で愕然と呟くアレクサンドルに、ようやくハッと我に返る。
「も、申し訳ありません、つい――!」
「手加減できるかわからない。というのは本当だったんですね」
凶暴すぎる、野蛮人が――そう怒り出すのではないかと思っていたのに、アレクサンドルは満足そうに笑っていた。
「安心しました」
「え?」
「――姉さんをどうか、お願いします」
頭を下げたあと、どこか複雑そうな表情で少し笑い、アレクサンドルはゆっくりと歩み去った。
その後ろ姿を見送りながら、やはり心臓がドキドキするのが止まらない。
まずは、認めてもらえてよかったという安堵がある。オレステスの評価を下げずにすんで、本当に良かった。
また、ずっと「オレスティア」との関係がよくなかったアレクサンドルが、どうやら本気で心配してくれるようになっていることを知り、嬉しくもある。――こちらは少々、複雑さがないとは言わないけれど。
だがそれ以上にオレスティアの胸を高鳴らせるのは、オレステスの圧倒的な強さだった。
叩き折った木刀の感触が、この手にまだ残っている。
咄嗟に攻勢に転じたときの、風を切る感覚もまた、初めて覚えたものだった。
――強いって、すごく気持ちいい……っ!
オレスティアは、自分が新たななにかに目覚めてしまったのを自覚せずにはいられなかった。
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