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ACT.7
7.願い事
しおりを挟むまっすぐに進むと、入口にあったのよりも大きな鳥居が建っていた。そこから続く石造りの階段を、ゆっくりとのぼる。
「ちゃんと知ってるんだな」
「なにが?」
「端っこ」
「――ああ」
なるほど、と苦笑する。
神社では、道の真ん中は神様の通るところ。お邪魔する側の人間は、端っこを歩きなさい――小さい頃から、お母さんに何度も言われてきた。だから自然と、体がそう動く。
知ってる人も多いとは思うけど、知らなくても不思議じゃない。
現に――思い出すのは、花森さんたちのことだった。
あたしが見たのは、第一の鳥居をくぐって行く後姿だったけど、普通に真ん中を通っていた。
別に彼女たちだけじゃないしと、特に気にはしなかったけど。
「なんかあの家ってさ、親戚が集まったりすると神社とかお参りすること多くない?」
小さい頃、葛城と会ったあのときも、たしか神社に行ったはずだ。皆で撮った写真はたぶん、境内だったと思う。
他にも、遠方に出向く親戚の集まりは、ほぼほぼ神社に行ってる気がする。
――もしかしたらお寺かな? いまいち違いがわかってないけど。
それこそ各地にある氏寺、とかだったら、お参りのために集まってたっておかしくない。
「――多いな」
ピクッと、葛城の片眉が反応する。
「参拝する理由は知らない……?」
「えっ、なんか理由あるの?」
咄嗟に訊き返す。
他のお家が、お盆にお墓参りをするのと同じ、その頻度が高くてちょっと大がかり、くらいに思ってたんだけど。
見上げたあたしの視線から逃げるように、葛城が顔を背けた。
「――古い家柄だから」
一瞬言いよどんだあと、口にしたのはわかったようなわからないような、曖昧な言葉だった。
まぁ、納得できなくはない。実際、なんとなくだけどそんなところだろうとは思ってたから。
――気まずそうに目をそらす、葛城の態度さえなければ。
絶対、なんかあるんだ。
「ね、葛城――」
「綾杉だ」
ごまかさないで、教えて。
袖を引いて訴えるより早く、葛城がぼそりと呟いた。
階段をのぼり終わって、道なりに少し進んだ所。大きな木の前で足を止める葛城につられて、あたしも立ち止まる。
ご神木、なんだろうか。朱塗りの柵に囲われた中に立っている。
綾杉、というくらいだから、杉の木なんだろう。立派な気だけど、圧迫感があるほどの大きさじゃない。
ただ、威圧感はあった。
イヤな感じじゃなくて――なんて言ったらいいんだろう。清々しい「気」というか、神聖な空気というか、そんなものが感じ取れる……気がする。
「神功皇后が植樹したと言い伝えられている」
広がる枝葉を見上げながら、葛城が言う。
――あ、ホントだ。
葛城の視界に入ってるかはわからないけど、柵の横に説明書きの立て札がある。
神功皇后様が「とこしへに本朝を鎮め護るべし」と祈りを込められてお植えになった杉で、紀元八六0年(西暦二00)のことであります
真ん中には「御神木 綾杉」と書いてあり、左側には和歌? たぶんこの木について歌われたものも書かれている。
――って、西暦200年……思ってたよりもずっと、古い時代の話だった……。
「亡くなられたあと、この木に神功皇后が現れた……との伝説もある」
「――木に?」
「有名な絵画、『わだつみのいろこの宮』じゃないけど、民間伝承的に、神は木に宿ると言われていたらしい」
葛城の言う有名な絵画ってのは知らないけど、まぁ「神が木に宿る」はなんとなく聞いたことがある。だからこそのご神木だし、森や山がパワースポットめいた感じになるんだろう。
でもそんな話聞くと、やっぱり神功皇后って、神話に片足つっこんだ時代なんだなぁって思う。
綾杉の立て札の正面に立つと左手側、階段からのぼってきてなら正面に、稲荷神社がある。
その真横に――なんて読むんだろ。素直に読むと、けいせき、かな? 鶏石。神社がある。
あとで、お参りしてみようかな。
思うけど、まずはやっぱり主神からご挨拶するべきだった。くるっと回れ右をする。
階段の上に見える、朱色の門。その向こうに、本殿が見えた。
なんとなく、緊張する。階段の左手側にある手水所で手と口を洗い清めてから、ゆっくりと階段をのぼった。
お賽銭を入れて、鈴を鳴らす。二度の礼と、柏手を2回。そのまま、祈りに入る。
神社は本来、願い事をする場所ではない、と聞いたことがある。神さまに誓いを立てる場所なのだと。
たとえば受験だって、「合格させて下さい」と願うのではなく、「合格に向けて努力をするから見守って下さい」と祈るべきらしい。
小さな頃から言い聞かされてきたから、むやみに神頼みする習慣は、あたしにはない。神社にお参りしても、こうやって祈るとき、神さまへの近況報告みたいになることが多かった。
けど今日は――願わずにはいられない。
自分の力ではどうしようもないこと。努力のしようがないこと。それこそ、神さまに縋る以外に思いつかないこと。
――花森さんが、助かりますように。
できれば後遺症もなく、元通りの生活が送れるようになりますように。
頭を軽く下げたまま祈り、ゆっくりと顔を上げる。鈴の向こう、本宮を見つめて再度、深々と礼をした。
なんとなく、厳かな気分になっていた。
ここは――大丈夫。
ほう、と息を吐く。
香椎宮の入口、第一の鳥居のところで、こちら側からなんとも言えない気配を感じたような気がしていた。
でも実際にここへ来てみると、なんともなかった。
なんともないというか、むしろ綾杉のところと同じ、清々しさみたいなものも感じる。
けど――
「気になるのか」
本宮は大丈夫なのに、もっと奥から、なにかが感じられる。
明確になにが、とは言えないけど――よくわからないけど。
あたしの視線を追ったのか、葛城がぽつんと訊いてくる。
「――仲哀天皇の本営跡地」
「ああ」
そうか。そういえば「それ」があるって、葛城が説明してくれたっけ。
「本営跡地だからってわけじゃないけど」
イヤな気配がするから、とは言えない。
石畳を逸れて、玉砂利に踏み込んだ足が、ざりっと固い音を立てる。
「――行くのか」
やっぱり、とでも言いたげな葛城の声には、答えられなかった。
正直な話、やめた方がいいとは思う。
暗雲垂れ込める――とでもいうのか。晴れているのに、そちらの方向だけがどんより曇って見える。
それが本当に曇っているのか、それともあたしの目にそう見えるだけなのかは、わからない。
でも、少なくともそう感じられるのは――そういうことだ。
やめた方がいい。行かない方がいい。
――わかってるのに、足が勝手に進んでいた。
葛城ももう反対する気はないのか、おとなしくついて来た。
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