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第六章
第六話 吐露
しおりを挟む「あれが、あの男の本性だ」
声をひそめて泣く蓮の姿に、理性の箍が外れた。激情を止められない。止める気にすらなれなかった。
「あの男はお前と別れたと言っていたぞ。はっきりとな。お前の気持ちも決意も知らず――お前がどれだけ辛い思いをしたのか、まるで考え及ばぬようにな。それでもあの男がいいか。お前を苦しめるだけのあいつの、それでも傍に居たいのか」
俯き、両手で顔を覆う蓮の手首を掴まえて引き寄せる。目と鼻の先で、戸惑う蓮の顔が見えた。
驚くのも無理もない。蓮の前では務めて、飄々とした態度を取り繕ってきた。自分よりも年若い少女に、余裕のある男と思われていたかった。
おそらく、掴み所のない印象を抱いていたのだろう。その亮が見せる怒気と真剣さが、不思議なのに違いない。
爆発した怒りが自分に向けられているとでも思ったか、蓮の瞳に不安の影が落ちる。
「――亮、さま……?」
怯えを滲ませた眼差しから逃れるように、抱き寄せる。強く抱きすくめ、蓮の白い肩に顔を埋めた。
「おれではだめか」
無意識に混ざる涙の成分に、気づく。
「蓮。お前が好きだ。――愛している」
今まで幾度となく、似た言葉をその場限りの女に言ってきた。君に会うために生まれて来ただの、君以外の女など目を向ける価値もないだの、相手を悦ばせるためだけに、心にもない言葉を平然と舌に乗せた。
今はただ、胸が張り裂けそうに痛い。これほどまでに想い、心の底から愛を告白したのは、生まれて初めてだった。
「亮さま……?」
呆然と、蓮が亮の名を口にする。信じられぬとでも言いたげな様子だった。
「幼い頃からずっとだ。ずっと、お前を大切に思ってきた。――ずっと、好きだった」
「でも――でも、私と月龍を仲介したのは……」
「そう、おれだ。おれもあのときは、うまくいってくれればと思っていた。――だが実際にそうなって、初めて気づいた。おれはただ、自分の感情を把握しきれていなかっただけだ。ずっと、お前に惚れていたと」
なにかに憑かれたように、胸の内から言葉が溢れてくる。蓮を抱く腕に力を込めながら、苦しいほどの激情をただ、まくし立てた。
「後悔した。血を吐く思いとはこれかと、したくもない実感もした。だが結局は、おれの問題だ。おれが愚かだっただけの話だ。あいつに、ましてお前にぶつけるのは筋違いだとわかっていた。だからなにも言わなかった。――それをあの男は」
ぎり、と噛み合わせた歯の力は、肌を通して蓮にも伝わっているかもしれない。
「あの男は、自分の安堵と愉悦のためにお前を泣かせる。いつも、お前を悲しませてばかりだ。今度に到っては、好きでもない男に抱かれろだと? ふざけるな。あの男は一体、なに様のつもりか。しかもそれを傍にいるための条件だなどと言ったくせに、別れたと、臆面もなく言ってのけるとは」
蘇り、さらに勢いを増した怒りが、吐き気すら催すほどの動悸を胸に強いる。
「ああそうだ、あの男は以前からそうだった。女など情欲を満たす道具くらいにしか思っていない。飽きたら目もやらずに捨てる。――お前と会ってからは変わったと思っていた。お前に対してだけは、決して軽い気持ちで近づいたのではないと思っていたのに。あの男はしょせん、あの男だ。なにも変わっていなかった」
感情の高ぶりが抑えられない。一度口をついて出た月龍への責言は止まらず、荒々しい声で叫んでしまう。
蓮と別れたと月龍は言っていた。少なくとも月龍の中で決着がつかない限りは、亮に報告などできないはずだ。
親友だからと言うのではない。蓮のいとこで王子の立場にある男に迂闊なことを言えば、怒りを買って罰を受ける可能性もあることくらい、月龍とてわかるだろう。
蓮と一緒になるくらいならば、罰を受ける方がまだいい。――言外にそう語っているとしか、思えなかった。
蓮がいくら男女のことを学ぼうとも、よりを戻す気はない。月龍の意思表示を見た気がした。
ならば何故蓮に、わずかでも期待を持たせることを言ったのか。
さらに高ぶりかけた感情を、震える長い溜め息で押さえ込んだ。これ以上激高しては、ただ蓮を怖がらせるだけだ。
「――おれにしておけ」
冷静を装い、蓮の耳に優しく聞こえるように、そっと囁く。
「おれはお前を大切にする。必ずだ。天地神明に誓う。絶対に、守って見せる」
この、命に代えても。
つけ加えて、蓮の長い睫毛に唇を当てる。
熱烈な言葉に、蓮は明らかに動揺していた。困惑を面に描いて、亮の胸を押し返す。
輝きを失った目を一瞬だけ上げて、すぐに伏せた。
「私も――ずっと、亮さまをお慕いしておりました。幼い頃から亮さまの妻になるのだと――なりたいと。けれど今は……」
月龍を愛している。
続けられずともわかった。――わかってしまった。
そこでようやく、我に返った。視点を定めることもできぬほど困窮している蓮の姿に、犯した失態に気づく。
苦々しい思いのまま、蓮の前髪に手を伸ばす。手櫛でかき上げ、半ば無理やり抱きすくめると、そのまま臥牀に倒れこむ。
抗いかけた蓮の肩をしっかりと抱いて離さず、仰向けの姿勢で自嘲を口にした。
「すまない。今のは忘れてくれ」
いつもと同じ、笑みを含んだ飄々とした声を作る。
「どうかしていた。お前に言うつもりなど、さらさらなかったというのに――格好の悪い。気にしないでくれ」
「でも――」
「いい、と言った」
蓮を遮り、向けた笑みには苦みが混じる。
「だから言いたくなかった。お前を困らせるだけなのは目に見えている。おれの想いでお前を縛りつけるのも趣味ではない」
そこまで言って、ふっと表情を消す。
「だがこれだけは覚えていてくれ。お前がその気になったら、いつでもおれの所に来い。お前のために、正宮の席は空けておく」
そのときまで待つ、との宣言に他ならなかった。
亮とてわかっている。「そのとき」など、一生来るはずがない。
それでもあえて言ったのは、蓮以外の女は眼中にないと知ってほしかったからだ。
蓮の顔が、ふっと翳る。亮の想いを嬉しく思うより、重荷に感じているのだろう。
優しい蓮が思い悩むのを、半ば承知で口にした亮も人が悪いのかもしれない。
だがどうしても、言わなければならなかった。蓮が自分のことを、月龍に顧みられることもない、魅力ない女だなどと思わないように――男は月龍だけではないのだと、わからせるために。
複雑な心境を表すように瞳を揺らす蓮に、宥めるための笑みを向けた。
「ほら、そのような顔をするな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
おどけた声と物言いと共に、蓮の上に乗る。ちろりと耳の裏を舐めると、蓮がくすぐったそうに首を竦めた。
「さ、続きだ。教えたいことも、試してみたいことも、まだまだある。今宵は眠れると思うなよ」
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