冥合奇譚 ~月龍の章~

月島 成生

文字の大きさ
59 / 80
第六章

第十一話 偽り

しおりを挟む

 二人はそのまま、当然の成り行きのように流れて、褥を共にしていた。

 これまでとは違い、蓮は月龍の動きに合わせて身をくねらせ、規則的に甲高い声を上げる。半開きの唇から、ちらりと白い歯が覗いていた。
 甘い声が、月龍を官能の渦に飲みこもうとしているようだったけれど、ふと、不安になる。

「蓮――今日はどうした」

 不意に動きを止める月龍を、ゆっくりと上げた薄目で見上げる。

「どうした――とは?」

 乱れた息と、上気した頬。普通に見れば、蓮も歓んでくれている証に思える。
 だが上げられる嬌声は、どこか不自然だった。
 なにより、先日までとの違いに嫌でも気づかされる。
 目と鼻の先、正面から蓮を見つめた。

「もしあのとき、おれが言ったことを気にしているのなら――おれを悦ばせるために演じているのなら、必要ない」

 告げるのが、辛かった。先日の非道を、自分も蓮も思い出してしまう。
 けれど言わぬまま、有耶無耶にもしたくなかった。もし蓮に誤解を抱かせてしまっているのならば、なんとしても撤回しなければならない。

 ぴくんと、蓮の睫毛が震えた。
 微かに開かれた目に、半瞬ほどだったが、怯えの色が浮かぶ。

「やはりそうか」

 軽く嘆息するが、月龍が感じたのは喜色に近い感情だった。
 無理をおしてなお傍に居たいと願い、それほどまでの蓮に愛されているのだと思えば、自己満足を禁じ得なかった。

「いえ、私は――」
「無理な演技は必要ない」

 否定を遮り、蓮を深く抱きしめる。

「ただ、受け入れてくれるだけで、おれは充分――」

 幸せだ。続ける代わりに、そっと耳元に口づけた。

 月龍が作る精一杯の優しい声に、蓮の目が鋭くなる。
 かつて一度も月龍に――否、他の誰に対しても向けられたことのない、険しい表情だった。
 もしそれを目で確かめていたら、せめて感じ取れていたら、いかに月龍と言えども蓮の異変に気づいていただろう。

 けれど今、月龍は幸せだった。

 蓮の肩に顔を埋め、ぬくもりと自己中心的な愛情に酔いしれ、目を閉じている。蓮の様子に、気を配るだけの余裕はなかった。
 自分が幸せなのだからきっと、相手も幸せなはずだ。陥りやすい錯覚と誤解が、月龍の心に目隠しをする。

「――否、これだけでも望みすぎなのかもしれない。もしこうやって抱かれるのが嫌なら、寄り添うだけでもいい」

 月龍は想いを言葉にするのが苦手だった。きっと、言葉の選び方もうまくない。
 けれど伝わったはずだと思いたい。なにも語らぬ月龍からでさえ愛情をくみ取ってくれた蓮ならば、きっとわかってくれたはずだ。
 蓮の腕が、するりと月龍の首に巻きついてくる。

「私では――楽しめない?」

 やんわりと頭を抱きしめてくれる蓮の温かさが、心身に染み入ってくる。
 だが、柔らかな声音が告げた言葉は、無視できるものではなかった。はっとして、身を離す。

「それとも、口を噤んでいた方がいい? 嫌がる素振りをした方が、あなたは楽しめる?」

 すぐ間近で覗きこんだ蓮の瞳が、潤んだ光と含んで揺れている。教示を請う目つきに、戸惑いだけではなくいいようのない不安に襲われた。

「違う。なにを言っている、君は」

 不安が、語気を強くさせる。
 蓮を抱く理由は、享楽のためではない。月龍が楽しむとかどうとか、そもそも問題が違った。
 なのに蓮が、それを気にするとは。
 もしかしたら、伝わっていないのかもしれない。急激に、肝が冷える。

「言ったはずだ。おれを悦ばせるためになどと考えなくていい。我慢など必要ない。おれは――」
「月龍」

 そのままの君を愛している。

 焦って言い募る月龍を、蓮が遮る。月龍の頬を両手で挟んで、小さく笑った。

「私なら大丈夫。だからお願い。焦らさないで、続けて……」

 切なげな響きが、甘ったるい声に拍車をかける。月龍の顔をそっと引き寄せ、口づけてくれる蓮の柔らかさが、月龍の理性を奪った。

 蓮が大丈夫だと言っているのだから、それでいいはずだ。
 もう、なにも考えたくない。

 欲に流され、身に迫る快楽に追いつめられ、月龍はただ夢中で蓮の体を抱いた。


 ――月龍はこのとき、幸せだった。
 それが、偽りの彩りであることを知らずに――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

幸せアプリ

青の雀
恋愛
結婚間近の同棲していた恋人に捨てられ、契約直前の仕事を同期男性に盗られたその日はまさに厄日かと思われた。 帰宅して、風呂上りにスマホでサーフィンしていたら、見覚えのないアプリがインストールされている! すぐに削除するつもりが……、次第にアプリの指示通り行動していたら、幸せが手に入るようになりました♡

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...