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雨乞い
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最近、全然雨が降らない。そろそろかな、と窓枠に頬杖をついて考える。小さい頃大人に聞いた話、私は雨を降らせるカミサマのイケニエとして生まれてきたんだそうだ。カミサマの事もイケニエっていうのがなんなのかも当時の私には全然分からなかったが、今なら少し、分かる。大人達は雨のカミサマに私を差し出して、代わりに雨を貰うんだ。私で雨を買うんだ。売られた後はどうなるのかは少し考えたけれど、結局どうなってもいいかなと結論が纏まった。
私が知っている外の世界は、今頬杖をついている古びた窓枠から見える僅かな範囲だけだ。イケニエに何かあっては大変だから、と小さい頃大人達に座敷牢に閉じ込められてから一回も外に出ていない。小さい頃の話はよく覚えていないので、物心ついた頃から牢の中にいたというのが本当の所ではあるが。脱走しようと思った事は無い。いや、無いというのは嘘だが、出られた事は一度もない。そもそも牢屋の鍵が開く所を見たことが無い。食事や飲み物は全て窓から渡される。
私の生活範囲は少し薄暗いこの部屋の室内のみだ。
前は外に出たいと思っていたが最近そう思う事はなくなった。別に出たいとは思わないし、したいこともない。イケニエに出されるのもそこまでイヤではなかった。カミサマって私を食べるのかな? もし食べるんだったら痛くないように食べてほしいなぁ。イケニエについてはそのくらいにしか思っていなかった。
そんな事をぼんやりと考えているうちに数日が経った。今日もいつもと同じように出された食事をそのまま食べる。いつも通り美味しい。いつもと違ったのは食事をした後、度し難い眠気に襲われた事だ。私は倒れ込むようにしてそのまま寝てしまっていた。
目を覚ましたのはそれからどれくらいの時間が経った頃だろうか。気がつくと私は頭に布を被せられ、口に何か布のような物を咥えさせられて、揺れていた。ザッザッザッと規則正しい足音とその足音に併せて揺れる世界。どうやら寝ている間に何かに乗せられて運ばれているらしい。
あぁ、売られるんだな。雨と交換してもらうんだな。
まだ少し眠い頭でそんな風に考える。やっぱり怖くも悲しくも無かった。
足音が止んだ。
「雨神さま、雨神さま、かつての約束に従い生贄を持って参りました。雨神さまの仰せの通り白銀のような白髪と薄い橙の肌を持った齢14の幼子でございます!」
「どうか、どうか我ら里の民に雨をお恵みください!」
女と男、二つの大きな声が響き、暫くの間シャランシャランという鈴の音と軽い太鼓の音が鳴った。そのうち私は冷たい床に放り出され、頭を覆っていた布を外されて、雨神さまを祀っているであろう神殿の入り口の脇にある深い泉に沈められた。そして泉の上に何か乗せられ、世界は真っ暗になった。私は息が続かなくなりそこで意識を失った。
目を覚ました。死んだと思っていた。いや、もしかしたらあのまま死んで、ここはもう死後の世界なのかもしれない。呑気にそんな事を考えていると、すぐ近くで水音がした。ゆっくり起き上がって辺りを見回す。部屋の隅にある大きな銀の器の中に、ちょこんと可愛らしく座ってこちらを見つめる少女と目があった。器の中に水なんて全然無いのに、何故かその子はびしょぬれだった。
私と同じ少し青がかった大きな瞳、私と正反対の、月がない夜の夜闇のような美しい黒髪、透き通る白い肌、ずっと前に大人に教えてもらった「カミサマ」は確かこんな格好をしていたな、と微かながら思い出した。どのくらい見つめ合っていたか、先に静寂を破ったのは相手の少女だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、あなたにはまだ何のことか分からないでしょうけど、私はあなたに謝らないといけないの、あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい」
今までのキョトンとした顔を少し崩し、目に大粒の涙を溜め、泣きながら私に謝り始めた。私は器の中に入り彼女を抱きしめてなだめる。何故かは分からないがそうしなくちゃいけない、と心が教えてくれた気がした。
「大丈夫、大丈夫だよ、ほら、顔を上げて? せっかく綺麗な顔なのに台無しだよ」
顔を上げた彼女の顔は、やはり妖しいほどに美しかった。彼女が泣き止んで器の外に出てきた時には、器には小さな小さな水溜まりが出来ていた。
その夜はほんの少し雨が降った。山の向こうから、太鼓や笛、鈴の音が響いてくるのが聞こえた。大人達が雨に歓喜しているのであろう。
寝てしまった彼女の横で、少しずつ降り注ぐ雨をずっと見ていた。
いつのまにか私も寝てしまっていたようだ。起きると外は快晴で、雨が降っていた事が嘘みたいだった。彼女は先に起きていたようで、窓際座り込んでただ外を眺めていた。
この場所はどうやら少し特殊のようで、窓からは出られそうなのに、でようとしてみると何故か水の中に沈んでいるような息苦しさを覚え、それ以上先に進むことはできない。外は見えるのに出ることはできないのだ。あの古びた窓枠と何も変わらないな、と思った。
少しのびをしてから、彼女の隣に座った。彼女は何が嬉しいのか、ニコニコと笑顔で外を眺めていた。
「何か嬉しい事あったの?」
「分かんない、分かんないけど嬉しいの」
泣いていたのが嘘のような笑顔だ。何が嬉しいのかはよくわからないけれど、彼女の、快晴のような笑顔がひたすらに大事で、尊く感じた。
「あの、カミサマ、なんだよね?」
答えなど分かりきっている質問をする。そう、答えなんて聞かなくても分かるんだ。
「うん、そうみたい、いつのまにカミサマになんかなっちゃったんだろうなぁ」
心底不思議そうに首を傾げる。カミサマは生まれたときからカミサマでは無いのか。意外だった。
それから彼女といろんな話をした。ここまで連れてこられるまでの事、記憶の片隅に少しだけ残っている、小さいときに聞いた御伽噺、外で食べた、毎食同じメニューの食事。それはもう、私が今まで見てきた物を片っ端から話した。そういえばここに来てから全然お腹がすかない。ここはそういう場所なのだ、ということで納得した。
彼女は私が話している間黙って耳を傾けていた。話す内容によっては泣き出したり、ケタケタと声上げて笑ったり、話している私も一緒になって泣いたり笑ったりした。それは今まで生きてきた中で最も楽しいであろう時間だった。
話している間、私がここにくるまで曇ることも無くずっと晴れていた空は、これまた嘘のようにころころと表情を変えた。私は彼女に話をするのが楽しくてあまり気にしてはいなかったのだが。そして、無限にも思える時間話し続け、話疲れた私は何時の間にか彼女の膝の上で寝息を立てていた。
夢を見ていた。一見イヤな夢なのに、イヤな感じはしない。不思議な夢だった。私は私に馬乗りになって私の首を絞めている。私は私に首を絞められている。力を込めるごとに私の体は水のようになってドロリと流れ出し、力を込められるごとに私の体は水のようにドロリと流れ出していった。痛くはない、苦しくもない。ただ私は私の首を締めて私が私を殺すという不自然かつ不可思議な夢を当然のように見ていた。これをみている私は私なのだろうか? 私とは一体何なんだろうか? そこに答えなどあるのだろうか? 答えを求める事は間違っているのだろうか? 結局何が正しいのだろうか? それとも何も正しくは無いのだろうか? 私は死んだのだろうか? 私を殺してしまったのだろうか?
何も分からない。
何一つ分からないまま目を覚まし、銀の器の中で静かに寝息立てている私の上に乗って、指を細い首筋に食い込ませた。静かに力を込めていく。込める度に私の体は水となって溶けていった。これは当然の事なんだと、ただそう思った。気がつくと私の体はなくなり、銀の器の中は透き通った水で満たされていた。私はその中で、ひたすら泣いていた。ずっとずっと泣いていた。何回も何回も太陽が上がって、下がって、上がって、下がるまで、ずっと、ずっと泣いていた。涙が枯れるころ、銀の器の中に水は残っていなかった。ピカピカの銀に反射して写る私の姿は、少し青がかった大きな瞳、月がない夜の夜闇のような美しい黒髪、透き通る白い肌。遠い記憶の中にある、私によく似ていた。
私が知っている外の世界は、今頬杖をついている古びた窓枠から見える僅かな範囲だけだ。イケニエに何かあっては大変だから、と小さい頃大人達に座敷牢に閉じ込められてから一回も外に出ていない。小さい頃の話はよく覚えていないので、物心ついた頃から牢の中にいたというのが本当の所ではあるが。脱走しようと思った事は無い。いや、無いというのは嘘だが、出られた事は一度もない。そもそも牢屋の鍵が開く所を見たことが無い。食事や飲み物は全て窓から渡される。
私の生活範囲は少し薄暗いこの部屋の室内のみだ。
前は外に出たいと思っていたが最近そう思う事はなくなった。別に出たいとは思わないし、したいこともない。イケニエに出されるのもそこまでイヤではなかった。カミサマって私を食べるのかな? もし食べるんだったら痛くないように食べてほしいなぁ。イケニエについてはそのくらいにしか思っていなかった。
そんな事をぼんやりと考えているうちに数日が経った。今日もいつもと同じように出された食事をそのまま食べる。いつも通り美味しい。いつもと違ったのは食事をした後、度し難い眠気に襲われた事だ。私は倒れ込むようにしてそのまま寝てしまっていた。
目を覚ましたのはそれからどれくらいの時間が経った頃だろうか。気がつくと私は頭に布を被せられ、口に何か布のような物を咥えさせられて、揺れていた。ザッザッザッと規則正しい足音とその足音に併せて揺れる世界。どうやら寝ている間に何かに乗せられて運ばれているらしい。
あぁ、売られるんだな。雨と交換してもらうんだな。
まだ少し眠い頭でそんな風に考える。やっぱり怖くも悲しくも無かった。
足音が止んだ。
「雨神さま、雨神さま、かつての約束に従い生贄を持って参りました。雨神さまの仰せの通り白銀のような白髪と薄い橙の肌を持った齢14の幼子でございます!」
「どうか、どうか我ら里の民に雨をお恵みください!」
女と男、二つの大きな声が響き、暫くの間シャランシャランという鈴の音と軽い太鼓の音が鳴った。そのうち私は冷たい床に放り出され、頭を覆っていた布を外されて、雨神さまを祀っているであろう神殿の入り口の脇にある深い泉に沈められた。そして泉の上に何か乗せられ、世界は真っ暗になった。私は息が続かなくなりそこで意識を失った。
目を覚ました。死んだと思っていた。いや、もしかしたらあのまま死んで、ここはもう死後の世界なのかもしれない。呑気にそんな事を考えていると、すぐ近くで水音がした。ゆっくり起き上がって辺りを見回す。部屋の隅にある大きな銀の器の中に、ちょこんと可愛らしく座ってこちらを見つめる少女と目があった。器の中に水なんて全然無いのに、何故かその子はびしょぬれだった。
私と同じ少し青がかった大きな瞳、私と正反対の、月がない夜の夜闇のような美しい黒髪、透き通る白い肌、ずっと前に大人に教えてもらった「カミサマ」は確かこんな格好をしていたな、と微かながら思い出した。どのくらい見つめ合っていたか、先に静寂を破ったのは相手の少女だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、あなたにはまだ何のことか分からないでしょうけど、私はあなたに謝らないといけないの、あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい」
今までのキョトンとした顔を少し崩し、目に大粒の涙を溜め、泣きながら私に謝り始めた。私は器の中に入り彼女を抱きしめてなだめる。何故かは分からないがそうしなくちゃいけない、と心が教えてくれた気がした。
「大丈夫、大丈夫だよ、ほら、顔を上げて? せっかく綺麗な顔なのに台無しだよ」
顔を上げた彼女の顔は、やはり妖しいほどに美しかった。彼女が泣き止んで器の外に出てきた時には、器には小さな小さな水溜まりが出来ていた。
その夜はほんの少し雨が降った。山の向こうから、太鼓や笛、鈴の音が響いてくるのが聞こえた。大人達が雨に歓喜しているのであろう。
寝てしまった彼女の横で、少しずつ降り注ぐ雨をずっと見ていた。
いつのまにか私も寝てしまっていたようだ。起きると外は快晴で、雨が降っていた事が嘘みたいだった。彼女は先に起きていたようで、窓際座り込んでただ外を眺めていた。
この場所はどうやら少し特殊のようで、窓からは出られそうなのに、でようとしてみると何故か水の中に沈んでいるような息苦しさを覚え、それ以上先に進むことはできない。外は見えるのに出ることはできないのだ。あの古びた窓枠と何も変わらないな、と思った。
少しのびをしてから、彼女の隣に座った。彼女は何が嬉しいのか、ニコニコと笑顔で外を眺めていた。
「何か嬉しい事あったの?」
「分かんない、分かんないけど嬉しいの」
泣いていたのが嘘のような笑顔だ。何が嬉しいのかはよくわからないけれど、彼女の、快晴のような笑顔がひたすらに大事で、尊く感じた。
「あの、カミサマ、なんだよね?」
答えなど分かりきっている質問をする。そう、答えなんて聞かなくても分かるんだ。
「うん、そうみたい、いつのまにカミサマになんかなっちゃったんだろうなぁ」
心底不思議そうに首を傾げる。カミサマは生まれたときからカミサマでは無いのか。意外だった。
それから彼女といろんな話をした。ここまで連れてこられるまでの事、記憶の片隅に少しだけ残っている、小さいときに聞いた御伽噺、外で食べた、毎食同じメニューの食事。それはもう、私が今まで見てきた物を片っ端から話した。そういえばここに来てから全然お腹がすかない。ここはそういう場所なのだ、ということで納得した。
彼女は私が話している間黙って耳を傾けていた。話す内容によっては泣き出したり、ケタケタと声上げて笑ったり、話している私も一緒になって泣いたり笑ったりした。それは今まで生きてきた中で最も楽しいであろう時間だった。
話している間、私がここにくるまで曇ることも無くずっと晴れていた空は、これまた嘘のようにころころと表情を変えた。私は彼女に話をするのが楽しくてあまり気にしてはいなかったのだが。そして、無限にも思える時間話し続け、話疲れた私は何時の間にか彼女の膝の上で寝息を立てていた。
夢を見ていた。一見イヤな夢なのに、イヤな感じはしない。不思議な夢だった。私は私に馬乗りになって私の首を絞めている。私は私に首を絞められている。力を込めるごとに私の体は水のようになってドロリと流れ出し、力を込められるごとに私の体は水のようにドロリと流れ出していった。痛くはない、苦しくもない。ただ私は私の首を締めて私が私を殺すという不自然かつ不可思議な夢を当然のように見ていた。これをみている私は私なのだろうか? 私とは一体何なんだろうか? そこに答えなどあるのだろうか? 答えを求める事は間違っているのだろうか? 結局何が正しいのだろうか? それとも何も正しくは無いのだろうか? 私は死んだのだろうか? 私を殺してしまったのだろうか?
何も分からない。
何一つ分からないまま目を覚まし、銀の器の中で静かに寝息立てている私の上に乗って、指を細い首筋に食い込ませた。静かに力を込めていく。込める度に私の体は水となって溶けていった。これは当然の事なんだと、ただそう思った。気がつくと私の体はなくなり、銀の器の中は透き通った水で満たされていた。私はその中で、ひたすら泣いていた。ずっとずっと泣いていた。何回も何回も太陽が上がって、下がって、上がって、下がるまで、ずっと、ずっと泣いていた。涙が枯れるころ、銀の器の中に水は残っていなかった。ピカピカの銀に反射して写る私の姿は、少し青がかった大きな瞳、月がない夜の夜闇のような美しい黒髪、透き通る白い肌。遠い記憶の中にある、私によく似ていた。
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