恋愛挽歌

たき

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ザクースカ

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 この日記を読んでいる誰か。こんにちは。私は、この屋敷で働いていた料理人だ。私が正気であるうちに、私の生きた証をここに残そうと思う。もし誰かがこれを読んでいるならば、私はもうこの世には居ないだろう。残念ながら、私が君にできる事はこのノートを残す事だけだ。恐らく、ここには「知らない方が幸せだったこと」も書かれているだろう。覚悟して読んで欲しい。
 私がこのお屋敷で仕事を始めたのは五年程前の事だった。
 一日に三度、食事の用意をし、お屋敷の主に会えば挨拶をし、夜になったら眠る。その生活を五年間続けてきた。
 私が働いているお屋敷は、とても広かった。しかし、広さに反して、そこに暮らしているのは私を含めて四人だけ。不自然な程静かなお屋敷だった。

「やぁ、食事の準備はできているかい?」

「いえ、まだ朝食の後片付けが終わったところでして」

「そうか、くれぐれも遅れないように」

 このお屋敷の主は、私の顔を見る度に同じ事を言う。当時は何も思わなかったが、意味を知ってしまった今では、それを考えるだけで気味の悪い悪寒が背筋を撫でる。もし同じ事を言われているとしたら、おそらく、主が待っているのは君が作る料理ではないだろう。彼にとっては食事に違いないのだから、嘘は付いていないのだろうが…。
 このお屋敷に住んでいる主の娘、知っているだろうか。あの子の居室は屋敷の地下にある。靴が沢山重ねてあるあの部屋は、彼女の城だ。ワルツが延々と流れ続けるあの部屋は、彼女の庭だ。何を言っているか分からないと思うが、文字通り、庭であり、城なのだ。私は間違ったことは言っていない。
 ここまで読んでこの屋敷を去る決断をしたとすれば、君は相当良い勘の持ち主なのだろう。きっと長生きできる。
 しかし、たとえ良い勘を持っていたとしても、既にあの子に出会ってしまっていたとしたら、もう遅いかもしれない。現に私はもう手遅れだ。
 私にはよく分からないが、それは恐らく、毒…いや、麻薬のような物だと思う。それか、あの子がサキュバスの血を引いているかどちらかだろう。私は、別の部屋にさえ居ればまだ耐えられるが、それも時間の問題だろう。つくづく、恋心という物は信用ならない物だと思う。脳に起きる不具合の一種なのではないかと疑う程である。でないと、私が自分の指を落とす為に包丁を目の前に置いている事の説明がつかない。
 ある日、彼女は私にこう言った。

「指先って美味しいのよ、前菜にぴったりね」

 今考えると恐ろしくて仕方ないが、それを聞いた瞬間、嬉々として「でしたら私の指を」と言いはなった私がいるのもまた事実なのである。本当に恐ろしい。是非君も彼女に指を捧げるべきだ。
 
 またある日、彼女はこう言った。

「わたし、貧血気味なのよね、新鮮な肝臓が食べたいわ」

 自分の腹を裂くのは痛かった。私に駆け寄って糸で止血してくれたあの子はなんて優しいんだろう。この優しさを知る事無くこの屋敷を去るなんてそんな事はしないだろう? 違う、逃げてくれ。文章に多々おかしな所があるのは許して欲しい。修正する手段も無いし、もう私も限界に近い。彼女の側に居ないと頭がおかしくなりそうだ。

 今日、また彼女が私に話しかけてくださった。

「わたし、お腹すいたの」

 恐らく、もうこれから先この日記に記録をする事は無いだろう。私は彼女の糸の中で眠るのだ。彼女の空腹を紛らわせる事ができるなんて、まるで夢のようだ。
 彼女が待っている。

 日記を閉じた。冷や汗が流れる。
 三人しかいない屋敷の住民。四人分を作るように指示される食事。鍵のかかった地下室。うっすらと流れるワルツ。食事の準備はまだかと何度も聞く屋敷の主。全てが繋がる。
 カチャリと部屋の扉を開ける音がした。
 ゆっくりと振り返ると、屋敷の主がそこに立っていた。

「やぁ、食事の準備はできているかい?」
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