この心が満ちるまで、そばにいて

Sai

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自分について、知りたい者

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「大学で、機械専攻だったんだ。俺ら」 
「へぇーっ。ロボットとかの?」
「そうそう」

 
 押し入れに入れてあったバッグから紙の束を取り出して、ほら、と見せる。

 
「うわ、すげぇ」
「……。これ、ほとんどお前が書いたんだよ」
「そうなんだー……すご」

 
 きっちりとした線で、その体には似つかわしくない小さなかわいらしい文字で書き起こされた設計図。捲れない修に代わって、俺がぺらりぺらりとそれを見せた。
 

「なんのロボット?」
「ロボットって言うか……。介護の補助みたいな。パワーアームって言って、力のない人でも介護を楽にできるやつなんだけど」
「えーすごいな」
「……うん」

 
 すごいな、って、体の大きかったお前のじいちゃんの介護が大変そうだったから、こんなのあったらって話になったんじゃないか。
 

「設計図だけ? 物は?」
「物は、まだ……」
 

 これは俺達がいずれ卒業制作にしようとしていた物で、おさむが設計図を、俺が組み上げをするはずだった。
 

「設計図はお前に任せっきりだったから、これはもう作れないかも」
「えーもったいないな」
「うん……」

 
 もしかしたら何か思い出してくれるかもと思い見せてみたけど、俺の期待は淡い泡となって消えた。束をきれいに揃えて紐で縛り、また大事にバッグにしまった。

 
「他には? もっと俺のこと教えて」
「ああ……」
 

 その後も修について、俺が知っている限りのことを話した。俺達が知り合ったのは大学だったから実のところそんなに昔を知っている訳じゃない。自分のことを知りたがる修に、大学であったことしか話せず俺はあんまり彼のことを知らなかったのだと思い知らされた。

 
「なんで俺お前のとこに来たんだろうなー」

 
 付き合ってたから。俺はそう思いたい。
 

「さぁ……」

 
 俺は、俺達は恋人だったんだよ。の言葉が、修に面と向かって一番言いたいその言葉が、今日も言えなかった。
 
 
 


 
「修……いつまでここにいられる?」
「え?」
 

 俺がベッドに横になると、修はいつも組んだ両腕の上に顎を乗せてその視線を俺に寄越した。癖っ毛の少し色を入れた修の髪が今にも触れそうで苦しい。
 

「修」
「ん、なに」
「ずっとここにいていいよ」
「そうだなぁ。それもいいな」
「……うん」


 いつまでここにいられる? 俺のそばに、ずっといられる?

 
「……おやすみ、修」
「うん、おやすみ」

 
 修を失う喪失感を俺は既に知っているのに、ずっとここに居られはしないのだろうと想像がつくのに、修はひどい奴だ。俺にまたあんな思いをしろと言うのだろうか。俺が逆の立場だったら、いつまでいられるかわからないから修に言い残したことをたくさん言うのに。

 
 ——そうか。修は記憶、ないんだっけ。

 
 ぐす、と鼻が垂れてきて、寒い。と言い訳して布団を頭まで被って、その日はフルフルと唇を震わせながら朝が来るのを待った。
 
 

 
 
 修が現れて何日経っただろう。俺の部屋から出られない修は、俺が大学から帰ってくると目尻にシワを寄せて喜んだ。
 

「もう全部見た?」
「途中で止まっちゃったんだよー。リモコンがそこにあんのにさぁー!」
「なんでだろ。明日もつけっぱなしにしとくよ」
「やったぁー」
 

 暇つぶしのネット番組の流し見も、そろそろ飽きるだろうなと感じた。
 

「うわー。いい匂い。肉じゃがだ」
「……匂いわかるの、お前」
「ん? わかんない」
「わかんねぇのかよ。上手くできたのに」
「手際いいなぁ。すごい」
「……だろ」
 

 この狭い台所で飯を作るのは本当に苦労する。でも俺がこんなに手際良く作れているのは修のおかげだった。修は、両親が共働きで姉と一緒に夕食の用意をしているうちに上手くなったらしい。それにしても猫の手もできなかった俺が褒められるほど成長するなんて。

 
「お前が全部教えてくれたんだけどな」
「そうなの? 俺オールマイティだったんだー。てか飯一緒に作る仲だったんだ? 俺達」
「……うん。俺がコンビニ弁当ばっか食ってたから見かねたんじゃねぇの」
「あーそれは心配になるかも」

 
 本当は違うんだけど。俺達は一緒に飯を作って、一緒に食事してたんだけど。次の日の朝日を、この部屋で一緒に見たりしてたんだけどな。

 
「いただきます」
 

 ベッドの前にあるテーブルで、一人箸をつける。インスタントの味噌汁をぐるぐるかき混ぜて、カップに口をつけた。
 

「あれ。人参が入ってないじゃん」
「ん。俺人参嫌いだから」
「えー、人参美味しいだろー」
「それは覚えてんのかよ」
「人参は敵じゃない気がする」
「はは」
「あ、そんな顔で笑うんだ」
「え?」
「いっつもこんな顔してる。難しい顔」
「……ふぅん」
 

 俺はもとからそんなに喜怒哀楽を顔に出す方じゃない。けど、修がいなくなってからは哀しさに感情が全振りされてしまった。確かに頬が緩んだのなんて久しぶりかもしれない。
 

「……そんなに見てもやらねーぞ」
「あはっ。食べたいなぁ。お腹は空かないけどさ」
「低燃費で羨ましいよ」
 

 本当は、俺今独り言言ってんじゃないよな。修が死んだのを受け入れられなくて頭おかしくなって、妄想の修と喋ってんじゃないよな、俺。


 なんだか『幸せ』が戻った気がして、肉じゃがの味がちゃんと感じられて、そんなに昔ではないはずの修がいた頃が思い起こされた。
 

「伊織」
「……ん、なに」

 
 びく、と体が動いてしまった。不意打ちのように体に稲妻が走っていった。

 やばい。泣きそう。ただ、自分の名前を呼ばれただけなのに。
 

「ちょっと窓開けてよ。少しは風通した方がいいよ。健康のために」
 

 窓? 開ける?

 
 すっ、と修がその手を伸ばす。俺は背中に悪寒を感じて、思わず口走った。
 

「やめろ!」

 
 窓際に立つ修が驚いて大声を出した俺を見た。ぽかん、と豆鉄砲を食らったように。
 

「あ、開けないよ? てか俺触れないし。言ってみただけ……」
「……」
「あ、もう……夜だもんな。そっか。こんな時間に開けないか」
「……いや、俺、花粉症だからさ。お前はしんどいの知らないだろうけど」

 
 修が俺に、そうだよな、ごめん。と言って台所へ行き、コンロの上の鍋の中を見て、明日の分もありそう! と言った。
 

「……」

 
 箸を持ったまま半分ほど減った茶碗を見つめ、ぽた、と涙が落ちる。花粉症のことなんてどうでも良かった。ただ、そこの窓を開けてしまったら、修が外へ出て行ってまた会えなくなるのではと感じた。カーテンとか窓とか玄関がなんかのバリアみたいになって、修が出られないようにしてる気がした。だから。
 

「え。い、伊織。泣いてる?」


 肩を震わす俺を見て、心配そうに修が駆け寄った。ごめん、そんなに辛いの知らなくて。と俺に言った。

 
「……なんでたったそれだけのことも覚えてねぇんだよ」
「……伊織……」

 
 バカだろ。そんなことで泣くわけないだろ。なんで俺が、お前のただの友達の俺が泣いてんのかよく考えてみろよ。
 

「……テレビ、音小さくしとくから、それで見て」
「あっ、うん……」

 
 さっきから俺との思い出をことごとく覚えていない修にだんだん腹が立ってきた。いや、腹が立つというよりは、虚しさの方か。まさか俺だけがこんなに好きだったなんてことないよな。お前に限って。

 
 下げた茶碗も洗わず早めに暗くした部屋が、テレビの明かりでチカチカと瞬く。それが鬱陶しくて壁側を向いて、俺はいじけた子どもの気持ちで目を閉じた。
 
 
 

 
「伊織ってさぁ。あれ? なんだっけ、ミニ……ミニマリスト?」
「……違うよ」

 
 俺のこの余計な小物が何もない部屋をぐるりと見回して、修が言った。

 
「物欲ないの?」
「いや……近いうちに引っ越そうと思ってて」
「えっ、そうなの!」
「でも、お前がいるから保留にしようかな」
「ああ~そうして~。俺伊織がいなくなったら寂しいよー」
「だろうな」

 
 どの口が言ってんだよ。どの口が。

 
「さてと。アルバイトの時間」
「おっ、待ってました!」
 

 送られてきた教材を開け赤のペンを握る。俺のアルバイトは通信教材の添削で、家から出なくてもいいこのバイトは思っていたより性に合っていた。

 
「あ、間違ってるよ、それ」
「え。……あ、ホントだ」
 

 シャッ、シャッ、と丸をつけていたら修に指摘された。それをピピッと小さな線で途切れさせて、またペンを動かした。

 
「なんて書くの?」
「ごめんなさい……合っていると思って、大きな丸をつけてしまいました。解き方は、こうです……っと」
「綺麗な字、書くねー」
「そうかな」
 

 生前の修も、よく俺の書く字を褒めてくれた。俺の母親が達筆だったからかそれを受け継いだようだ。俺かわいい字しか書けないから羨ましい、と何度も言われたのを思い出した。
 

「……間違ってないかな」
「うん。今のところ大丈夫そう」

 
 理系の問題を解くのが好きだった修は、模試とかこんな教材を俺が広げたらすぐさま覗いてきた。

 
「……テレビじゃなくて、模試の過去問とかを壁に貼り付けてようか? これから」
「あっ、そうしてもらおうかなー。頭使わないとだらけちゃって」
「明日コピー取ってくるわ」
「ありがとー。楽しみ」

 
 テストの前は、よくここで二人で勉強した。修は出来が良くて教えるのも上手だったから、俺は何かにつけて一緒にしようと誘った。今もこうやって俺の間違いを指摘してくれて助かっている。バイト代少しやらないとな、なんて非現実的なことを考えた。

 
「……伊織って友達いないの?」
「うん。いないよ」
「えっ。なんか……ごめん」
「いいよ。別に。気にしてないし」

 
 俺が大学終わりにすぐに家に帰ってくるのと、誰も知り合いを連れてこないのを不審に思ったのだろうか。
 

「……今かわいそうだと思ったろ」
「えっ!? や、やー……別に」
「顔に書いてある。わかりやすい奴」
 

 俺は動かす手を止めて、申し訳なさそうにしている修を見た。
 

「気にしてないからいいって。てか、俺にはお前だけだったんだよ。友達」
「えー……そうなの。こんなにいい奴なのになぁ」
「お前だけにわかってもらえてたらそれでいいよ」
「……そっか」
 

 修はもっと何か言いたそうな顔をして、でも何も言わずに俺から目を逸らした。

 
 
 
 
 
 それから何日か後、修の姿に異変が起こった。

 
「……やっぱりなんか、薄くなってるよね、俺」
「……うん」
 

 この現実を受け止めたくない。やはり二回目の別れは確実に近付いている。俺は、そう感じずにはいられなかった。
 
 
 
 
 
 
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