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第一話 旅立ち編

23 怒るべき理由

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 取調室から場所を移して行われた騎士隊長とギルド支部長への聞き取り調査は、二人が協力的なこともあり、スムーズに終わった。
 騎士隊長は捜査資料まで揃えて、情報提供を惜しまなかった。
「迷いのない一太刀で、首を斬っていました。よほどの手練れか、よほどの憎しみがない限り、あんなことはできないと思います」
 凄惨な現場を思い出し、騎士隊長は太い眉をひそめる。
「あの子は……彼女は、このコウサ出身です。三色ということで、コウサ初の司になると期待されていました」
 対して支部長は、終始暗い顔だった。
「コウサ出身の魔法使いがお手を煩わせ、申し訳ありません……」
 イスマエル支部長は、司同様セツに敬意を払っている。しかし、敬意こそ払うが、魔法使い殺しへの恐怖は隠しきれなかった。
 それでも臆せずセツに向き合うのは、裏切り者レナエルが、イスマエルにとって幼き頃より成長を楽しみにしていた魔法使いだからだ。
 支部長は忸怩たる思いで、レナエルを殺しに来た男に深々と頭を下げるのだった。



 騎士隊舎を後にしても、ロワメールの機嫌は悪かった。
 是非に護衛を務めさせてほしいとの騎士隊長の申し出は拒否している。騎士隊への信用云々ではない。護衛を必要とする人物がいると裏切り者に知られ、無駄に警戒されたくないからだ。そうでなければロワメールだってその申し出を受け、度量の大きい王子を演出している。
「ロワメール、まだ怒っているのか?まあ、あの騎士もこれに懲りて、同じ間違いは起こさないだろう」
 不満顔のロワメールをセツは心配したが、的外れもいいところだった。この期に及んで、まだあの騎士の心配をしている。
「セツはもっと怒るべきです」
「俺?」
 セツが面食らう。
 ロワメールはもちろん、まだレニーを許していない。しかし不機嫌の原因は、レニーではなかった。
「偽者呼ばわりされて、腹が立たないんですか!?」
「しかしなぁ、誰がなんと言おうと、俺がマスターなのは俺が一番知ってるし……」
「そういうことじゃないでしょ!セツは自分の価値や権利をわかってなさすぎる!」
 ロワメールがどれだけ怒ってもセツには伝わらず、歯痒さが募る。
「セツは優しすぎるんです!」
「優しいのは、俺じゃなくてお前だろ?俺の為に怒ってくれてるじゃないか」
 まるであやすように宥められても、ロワメールの怒りは増すばかりだ。
「あんな理不尽な扱いを受け入れちゃダメだ!尊厳や誇りが傷付けられたら、怒らなきゃダメなんだよ!セツがそんなだから……!」
「そんなだから、なんだ?」
 ロワメールはハッとして、慌てて口を閉ざす。
 明らかに口が滑った。
「……ぼくが、怒るしかないじゃないか」
 色違いの瞳をセツから逸らし、ボソボソと誤魔化す。
 カイの視線を感じながら、ロワメールは自己嫌悪に陥った。
 優しい名付け親は、きっとロワメールがなにに怒っているのかわかっていない。
 けれどセツは、ロワメールが口をつぐめば無理に聞き出そうとはしなかった。
 結局、その優しさにロワメールも甘えているのだ。
「お腹空いたね。ウルソン伯のとこ行く前に、ご飯食べよ」
 この情況が情けなくて、ロワメールは無理矢理に笑顔を作った。
 


 目の前に並んだ料理を、ロワメールは存分に味わった。美味しいものを食べれば、嫌な気分も吹き飛ぶ。
「この魚、美味しいー!ネギが合うね!」
「贅沢ですねぇ。新鮮な魚を炙るなんて」
 少し遅い昼食になったが、店内は賑わっている。庶民の飯屋だが、ロワメールもカイもなんの躊躇もなくのれんをくぐった。
 主従は、港町ならではの美味しい魚にすっかりご機嫌である。キヨウは内陸なので、いかな王宮でもここまで活きのいい魚は出てこない。
「お兄さん達、いい食べっぷりだねえ!ほれ、おまけだ!これもお食べなよ!」
 女将が、テーブルの上に中鉢を置いてくれた。中にはゼンマイと油揚げの炒め煮が盛られている。地味な見た目だが、奥深い味わいはご飯に合った。
「ありがとうございます!あ、これも美味しいー!」
 ロワメールが美味しそうにパクパクと食べるので、女将も嬉しそうである。
「お兄さん達は、島外から来たんだろう?」
「キヨウから来ました」
 見るからに貴族然としているのに、話しかけられても嫌な顔ひとつしない青年に女将は小鉢を更に追加する。
「たいへんな時に来ちまったねえ」
「連続殺人事件ですよね」
「そうなんだよ!でも魔法使いが犯人だなんて」
 領民も瓦版で事件を知っているが、どうしても魔法使いが犯人とは思えないらしい。それだけ、魔法使いへの信頼は厚かった。
「領主も襲われたとか」
 ロワメールが話題を振れば、女将とのやり取りを聞いていた常連客が会話に入ってきた。
 美しい青年は店に入った時から注目の的で、客達は待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「きっとなにかの間違いだよ。うっかりコケちまったとか」
「あのお坊っちゃんが、人の恨みを買うわけないわな」
 そうだそうだ、と口々に庇った。誰も、ウルソン伯爵が悪事に加担したとは思っていない。
「こちらの領主は代替わりしたんですよね。新しい領主はどんな人ですか?」
「坊っちゃんは、そりゃあ子供の頃から秀才さね!ただ、オスカー様よりちょーっと頼りないけど」
「ちょーっとどんくさくて、ちょーっと気弱だけどな!」
 まるで、親戚の子を見守るようだった。
「でも、頑張って領主をしてなさるよ」
 うんうん、と皆が頷く。
 セツは、領民と領主の距離の近さに難しい顔になった。世間話に見せかけて、ロワメールは領主の人望を探っている。ウルソン伯爵は、領民に愛されているようだった。
「ここの領主って、ロワメールの敵側の人間なんだろ?」
 人望のある領主に、セツが不安を抱く。もっとわかりやすい悪徳領主だと思っていたが、これでは対立するロワメールが不利になるのではないか。
「そうですねぇ。派閥的には反第二王子派ですけど……」
 コウサ領主ウルソン伯は、ロワメールを認めないプラト侯爵の甥のはずだ。
「大丈夫ですよ。ロワ様は、顔が良いだけの王子様ではありませんから」
 ウルソン伯爵を警戒するセツに、カイは自信を込めて囁いた。
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