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第一話 野望編
25 理想の王子様
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美しく手入れされた庭には街の喧騒も届かず、青々と茂った木々は道に木陰を落とし、葉擦れの音が耳に心地よかった。
「毎晩、この道を散歩するのが、フゥ、日課なんです」
拭いても拭いても、汗が流れ出る。茹だるような暑さだった。
「運動不足にならないようにと、ハァ、主治医の勧めで」
歩くだけで息が上がる。けれど、暑いなんて泣き言は言ってられなかった。
王子様が、アルマンを信じてくれたのだ。
(殿下のお気持ちにお応えしなくては!)
アルマンは、隣を歩く王子様をチラチラと盗み見る。
スラリと均整の取れた体に、色白ながら健康的な肌色、木漏れ日に銀の髪が輝き、色違いの瞳は奇跡のように美しい。まるで一幅の絵のようだ。
王子と並んで歩く、それだけで夢見心地だった。
「コウサの街を拝見したのですが、活気があって良い街ですね。領民の方たちも気さくで、食べ物も美味しかったです」
「あ、ありがとうございます。殿下にお褒めいただけるなど、コウサの誉れでございます」
「ウルソン伯は、ずいぶんと頑張っておられるんですね」
アルマンの緊張をほぐすように、王子様が微笑む。
「父君は、偉大な方だったと聞いています。その方の後を継ぎ、領を治める。ご苦労も多いでしょう」
労われ、アルマンの胸がいっぱいになった。
(ああ……! 殿下はなんとお優しいのだろう!)
父の急逝に始まり、引き継いだ領主の仕事、そして領内で立て続けに起きた殺人事件で自らも被害に遭い、アルマンの心は壊れてしまいそうだった。
けれど、民は守らなければならない。その思いだけで、父の遺したものを必死に守り抜いてきた。
その苦労が、王子の一言ですべて報われる気がした。
「若輩が、生意気を言いました」
ロワメールは気恥ずかしそうに、視線を落とす。
アルマンは汗を拭くふりをして、涙を拭った。
「とんでも! とんでもございません! そのお言葉を励みに、これからも粉骨砕身いたします!」
何故伯父は、こんなにも優しく、思いやり溢れる方を王子と認めないのか。
プラト侯爵の甥というだけで、アルマンも反第二王子派と目されているが、アルマン自身にロワメールを拒む理由はなかった。宮廷の派閥争いに興味もない。
(この方こそ、理想の王子様そのものなのに)
アルマンには、微笑む王子様がキラキラと輝いて見えた。
道は木立を抜け、開けた場所へと繋がった。
芝生が敷き詰められた広場と、高い空が目の前に広がる。
「うわあ! 気持ちがいい所ですね!」
ロワメールから歓声が飛び出した。
青い空にはぽっかりと白い雲が浮かび、吹き抜ける風が汗に濡れた前髪に涼しい。
見晴らしの良い場所だった。
「ウルソン伯?」
木立の中で立ち止まったアルマンを、三人が怪訝に振り返る。
アルマンは意を決すと、とてとて芝生を進んだ。
「……ここで、襲われました」
まだ恐怖に足が竦む。震えそうになる指先で、広場の中央を指差した。
「そして、賊はあそこに。初めは家の者かと思ったんです。それで、近付いて声をかけようとしたらいきなり……」
侵入者が右手を振り上げたと思ったら首に熱が走り、触れるとヌルリとした血の感触があった。
斬られたと理解した瞬間、アルマンは木立の中に逃げ込んだ。
「一目散に屋敷まで走りました」
「追っては来なかった?」
「わかりません。無我夢中で……でも、たぶん、私は走るのが遅いので、追って来られたらすぐに追いつかれると思います」
「いや、十分だ」
お役に立てずにすみませんと謝るアルマンに、魔法使いは険しい表情で考え込んだ。
「私が意気地なしでなければ、犯人を捕らえられたかもしれないのに。申し訳ありません」
胸の前で握りしめた手が震えた。
その手に、ロワメールの両手がそっと添えられる。
「無理をさせましたね」
被害者に配慮が足りなかったと、ロワメールが反省する。
「いいえ! 私が腰抜けで臆病だから!」
「アルマン」
自分が情けなく、項垂れるアルマンの言葉を王子が遮った。
「君の行動は、腰抜けでも意気地なしでもない。賢明な判断というんです。アルマンが無事で良かった」
目を上げれば、世にも稀なる色違いの瞳が目の前にあって、アルマンは息をするのも忘れた。
——疑われるようなことをしておるまいな。
血の繋がった、実の伯父にすら信じてもらえず。
——オスカーなら、こんな失態は犯さぬものを。
亡き父と比べられ、失望と叱責を向けられ。
けれど、王子様は違う。
アルマンを信じてくれた。労ってくれた。
(誰より尊く美しい方が、わたしが無事で良かったと)
ロワメールの両手を押し頂き、アルマンは咽び泣いた。
「もったいない、もったいないお言葉です!」
伯父は間違っている。そう思った。
慈悲深く慈愛に満ちたロワメール殿下こそ、正真正銘の王子様だ。
(ニュアージュ卿は、なんと幸せなのだろう)
この方にお仕えできる側近が、羨ましかった。
「君のような人に、力を貸して貰える人は幸せだ」
淋しそうな横顔に、マルマンは胸を突かれる。
その言葉が、誰を指しているかは明白だった。
「違います! 私は伯父の考えに賛同しておりません! 私は、私は、殿下の配下の末席に加えていただきたいと願っております!」
「そんな風に言ってもらえて嬉しいよ」
この方にだけは誤解されたくない。そんな思いに突き動かされ、咄嗟に口からこぼれ出た願望だったが、あくまで社交辞令としか受け取ってもらえない。
アルマンは心が命じるままに跪いた。
「私は心より、殿下にお仕えしたいと思っております。どうか忠誠を捧げることをお許しください」
アルマンは、ロワメールと敵対するプラト侯爵の甥だ。そんな人間の忠誠は、迷惑かもしれない。
けれど、この方にお仕えしたかった。
厳しいばかりの伯父ではなく、この方のために働きたい。
祈るように頭を垂れるアルマンに、ロワメールの手が差し出される。
「ありがとう。ぼくは君のように、苦難に立たされても地道に、実直に、一歩一歩を歩む人を求めていたんだ」
驚いて顔を上げた先で、王子様が優しく微笑んでいた。
「毎晩、この道を散歩するのが、フゥ、日課なんです」
拭いても拭いても、汗が流れ出る。茹だるような暑さだった。
「運動不足にならないようにと、ハァ、主治医の勧めで」
歩くだけで息が上がる。けれど、暑いなんて泣き言は言ってられなかった。
王子様が、アルマンを信じてくれたのだ。
(殿下のお気持ちにお応えしなくては!)
アルマンは、隣を歩く王子様をチラチラと盗み見る。
スラリと均整の取れた体に、色白ながら健康的な肌色、木漏れ日に銀の髪が輝き、色違いの瞳は奇跡のように美しい。まるで一幅の絵のようだ。
王子と並んで歩く、それだけで夢見心地だった。
「コウサの街を拝見したのですが、活気があって良い街ですね。領民の方たちも気さくで、食べ物も美味しかったです」
「あ、ありがとうございます。殿下にお褒めいただけるなど、コウサの誉れでございます」
「ウルソン伯は、ずいぶんと頑張っておられるんですね」
アルマンの緊張をほぐすように、王子様が微笑む。
「父君は、偉大な方だったと聞いています。その方の後を継ぎ、領を治める。ご苦労も多いでしょう」
労われ、アルマンの胸がいっぱいになった。
(ああ……! 殿下はなんとお優しいのだろう!)
父の急逝に始まり、引き継いだ領主の仕事、そして領内で立て続けに起きた殺人事件で自らも被害に遭い、アルマンの心は壊れてしまいそうだった。
けれど、民は守らなければならない。その思いだけで、父の遺したものを必死に守り抜いてきた。
その苦労が、王子の一言ですべて報われる気がした。
「若輩が、生意気を言いました」
ロワメールは気恥ずかしそうに、視線を落とす。
アルマンは汗を拭くふりをして、涙を拭った。
「とんでも! とんでもございません! そのお言葉を励みに、これからも粉骨砕身いたします!」
何故伯父は、こんなにも優しく、思いやり溢れる方を王子と認めないのか。
プラト侯爵の甥というだけで、アルマンも反第二王子派と目されているが、アルマン自身にロワメールを拒む理由はなかった。宮廷の派閥争いに興味もない。
(この方こそ、理想の王子様そのものなのに)
アルマンには、微笑む王子様がキラキラと輝いて見えた。
道は木立を抜け、開けた場所へと繋がった。
芝生が敷き詰められた広場と、高い空が目の前に広がる。
「うわあ! 気持ちがいい所ですね!」
ロワメールから歓声が飛び出した。
青い空にはぽっかりと白い雲が浮かび、吹き抜ける風が汗に濡れた前髪に涼しい。
見晴らしの良い場所だった。
「ウルソン伯?」
木立の中で立ち止まったアルマンを、三人が怪訝に振り返る。
アルマンは意を決すと、とてとて芝生を進んだ。
「……ここで、襲われました」
まだ恐怖に足が竦む。震えそうになる指先で、広場の中央を指差した。
「そして、賊はあそこに。初めは家の者かと思ったんです。それで、近付いて声をかけようとしたらいきなり……」
侵入者が右手を振り上げたと思ったら首に熱が走り、触れるとヌルリとした血の感触があった。
斬られたと理解した瞬間、アルマンは木立の中に逃げ込んだ。
「一目散に屋敷まで走りました」
「追っては来なかった?」
「わかりません。無我夢中で……でも、たぶん、私は走るのが遅いので、追って来られたらすぐに追いつかれると思います」
「いや、十分だ」
お役に立てずにすみませんと謝るアルマンに、魔法使いは険しい表情で考え込んだ。
「私が意気地なしでなければ、犯人を捕らえられたかもしれないのに。申し訳ありません」
胸の前で握りしめた手が震えた。
その手に、ロワメールの両手がそっと添えられる。
「無理をさせましたね」
被害者に配慮が足りなかったと、ロワメールが反省する。
「いいえ! 私が腰抜けで臆病だから!」
「アルマン」
自分が情けなく、項垂れるアルマンの言葉を王子が遮った。
「君の行動は、腰抜けでも意気地なしでもない。賢明な判断というんです。アルマンが無事で良かった」
目を上げれば、世にも稀なる色違いの瞳が目の前にあって、アルマンは息をするのも忘れた。
——疑われるようなことをしておるまいな。
血の繋がった、実の伯父にすら信じてもらえず。
——オスカーなら、こんな失態は犯さぬものを。
亡き父と比べられ、失望と叱責を向けられ。
けれど、王子様は違う。
アルマンを信じてくれた。労ってくれた。
(誰より尊く美しい方が、わたしが無事で良かったと)
ロワメールの両手を押し頂き、アルマンは咽び泣いた。
「もったいない、もったいないお言葉です!」
伯父は間違っている。そう思った。
慈悲深く慈愛に満ちたロワメール殿下こそ、正真正銘の王子様だ。
(ニュアージュ卿は、なんと幸せなのだろう)
この方にお仕えできる側近が、羨ましかった。
「君のような人に、力を貸して貰える人は幸せだ」
淋しそうな横顔に、マルマンは胸を突かれる。
その言葉が、誰を指しているかは明白だった。
「違います! 私は伯父の考えに賛同しておりません! 私は、私は、殿下の配下の末席に加えていただきたいと願っております!」
「そんな風に言ってもらえて嬉しいよ」
この方にだけは誤解されたくない。そんな思いに突き動かされ、咄嗟に口からこぼれ出た願望だったが、あくまで社交辞令としか受け取ってもらえない。
アルマンは心が命じるままに跪いた。
「私は心より、殿下にお仕えしたいと思っております。どうか忠誠を捧げることをお許しください」
アルマンは、ロワメールと敵対するプラト侯爵の甥だ。そんな人間の忠誠は、迷惑かもしれない。
けれど、この方にお仕えしたかった。
厳しいばかりの伯父ではなく、この方のために働きたい。
祈るように頭を垂れるアルマンに、ロワメールの手が差し出される。
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