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第二話 ギルド本部編
2ー27 カツ丼美味し
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本部棟から少し離れ、木立を抜けると、隠れ家のように建つ一軒の店『秋雲』が見えてきた。
ひっそりと趣き深い建物は、まるで知る人ぞ知る名店といった風情がある。
「良い店構えですねぇ」
華美ではないが風格ある佇まいは、客に料理の味を期待させた。
「ありがとうございます」
カイに褒められ、案内してきたジュールが礼を口にする。
「ここを手がけたのは兄なんです。炎司から兄が一任されまして」
「ジスラン殿ですね」
カイが、脳裏にレオール伯爵家の情報を引き出した。レオール家長男は、優秀だが怠惰な人物との評判である。
「しかし、何故業者ではなくジスラン殿が?」
ジュールはバツが悪いのを誤魔化すように、ちょっと笑った。こればかりは庇いようがない。
「兄があんまり働かないものですから、炎司が怒って……」
そう言えば以前に、ジスランについてアナイスが嘆いていたのをセツは思い出す。
炎司が怒り出すほど怠け者らしいが、生真面目で働き者のジルを見ていると、にわかには信じ難い。
「ジスラン殿が炎使いだから、炎司が?」
「兄は、炎司の弟子なんです」
不真面目な弟子に、灸をすえたわけだ。
「殿下、ニュアージュ様、マスター、ようこそおいでくださいました」
入口で女将に出迎えられ店内に入れば、店の中は外観同様、格式の高さが見て取れる。
一級魔法使いやギルドを訪れた貴族や大商人を主な客筋とするこの店は、王都キヨウの老舗料亭と比べても見劣りしなかった。
「本日は、こちらの席をご用意させていただきました」
女将が恐縮しているのは、セツが大広間を指定したからだ。来店の目的はセツと魔法使いとの交流の為、個室でないのは当然である。王子同伴だが、王子様はくっついて来ただけだった。
「マスター、こんにちは!」
「ちわっす!」
隣のテーブルから、ディアとレオが挨拶し、リーズが頭を下げる。ジュールはそちらに座った。
「マスター、アタシあれからずっと、魔力を練る練習してるんですけど、どうしても緩くて。思うように集中できないんです」
注文を終えたセツに、隣のテーブルからディアが泣き言を漏らす。手合わせの際のセツからの助言をもとに、修行に励んでいるようだった。
若い魔法使いの頑張りに、セツの目元が柔らかくなる。
「ふむ……。どうしても難しいなら、道具を使ってみたらどうだ?」
「道具、ですか?」
今の時代は一般的ではないのか、ディアはピンとこない顔をした。
「ああ。杖とか、そうだな、剣なんかでもいい。道具を媒体として、魔力を集中させるんだ」
セツの助言に、ディアよりレオとリーズが目を輝かせた。
「剣、カッけぇ! 女剣士かよ!」
「いや、アタシ魔法使いだよ?」
「じゃ、魔剣士ね! ディア運動神経いいし、絶対似合うって!」
多くの魔法使いは指先や手で魔力を操作するが、道具を使っても、もちろん構わない。炎司アナイスは杖術使いだが、彼女の杖は単なる武具ではなく、魔力を通わせ発動させる一種の魔道具だ。
「道具を使う方が、意識を集約しやすくなる奴もいる。一度試してみるといい」
「はい。ありがとうございます」
箸を止め、ディアは真剣に考えだした。
「マスター! オレもどーしてもセンスが良すぎて、考えるより体が先に動くっつーか。どうしたらいいっすか!?」
「自分で考えろー」
「えー、教えて下さいよー」
レオは箸を持ったまま、セツに向き直る。
「まず自分で考えろ。人に聞く癖をつけるな」
「えー、マスターのケチー」
「わからないまま放置はするな。だが、なんでも人に聞いていたら、いざっていう時に自分で判断できなくなるぞ」
ジュールは頷きながら熱心に聞いている。セツと過ごす全ての時間が、ジュールには貴重だった。
「お待たせ致しました」
話している間に、料理が運ばれてきた。
セツとカイには日替わり定食が、ロワメールにはカツとじ定食が置かれる。本来懐石料理の店だが、定食や丼物もある品揃えの豊富さだった。
日替わりは、白身魚に薄く衣をつけて揚げ、あっさりした野菜の餡がかかったものを主菜に、佃煮、白和え、酢の物の小鉢、ご飯に味噌汁、そして香の物がついている。セツもカイも好きそうな品だった。
ロワメールの前には、トンカツを卵でとじたものと、ご飯に味噌汁、香の物が並べられる。
分厚いカツと玉ネギが醤油味のだし汁で煮込まれ、仕上げの玉子が全体をまとめていた。黄身と白身がトロリと混ざり合い、彩りに添えられた三つ葉が鮮やかだ。隠し味なのか、ほんのり柑橘の香りが鼻腔をくすぐる。
「いただきます」
早速、カツを一口齧ってみる。衣にだしが染みて、そこに玉子が絡まり、分厚い肉の歯応えと旨味、そしてだしが口腔を満たす。
ロワメールはキラキラと顔を輝かせた。
「殿下、そのカツとじね、ご飯に乗せるともっと美味しくなりますよ」
横からジュールがコソッと教える。
「ご飯に……?」
ロワメールは言われた通り、カツとじをそっとご飯の上に乗せてみた。
「こう?」
「そうそう、そうです。それでご飯と一緒に食べると、美味しいんですよ~」
言われるまま丼飯を口に運び、ロワメールは衝撃を受ける。
なんということか。
更に美味しくなっている!
「殿下! 殿下! 丼はね、こう持ってかき込むンすよ!」
レオが得意げに、丼飯の食べ方を指南する。
「ちょっとレオ! 馬鹿なの!?」
目を剥いて、リーズがヒソヒソ声で罵った。
「は? なにが? ちゃんとジュールみたいに殿下って呼んだじゃン」
「あんなにお綺麗でお上品な王子様が、そんな食べ方するわけないじゃない!」
ディアからも非難轟々に責められ、レオがぶーたれる。
ロワメールは丼をしばし見つめると、徐ろに持ち上げ、中身を掻き込んだ。別にレオの味方をしたわけではない。
「こっちの方が食べやすい」
飾らない王子に、様子を見ていた魔法使い達が目を丸くした。
そもそもセツと話をしたがった魔法使い達は、機会を窺っていたのだ。有り体に言えば、セツ達を盗み見て、聞き耳を立てていたわけである。
雲の上の貴人である王子様は、ひたすらに美しく高貴で近寄り難く、けれどマスターに向ける笑顔を見れば、王子様がいかにマスターを慕っているかは伝わってきた。
その上で、気取らずに丼飯を掻き込む姿に、彼らは勝手に親しみを抱いてしまったのである。
ひっそりと趣き深い建物は、まるで知る人ぞ知る名店といった風情がある。
「良い店構えですねぇ」
華美ではないが風格ある佇まいは、客に料理の味を期待させた。
「ありがとうございます」
カイに褒められ、案内してきたジュールが礼を口にする。
「ここを手がけたのは兄なんです。炎司から兄が一任されまして」
「ジスラン殿ですね」
カイが、脳裏にレオール伯爵家の情報を引き出した。レオール家長男は、優秀だが怠惰な人物との評判である。
「しかし、何故業者ではなくジスラン殿が?」
ジュールはバツが悪いのを誤魔化すように、ちょっと笑った。こればかりは庇いようがない。
「兄があんまり働かないものですから、炎司が怒って……」
そう言えば以前に、ジスランについてアナイスが嘆いていたのをセツは思い出す。
炎司が怒り出すほど怠け者らしいが、生真面目で働き者のジルを見ていると、にわかには信じ難い。
「ジスラン殿が炎使いだから、炎司が?」
「兄は、炎司の弟子なんです」
不真面目な弟子に、灸をすえたわけだ。
「殿下、ニュアージュ様、マスター、ようこそおいでくださいました」
入口で女将に出迎えられ店内に入れば、店の中は外観同様、格式の高さが見て取れる。
一級魔法使いやギルドを訪れた貴族や大商人を主な客筋とするこの店は、王都キヨウの老舗料亭と比べても見劣りしなかった。
「本日は、こちらの席をご用意させていただきました」
女将が恐縮しているのは、セツが大広間を指定したからだ。来店の目的はセツと魔法使いとの交流の為、個室でないのは当然である。王子同伴だが、王子様はくっついて来ただけだった。
「マスター、こんにちは!」
「ちわっす!」
隣のテーブルから、ディアとレオが挨拶し、リーズが頭を下げる。ジュールはそちらに座った。
「マスター、アタシあれからずっと、魔力を練る練習してるんですけど、どうしても緩くて。思うように集中できないんです」
注文を終えたセツに、隣のテーブルからディアが泣き言を漏らす。手合わせの際のセツからの助言をもとに、修行に励んでいるようだった。
若い魔法使いの頑張りに、セツの目元が柔らかくなる。
「ふむ……。どうしても難しいなら、道具を使ってみたらどうだ?」
「道具、ですか?」
今の時代は一般的ではないのか、ディアはピンとこない顔をした。
「ああ。杖とか、そうだな、剣なんかでもいい。道具を媒体として、魔力を集中させるんだ」
セツの助言に、ディアよりレオとリーズが目を輝かせた。
「剣、カッけぇ! 女剣士かよ!」
「いや、アタシ魔法使いだよ?」
「じゃ、魔剣士ね! ディア運動神経いいし、絶対似合うって!」
多くの魔法使いは指先や手で魔力を操作するが、道具を使っても、もちろん構わない。炎司アナイスは杖術使いだが、彼女の杖は単なる武具ではなく、魔力を通わせ発動させる一種の魔道具だ。
「道具を使う方が、意識を集約しやすくなる奴もいる。一度試してみるといい」
「はい。ありがとうございます」
箸を止め、ディアは真剣に考えだした。
「マスター! オレもどーしてもセンスが良すぎて、考えるより体が先に動くっつーか。どうしたらいいっすか!?」
「自分で考えろー」
「えー、教えて下さいよー」
レオは箸を持ったまま、セツに向き直る。
「まず自分で考えろ。人に聞く癖をつけるな」
「えー、マスターのケチー」
「わからないまま放置はするな。だが、なんでも人に聞いていたら、いざっていう時に自分で判断できなくなるぞ」
ジュールは頷きながら熱心に聞いている。セツと過ごす全ての時間が、ジュールには貴重だった。
「お待たせ致しました」
話している間に、料理が運ばれてきた。
セツとカイには日替わり定食が、ロワメールにはカツとじ定食が置かれる。本来懐石料理の店だが、定食や丼物もある品揃えの豊富さだった。
日替わりは、白身魚に薄く衣をつけて揚げ、あっさりした野菜の餡がかかったものを主菜に、佃煮、白和え、酢の物の小鉢、ご飯に味噌汁、そして香の物がついている。セツもカイも好きそうな品だった。
ロワメールの前には、トンカツを卵でとじたものと、ご飯に味噌汁、香の物が並べられる。
分厚いカツと玉ネギが醤油味のだし汁で煮込まれ、仕上げの玉子が全体をまとめていた。黄身と白身がトロリと混ざり合い、彩りに添えられた三つ葉が鮮やかだ。隠し味なのか、ほんのり柑橘の香りが鼻腔をくすぐる。
「いただきます」
早速、カツを一口齧ってみる。衣にだしが染みて、そこに玉子が絡まり、分厚い肉の歯応えと旨味、そしてだしが口腔を満たす。
ロワメールはキラキラと顔を輝かせた。
「殿下、そのカツとじね、ご飯に乗せるともっと美味しくなりますよ」
横からジュールがコソッと教える。
「ご飯に……?」
ロワメールは言われた通り、カツとじをそっとご飯の上に乗せてみた。
「こう?」
「そうそう、そうです。それでご飯と一緒に食べると、美味しいんですよ~」
言われるまま丼飯を口に運び、ロワメールは衝撃を受ける。
なんということか。
更に美味しくなっている!
「殿下! 殿下! 丼はね、こう持ってかき込むンすよ!」
レオが得意げに、丼飯の食べ方を指南する。
「ちょっとレオ! 馬鹿なの!?」
目を剥いて、リーズがヒソヒソ声で罵った。
「は? なにが? ちゃんとジュールみたいに殿下って呼んだじゃン」
「あんなにお綺麗でお上品な王子様が、そんな食べ方するわけないじゃない!」
ディアからも非難轟々に責められ、レオがぶーたれる。
ロワメールは丼をしばし見つめると、徐ろに持ち上げ、中身を掻き込んだ。別にレオの味方をしたわけではない。
「こっちの方が食べやすい」
飾らない王子に、様子を見ていた魔法使い達が目を丸くした。
そもそもセツと話をしたがった魔法使い達は、機会を窺っていたのだ。有り体に言えば、セツ達を盗み見て、聞き耳を立てていたわけである。
雲の上の貴人である王子様は、ひたすらに美しく高貴で近寄り難く、けれどマスターに向ける笑顔を見れば、王子様がいかにマスターを慕っているかは伝わってきた。
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