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第三話 魔者の花嫁編
3ー45 ようこそ『冬椿』へ
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「いらっしゃいませ。『冬椿』へ、ようこそおいでくださいました」
旅館の玄関では、従業員一同を従えて上品な女将がにこやかに一行を出迎えてくれた。
「ニュアージュ様、お待ちいたしておりました」
「今日はお世話になります」
ロワメールが身分を隠したお忍びであるため、カイが対応の全てを受け持つ。
「話が入っていると思いますが、昨日子ネコを拾いまして。部屋に上げても構いませんか?」
「伺っております。お気遣いなく、ネコちゃんも一緒にお寛ぎくださいませ」
その言葉に、ロワメールが安心する。ミエルは目を覚まし、周囲を物珍しくキョロキョロしながらも、言いつけを守ってロワメールの手の中で大人しくしていた。
床は磨き抜かれた板張りで、玄関脇には大きな花瓶に生花が生けられている。正面には受け付けカウンターがあり、横手にあるラウンジには、見るからに座り心地の良さそうな椅子が置かれていた。
全体的に落ち着いた色目で統一され、高級感ある雰囲気を醸し出している。
「離れをご用意してございます。どうぞ、お足元にお気をつけくださいませ」
女将は本館から出て、一行を別棟の離れへと案内する。
庭園の中に建てられた離れは、全部で三棟。隣の建物は見えず、贅沢な作りだった。
「本日は、他の離れも空いております。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
つまり、別棟丸ごと貸し切りである。贅沢この上なかったが、離れの部屋は更に贅沢であった。まず部屋自体が広く、部屋数も多い。『冬椿』の部屋は畳敷き。そして現在は襖が開かれ、離れ全体を見渡せる。
開け放たれた障子の向こうには美しい庭園が広がり、盛夏の今は緑が眩しい。春にはサクラ、秋にはモミジが、そして冬には宿の名前通り、雪の中にツバキが咲き誇る、風情ある趣きが楽しめるはずだ。
そしてなんと言ってもこの離れの魅力は、総ヒノキの内風呂だけでなく、大きな露天風呂までついていることだった。
これには、セツがいたく喜んだ。
「当館自慢の、源泉掛け流しの露天風呂でございます」
『冬椿』は温泉街から離れ、山を少し登った所にある。なので露天風呂からは、ロロの街、そしてその向こうに迫るタオ山系までが一望できた。
この風呂も、離れに泊まった客のみが浸かるのだ。贅沢という外はない。さすが貴族御用達の高級旅館である。
淑やかに女将は一礼すると、静かに部屋を後にした。
(いよっっっしゃあああアアアッ!)
女将グレースは、周りに人がいないのを確認するとガッツポーズを作る。
(この『冬椿』の女将で良かった! 今まで一生懸命、働いてきて良かったあああああッッ!!!)
先程までの澄ました顔はどこへやら、感涙に咽び泣いた。
ニュアージュ卿からの宿泊予約は、初めはシノン領主モンターニュ侯爵経由で、次いでカヤ領主ブレロー伯爵から届いた。領主自らが、使いっ走りを買って出ているのである。
『冬椿』はロロ一番の高級旅館で、利用客のほとんどは貴族だ。
それでも今回の領主たちの対応は異例だった。
――くれぐれも失礼のないように。
貴族御用達でサービスに定評のあるこの『冬椿』に、わざわざ念を押されたのだ。
しかも予約のお名前は、中央の大貴族ニュアージュ卿だった。
やんごとなきお身分の方のご宿泊は、宿としてこの上ない名誉である。
光栄にもこの『冬椿』を宿として選んでいただき、身が引き締まる思いだった。それだけで十分、もう十分すぎるというのに、その上なんと。
(ジスランがいるなんてえええええええええええええッ!!)
迎えた御一行はニュアージュ卿に、大層美しい銀髪の若様、そして三人の魔法使い。その中に、なんとジスランがいたのである。
叫び出さなかったのが、自分でも不思議なほどだった。
これも日々の修行の成果か。自分で自分を褒めてやりたい。
(ありがとう、私の鉄壁の営業スマイル!)
高級旅館の女将として完璧に振る舞い、ミスひとつなく接客をこなしてみせたが、その間心臓は破裂するのではないかと思うほど、激しく脈打っている。
(生ジスラン! 生ジスランよ! きゃー!!)
ハァハァと荒い息を繰り返し、胸を押さえる。高鳴る鼓動を押さえられなかった。
(なにあれ! カッコよすぎ! カッコよすぎて無理ィィィッ!)
バタバタと両手を振り、興奮を隠しきれない。
魔法使い新聞は全国版も地域版も定期購読し、ジスラン関連のグッズはもれなく買い漁り、もちろんギルド祭四属性対抗試合は欠かさず観戦する。グレースは、ジスランガチ勢であった。
「女将、良かったですね!」
「ジスランですよ! ジスラン! 本物!」
仲居たちが、キャッキャッと黄色い声を上げる。
「ご一緒の若様、なんてお美しいんでしょう。あんなに綺麗なお方、初めて見たわ」
「あの亜麻色の髪の可愛い子、きっとジスランの妹……弟よね!」
「子ネコ、すっごく可愛かったぁ!」
「ほら、いつまでも騒がない!」
グレースは女将として、浮かれる従業員を注意する。
「例えお客様がどんな方であろうとも、私たちはいつも通り、最高のおもてなしをするのよ!」
それが例え、ずっと応援し続けた魔法使いであろうとも、例え中央のやんごとなきご身分のお方であろうとも、だ。
「この『冬椿』に来て良かったと、思っていただきましょう!」
グッと握った拳には、過去最高に気合がこもっていた。
女将の熱が伝染したかのように、従業員一同力強く頷く。今こそ『冬椿』の団結力を見せる時だった。
とどまるところを知らないジスランの人気、恐るべし、である。
「よし、行くか」
テーブルに置かれた菓子を食べていたロワメールが、不思議そうに顔を上げる。買い食いは我慢したが、これは別である。
ロロ銘菓温泉まんじゅうは、上品な味の黒糖生地に、甘さ控えめで口溶けのよいこしあんが包まれている。冷えた果物の盛り合わせといい、心遣いが嬉しい。
「セツ? どこ行くの?」
「風呂に決まってるだろ」
決まっているのか。
別にそんなに急がなくとも良かろうに、取るものもとりあえず風呂に入りたいらしい。
「汗も流したいし、いいだろ」
ロワメールは、残っているまんじゅうを口に放り込んだ。
「待って、ぼくも行く!」
「あ、じゃあボクも~」
ジュールも立ち上がり、カイもやれやれといった感じで湯呑みを置いた。
「ほら、兄さんもせっかくだから、一緒に入ろう!」
ジュールに手を引かれ、ジスランが重い腰を上げる。
ミエルは座布団の上で、クークーと眠りこけていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうございます!
3ー46 ちゃぽん は12/11(水)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
旅館の玄関では、従業員一同を従えて上品な女将がにこやかに一行を出迎えてくれた。
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「話が入っていると思いますが、昨日子ネコを拾いまして。部屋に上げても構いませんか?」
「伺っております。お気遣いなく、ネコちゃんも一緒にお寛ぎくださいませ」
その言葉に、ロワメールが安心する。ミエルは目を覚まし、周囲を物珍しくキョロキョロしながらも、言いつけを守ってロワメールの手の中で大人しくしていた。
床は磨き抜かれた板張りで、玄関脇には大きな花瓶に生花が生けられている。正面には受け付けカウンターがあり、横手にあるラウンジには、見るからに座り心地の良さそうな椅子が置かれていた。
全体的に落ち着いた色目で統一され、高級感ある雰囲気を醸し出している。
「離れをご用意してございます。どうぞ、お足元にお気をつけくださいませ」
女将は本館から出て、一行を別棟の離れへと案内する。
庭園の中に建てられた離れは、全部で三棟。隣の建物は見えず、贅沢な作りだった。
「本日は、他の離れも空いております。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
つまり、別棟丸ごと貸し切りである。贅沢この上なかったが、離れの部屋は更に贅沢であった。まず部屋自体が広く、部屋数も多い。『冬椿』の部屋は畳敷き。そして現在は襖が開かれ、離れ全体を見渡せる。
開け放たれた障子の向こうには美しい庭園が広がり、盛夏の今は緑が眩しい。春にはサクラ、秋にはモミジが、そして冬には宿の名前通り、雪の中にツバキが咲き誇る、風情ある趣きが楽しめるはずだ。
そしてなんと言ってもこの離れの魅力は、総ヒノキの内風呂だけでなく、大きな露天風呂までついていることだった。
これには、セツがいたく喜んだ。
「当館自慢の、源泉掛け流しの露天風呂でございます」
『冬椿』は温泉街から離れ、山を少し登った所にある。なので露天風呂からは、ロロの街、そしてその向こうに迫るタオ山系までが一望できた。
この風呂も、離れに泊まった客のみが浸かるのだ。贅沢という外はない。さすが貴族御用達の高級旅館である。
淑やかに女将は一礼すると、静かに部屋を後にした。
(いよっっっしゃあああアアアッ!)
女将グレースは、周りに人がいないのを確認するとガッツポーズを作る。
(この『冬椿』の女将で良かった! 今まで一生懸命、働いてきて良かったあああああッッ!!!)
先程までの澄ました顔はどこへやら、感涙に咽び泣いた。
ニュアージュ卿からの宿泊予約は、初めはシノン領主モンターニュ侯爵経由で、次いでカヤ領主ブレロー伯爵から届いた。領主自らが、使いっ走りを買って出ているのである。
『冬椿』はロロ一番の高級旅館で、利用客のほとんどは貴族だ。
それでも今回の領主たちの対応は異例だった。
――くれぐれも失礼のないように。
貴族御用達でサービスに定評のあるこの『冬椿』に、わざわざ念を押されたのだ。
しかも予約のお名前は、中央の大貴族ニュアージュ卿だった。
やんごとなきお身分の方のご宿泊は、宿としてこの上ない名誉である。
光栄にもこの『冬椿』を宿として選んでいただき、身が引き締まる思いだった。それだけで十分、もう十分すぎるというのに、その上なんと。
(ジスランがいるなんてえええええええええええええッ!!)
迎えた御一行はニュアージュ卿に、大層美しい銀髪の若様、そして三人の魔法使い。その中に、なんとジスランがいたのである。
叫び出さなかったのが、自分でも不思議なほどだった。
これも日々の修行の成果か。自分で自分を褒めてやりたい。
(ありがとう、私の鉄壁の営業スマイル!)
高級旅館の女将として完璧に振る舞い、ミスひとつなく接客をこなしてみせたが、その間心臓は破裂するのではないかと思うほど、激しく脈打っている。
(生ジスラン! 生ジスランよ! きゃー!!)
ハァハァと荒い息を繰り返し、胸を押さえる。高鳴る鼓動を押さえられなかった。
(なにあれ! カッコよすぎ! カッコよすぎて無理ィィィッ!)
バタバタと両手を振り、興奮を隠しきれない。
魔法使い新聞は全国版も地域版も定期購読し、ジスラン関連のグッズはもれなく買い漁り、もちろんギルド祭四属性対抗試合は欠かさず観戦する。グレースは、ジスランガチ勢であった。
「女将、良かったですね!」
「ジスランですよ! ジスラン! 本物!」
仲居たちが、キャッキャッと黄色い声を上げる。
「ご一緒の若様、なんてお美しいんでしょう。あんなに綺麗なお方、初めて見たわ」
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「子ネコ、すっごく可愛かったぁ!」
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グレースは女将として、浮かれる従業員を注意する。
「例えお客様がどんな方であろうとも、私たちはいつも通り、最高のおもてなしをするのよ!」
それが例え、ずっと応援し続けた魔法使いであろうとも、例え中央のやんごとなきご身分のお方であろうとも、だ。
「この『冬椿』に来て良かったと、思っていただきましょう!」
グッと握った拳には、過去最高に気合がこもっていた。
女将の熱が伝染したかのように、従業員一同力強く頷く。今こそ『冬椿』の団結力を見せる時だった。
とどまるところを知らないジスランの人気、恐るべし、である。
「よし、行くか」
テーブルに置かれた菓子を食べていたロワメールが、不思議そうに顔を上げる。買い食いは我慢したが、これは別である。
ロロ銘菓温泉まんじゅうは、上品な味の黒糖生地に、甘さ控えめで口溶けのよいこしあんが包まれている。冷えた果物の盛り合わせといい、心遣いが嬉しい。
「セツ? どこ行くの?」
「風呂に決まってるだろ」
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ロワメールは、残っているまんじゅうを口に放り込んだ。
「待って、ぼくも行く!」
「あ、じゃあボクも~」
ジュールも立ち上がり、カイもやれやれといった感じで湯呑みを置いた。
「ほら、兄さんもせっかくだから、一緒に入ろう!」
ジュールに手を引かれ、ジスランが重い腰を上げる。
ミエルは座布団の上で、クークーと眠りこけていた。
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