やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第四話 王都次代編

4ー12 陽天宮

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 その日は、突然やってきた。

 いや、予兆はあった、とセツは考え直す。国王が視察から帰ってきてから、ロワメールは宮を留守にすることが多かった。カイやオーレリアンを連れて陽天宮に赴き、帰ってきたら疲れた様子を見せていた。
 思えばあれは、この日の打ち合わせをしていたのだろう。

「セツ様、こちらにお召し替えください」
 その日の朝、セツはマダム・フォルシシアにいきなり袴に着替えさせられた。羽織袴は皇八島男性の正装だ。セツは羽織の代わりに黒のローブを着る。

 騎士階級以上でなければ家紋はないので、着物には魔法使いギルドの印があしらわれている。上下左右に正方形を四つ置いた、俗に四つ菱と呼ばれるものだ。わざわざ誂えらしい。

 この日は朝から、ロワメールはカイと共に出かけていた。それが余計に、セツの勘を鈍らせた。

「なあ、俺、なんで着替えてるんだ?」
「お静かに願います」
 マダム・フォルシシアの圧力に質問も封じられる。

 そして着付けが終わると、なんの説明もないまま馬車に放り込まれた。
 この段階でもまだ、セツは首を捻っていた。

 そして馬車は陽天宮に到着し、セツはこれまた袴姿のロワメールに出迎えられる。背、両袖、両胸に、海の上に月が浮かぶ王家の紋を染め抜いた、黒五つ紋付き羽織袴だ。最礼装である。
 
「セツ、ごめんね、騙し討ちみたいなことして。事前に言うと、逃げられると思って」
 ロワメールに謝られ、そこでようやくセツは悟った。
「勲章授与式か!」

「セツがこういうの嫌いなの知ってるけど、父上も国王という立場で、王子の命を救った者をどうしても蔑ろにはできないんだ」
 蔑ろにすれば、国王としての威厳と、王子の価値に関わる。それだけの存在に過ぎないことになってしまうのだ。

「すまなかったな」
 きっとセツのために、ロワメールは骨を折ったのだろう。

「俺に気を遣って、国王と俺の間で板挟みになってたんだな」
 セツは、ロワメールが連日宮を留守にしていた理由に思い至った。きっとセツのために、勲章授与式を阻止しようと頑張ってくれたのだ。

「ううん。父上個人はしきたりとか拘らないんだけど、王宮という場所は、どうしても格式や伝統を重んじるから。ぼくだけの力じゃ止められなかったんだ」
 千六百年続く伝統を、個人の一存で覆せるはずもない。まして王家の格式を考えれば、なおのことだ。

「いいよ。授与式には出る。俺が拒否すれば、お前の立場が悪くなるだろう。ただ――」
「わかってる。勲章をどうするかは、セツの自由だよ」
 セツの言葉を先読み、ロワメールはにっこりと笑ってみせた。

「いいのか?」
「いかなる権力にも与せず。例え相手が国王でも否やを言える、それが魔法使いでしょ」
 ロワメールは、魔法使いよりも魔法使いの本質を理解している。

「どんな権力にも屈しないのが、魔法使いだもん。誰も、魔法使いを言いなりにはできないよ」
 魔法使いになりたかった王子様は、そこに多分の憧れを含ませた。





 短い階段を上がれば、扉の両脇で騎士が剣を捧げて王子に敬礼する。紺色の騎士隊服の袖、裾に銀の刺繍も煌びやかな彼らは、王宮を守る王宮騎士隊だ。

 王宮の玄関、北斗門をはじめ、王宮全体の警備を任された彼らは、騎士団の中から選び抜かれた精鋭である。
 王族を守る近衛騎士隊と同じく、将軍を頂点とし、この国の治安を守る皇八島騎士団とは指揮系統を分かつ、独立した騎士隊だ。

 王宮騎士に見送られ、宮殿内に一歩足を踏み入れれば、セツはその豪華絢爛さに圧倒される。
 
 吹き抜けの玄関ホールは見回すほどに広く、左右には奥に繋がる廊下が、高い天井には豪奢なシャンデリアがあった。正面の大階段は扇状に広がり、二階の踊り場は半円状になっている。壁面の高い窓からは、陽光が燦々と降り注でいた。
 シャンデリアはその光を浴びてキラキラと輝き、玄関ホールでは陽の光がまるで水面のようにたゆたう。
 すべてが計算された、圧巻の美しさだった。

「すごいな。さすが王宮だ」
「そう? 今度ゆっくり案内するね」

 ロワメールはセツを連れて、右の廊下へ進んだ。窓から差し込む日差しが、白い大理石の床を照らす。

 宮殿内のどこにも、貴族の屋敷にあるような肖像画や彫像は見当たらなかった。月神の末裔と言われる王族の尊顔を拝するのは恐れ多いからだ。

 代わりにアーチを描く天井には、太陽や自然をモチーフとした意匠が施されている。

 大勢の人間がこの陽天宮で働いているはずだが、廊下では誰ともすれ違わなかった。王子へ敬意を払い、行き合うことを避けているのだそうだ。

 ロワメールに連れられ幾度か角を曲がれば、セツは自分の現在地がわからなくなっていた。





 セツが案内されたのは、控えの間と呼ばれる部屋だった。室内に目立った調度類はなく、壁際に椅子が並んでいる。
 飾り気のない部屋だが、窓から吹き込む風が気持ちいい。

「それでは、授与式の流れをご説明します」
 それまで側近らしく後ろに控えていたカイが、側近らしいことを言い出した。

「まず授与式は、天日の間で行われます。こちらは陽天宮の中でも重要な儀式が行われる、最も格式が高い部屋のひとつとなります。セツ様は陛下の御前で片膝をつき勲章を授与されますが、特例として、ロワ様が付き添いとして同行されます」
 ロワメールが袴を着用している理由がそれである。

「また、今回は特例として、諸大臣の列席はありません」
「特例だらけだな」
 セツが苦笑した。
 ずいぶん配慮されている。

「なお、セツ様に授与される勲章は五種ある勲章の内、上から二つ目、太白大綬章になります」
 功績の大きさにより、大勲位辰星大綬章、太白大綬章、羽白大綬章、歳星大綬章、安曇勲章となる。太白大綬章までが国王自らの授与となり、羽白大綬章以下は国王臨席の下、宰相から授与される。そして勲章の序列により、与えられる年金もかわってくる。

「宰相閣下から勲記が伝達され、国王陛下から勲章が授与されます。この際、陛下からお声がけがあるかもしれませんが、適宜対応してください。ご質問は?」

 セツは肩を竦める。質問もなにも、セツがすることはなにもなかった。

「では、いってらっしゃいませ」
 カイは恭しく頭を下げ、天日の間へ扉を開いた。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


❖ お知らせ ❖

 読んでくださり、ありがとうこざいます!

 4ー13 勲章授与式 は、6/25(水)に投稿を予定しています。
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