フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第1章・王籍の剥奪 6 突然の呼び出し

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「クライス、王が呼んでる」

 擦り続けていると、ノックの音と一緒に声をかけられる。まだ擦り足りなくて、湯から出るのに抵抗があったが諦めて手を止める。

 どのくらい擦り続けていたのかわからないが、湯が溢れだしているのを見ると短くはない。少し皮膚がひりついているのに気づく。

「……わかった」

 父である王に呼ばれたら、待たせるわけにはいかない。のろのろと湯から出て、濡れた体を拭く。

 けれど濡れた髪はどうすることもできず、ざっと水気を取るだけで諦める。汚れた夜着は後で燃やすために、セラスにも侍女にも触れられない場所に押し込んだ。

「クライス!」

 時間がないのか、急かすセラスにため息を吐いてしまう。ただでさえ言うことを聞かない左足が、沼にはまってしまったように動かしづらい。

 さらに右足もいつものようにしっかりしてくれなくてイラ立ちを覚える。いつもセラスに温和過ぎると言われているが、いまの状態を見たらきっと意見を変えるだろう。

 何とか素肌を隠せるだけの服を着てドアを開けた。予想通り、ドアの前にはセラスがいる。

「ほら、腕上げろ」

 言われるがままに腕を上げると、来ていたシャツのシワをさっと伸ばされる。そして正装に見えるように、上質な上着を着せ、さらに白地の裾に金の刺繍が施された上掛けを肩にかけられた。

 本当なら装飾品まで揃えなければいけないところだが、急な呼び出しなのだから仕方ない。ちゃんと王子としての体裁は取り繕えている。

 いつもならここまで手をかりることはないが、手伝わなければいけない状況だと察してくれるセラスには感謝しかない。本当にもったいない程に有能な従者だと思う。

 最後に濡れたままの髪を見て、セラスに目を細められるがどうしようもない。

「……うーん、その顔……どうにかなんないか?」

 言いづらそうに言われて、眉を寄せてしまう。体調が良くないのは、見ればわかることだ。

 だからこそ、普段は手をかさないところまでかしてくれたはずだ。微熱っぽく感じるから、しまりのない表情になってしまっている可能性はある。

 でも髪と同じでどうしようもない。

「体調が優れないんだ。しょうがないだろう」

「そういうことじゃなくてな……あぁ、いいや、何でもない」

 困ったように頭をかく姿を見て、面倒になったのがすぐにわかってしまう。けれど何を言いたいのか問い詰める気力も残っていない。

「無理はしなくていいけど、なるべく急げ」

 部屋のドアを開けてくれながらの忠告に、わかっていると視線で答える。渡された杖をしっかり握り直して、部屋から出た。

 ひどく嫌な予感がしている。セラスの様子を見るに、今回の呼び出しは公式だ。

 父として非公式に呼び出されたのではないことがわかる。王の命令として、公の場所に呼び出されることなど滅多にない。

 さらにセラスが微かにではあるが緊張しているのを感じる。そして向かっているのは、父の部屋ではなく謁見の間だ。

 しっかりした扉の前に、衛兵が二人並んでいる。謁見の間の手前でセラスが足を止めた。
 そっと濡れた髪を耳にかけられる。

「しっかりな」

 真剣なセラスの瞳にしっかり頷く。やはりセラスも良くないことが起きると思っている。

 いつもなら朝は侍女が起こしに来ている。間違いなく、今朝も侍女が来たはずだ。

 ベッドに横になる姿を見て、セラスを呼びに行ったのだと思う。仕組まれたことなら、仕組んだ理由がある。

「クライス王子です」

 衛兵が声を上げながら、扉を開く。緊張で微かに指が震えたが、大きく息を吐いた。

 後は前だけ見て、歩を進める。中には王と大臣だけだと思っていたら、有力な貴族たちまでいる。

 やはり何か良くないことが起こっている。遠慮ない視線も、どこかいつもと違う気がしてしまう。

 昨夜のことがあるせいで過敏になっているのかとも思ったが、絡みつくような視線が気持ち悪い。そして何より、不機嫌を通り越して怒りに満ちた王の顔を見れば、大事なのは一目瞭然だ。

「お呼びで……」

「黙れ! 一言も喋るな」

 空気が張り詰めていくのがわかる。ここまでの怒りを見たことがない。

 言われるがままに黙ると、王は大きく息を吸い込んだ。

「シーア・ブレンドとクライスの婚約を破棄する。そして改めてクリースとの婚約を命じる」

 シーアとのことは昨夜の時点で予想通りだった。生まれた時からの婚約者ではあったが、申し訳ないことにシーアに対して恋愛感情はない。

 人として尊敬し好きではあるが、女性として見たことはなかった。だからか悲しみも悔しさもなく、どこかほっとしている。

 一つ気になることがあるとすれば、クリースがシーアを大事にしてくれたらと思う。シーアは幸せになる権利がある。

「さらにクライスをアラガスタ王、コール・ヴァンレー殿への贈り物として、王籍より外すものとする」

 ざわついた謁見の間で、何を言われているのか理解できずに立ち尽くす。

「異論は認めないものとする。解散しろ」

 王籍から外すと言うことは、受け取ったコールは王子として扱う必要がないということだ。王子どころか、贈り物と称して慰み者としてアルガスタに送られる。

 貴族たちの視線の意味も、昨夜クリースに言われてコールが現れたのもこのためだ。やはり全て仕組まれていたことだと納得する。

 何よりも心を痛めたのは、仕組んだのがクリースだということだった。

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