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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第2章・アラガスタの王 11 中庭の甘言
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コールの予想通り、宴にもパーティーにもクライスは顔を出さない。王位継承権がないとはいえ、ここまで欠席ばかりでいいのかと問いたくなる。
「コール様、顔が怖いです」
そっと耳打ちしてきたのは、従者のネイトだった。監視されるようについて回られるのは好きではないが、公の場であれば我慢するしかない。
「帰るぞ」
「ちょっと待ってください! まだ始まったばかりでしょう」
目当てのクライスが出ていないのなら、もう用はない。一応ではあるが、顔を出したのだから責務は果たしたと言えるはずだ。
ネイトは必死に止めようとしてくるが、言うことを聞いてやる必要もない。そもそもいまのアラガスタに文句をつけてくる者もいないだろう。
まだ何か言っているネイトのことは相手にしないで、大広間から退出しようと決める。けれど面白いことに、道を塞がれた。
「少し話をしませんか?」
フェールの第二王子、クリースが立っていた。クライスによく似た瞳だが、純粋さはどこにもない。
パーティーが始まってから、すぐに声をかけずにタイミングを計っていたのかと思うとさらに面白くなった。しっかり人の道を塞いでいると言うのに、クリース自身は他の人からは見られないようにしている。
大広間の柱と装飾の位置、人がどこに集まり、どこに視線が行くのかを熟知しているようだ。これがまだ十五歳とは末恐ろしいとすら思う。
「どこで……と聞いた方がいいか?」
「では、裏の中庭で」
まだ返事をしていないというのに、クリースはもう姿を消した。フェールの王になるには、隠密の訓練が必要とは知らなかった。
「裏の中庭って……まさか行かないですよね?」
「行く」
絶望的な顔をされたが、ネイトが心配しているのは面倒事に巻き込まれることで、王としてのコールを心配しているわけではない。王と従者の関係にはなってしまったが、幼なじみの考えることは簡単にわかる。
「何を考えているんですか!」
「面白いとは思わないか?」
「あなたは王なんですよ! もっと自分の身を大事にしてください」
「自分の身くらい守れる」
いくら知に長けていても、自身が敗れれば戦は負けになる。だから知だけでなく、体も鍛えている。
もしもの場合は王を守らなければいけない従者よりも、自分の腕を信用している。
「過信していると、いつか痛い目に合いますよ」
「覚えておこう」
心底嫌な顔をするネイトを不敬罪で裁いてやろうかとも思うが、いまの興味は別にある。
城の中庭は全部で三つ、一つは表にある客人用の庭だ。前庭と違って、城に滞在を許された者が自由に出入りできるようになっている。
東の中ほどにある庭は高位の貴族や王の血族と、許しを得られた者だけ出入りできる。そして裏の中庭は、王の血族のみが出入りを許される場所だ。
実際、知らないで入った者が戻らなかったという噂もある。ネイトが絶望的な顔をするのも納得だ。
普通なら他国の者が、城内の噂話を知ることはないだろう。けれどフェールは少し特殊だった。
毎年四国合同の祭りが開催されるのと、最終日に城内を解放しての宴とパーティーがある。大事な交流の場であり、祭りに来た客人だけでなくフェールの貴人が多く出席している。
酒が入った貴人たちは、面白いくらいによく喋る。だからか、フェールの噂話はどの国よりも多く広がっている。
「……つまらんな」
しばらく城内を奥に向かって進んでみた感想だった。噂通りならどれだけ警備が厳しいのかと、興味が湧いていたのだが……。
「まさか兵士に合わないことが不満なんて言わないですよね」
眉間にシワを寄せるネイトには申し訳ないが、まさにだった。たぶんクリースが上手くやっているのだろう。
吹き抜けの回廊に囲まれた庭は、中心が外から見られないように木や草に覆われている。アーチのように垂れた木を避けるようにくぐると、クリースの姿が見える。
「改めまして、フェール国第二王子のクリース・アルブレットです」
穏やかな笑みを浮かべてはいるが、クライスとは全く違う印象を受ける。
「では、話をしよう」
「……兄のことはご存じですよね」
最初から予想外のことを言われて、消えてしまった興味がまた湧いてくる。答えることは簡単だったが、クリースがどう出るのか待つ。
少しだけ考えるように瞳をそらしたが、すぐにまた目が合う。頭の回転も速いようで、クリースが王になったらきっと国が大きく変わるだろうと思った。
「もし今夜予定がなければ、兄の部屋で過ごしてもらいませんか?」
表情に出さなかったが内心はかなり驚いた。
「本気か?」
何が目的なのか……王位継承権のない兄を追い詰めても、得られるものなどない。模擬戦で初戦で負けたのはわざとだと認識している。
手を抜いているのがばれないように、いとも簡単に負けて見せた。クリースを見て、あの場にいた何人が見抜いただろうか。
もし見抜けず、フェールに戦を仕掛ける者がいたら面白いことになりそうだ。遊びの模擬戦を見ただけで、クリースが油断できない相手だとわかる。
だからこそ、なぜいま兄を追い詰めようとしているのかわからない。実力だけでなく、名実ともに次の王はクリースだ。
静かに頷くクリースには、迷いが一切ない。
「第一王子は、何かとんでもないことでもしたか?」
「まさか。純粋で品行方正な優しい兄ですよ」
「ではなぜだ?」
「兄の希望です」
乗るべきか乗らざるべきか。まさかまだ王にもなっていない十五歳の王子に駒扱いされるとは思っていなかった。
クライスが自分を望むとは思えない。けれど何度も逃げられた相手が手に入ると思うと、たまらなく高揚するものだ。
またネイトが絶望しそうだが、面白そうなことに目がないのだから仕方ない。
「コール様、顔が怖いです」
そっと耳打ちしてきたのは、従者のネイトだった。監視されるようについて回られるのは好きではないが、公の場であれば我慢するしかない。
「帰るぞ」
「ちょっと待ってください! まだ始まったばかりでしょう」
目当てのクライスが出ていないのなら、もう用はない。一応ではあるが、顔を出したのだから責務は果たしたと言えるはずだ。
ネイトは必死に止めようとしてくるが、言うことを聞いてやる必要もない。そもそもいまのアラガスタに文句をつけてくる者もいないだろう。
まだ何か言っているネイトのことは相手にしないで、大広間から退出しようと決める。けれど面白いことに、道を塞がれた。
「少し話をしませんか?」
フェールの第二王子、クリースが立っていた。クライスによく似た瞳だが、純粋さはどこにもない。
パーティーが始まってから、すぐに声をかけずにタイミングを計っていたのかと思うとさらに面白くなった。しっかり人の道を塞いでいると言うのに、クリース自身は他の人からは見られないようにしている。
大広間の柱と装飾の位置、人がどこに集まり、どこに視線が行くのかを熟知しているようだ。これがまだ十五歳とは末恐ろしいとすら思う。
「どこで……と聞いた方がいいか?」
「では、裏の中庭で」
まだ返事をしていないというのに、クリースはもう姿を消した。フェールの王になるには、隠密の訓練が必要とは知らなかった。
「裏の中庭って……まさか行かないですよね?」
「行く」
絶望的な顔をされたが、ネイトが心配しているのは面倒事に巻き込まれることで、王としてのコールを心配しているわけではない。王と従者の関係にはなってしまったが、幼なじみの考えることは簡単にわかる。
「何を考えているんですか!」
「面白いとは思わないか?」
「あなたは王なんですよ! もっと自分の身を大事にしてください」
「自分の身くらい守れる」
いくら知に長けていても、自身が敗れれば戦は負けになる。だから知だけでなく、体も鍛えている。
もしもの場合は王を守らなければいけない従者よりも、自分の腕を信用している。
「過信していると、いつか痛い目に合いますよ」
「覚えておこう」
心底嫌な顔をするネイトを不敬罪で裁いてやろうかとも思うが、いまの興味は別にある。
城の中庭は全部で三つ、一つは表にある客人用の庭だ。前庭と違って、城に滞在を許された者が自由に出入りできるようになっている。
東の中ほどにある庭は高位の貴族や王の血族と、許しを得られた者だけ出入りできる。そして裏の中庭は、王の血族のみが出入りを許される場所だ。
実際、知らないで入った者が戻らなかったという噂もある。ネイトが絶望的な顔をするのも納得だ。
普通なら他国の者が、城内の噂話を知ることはないだろう。けれどフェールは少し特殊だった。
毎年四国合同の祭りが開催されるのと、最終日に城内を解放しての宴とパーティーがある。大事な交流の場であり、祭りに来た客人だけでなくフェールの貴人が多く出席している。
酒が入った貴人たちは、面白いくらいによく喋る。だからか、フェールの噂話はどの国よりも多く広がっている。
「……つまらんな」
しばらく城内を奥に向かって進んでみた感想だった。噂通りならどれだけ警備が厳しいのかと、興味が湧いていたのだが……。
「まさか兵士に合わないことが不満なんて言わないですよね」
眉間にシワを寄せるネイトには申し訳ないが、まさにだった。たぶんクリースが上手くやっているのだろう。
吹き抜けの回廊に囲まれた庭は、中心が外から見られないように木や草に覆われている。アーチのように垂れた木を避けるようにくぐると、クリースの姿が見える。
「改めまして、フェール国第二王子のクリース・アルブレットです」
穏やかな笑みを浮かべてはいるが、クライスとは全く違う印象を受ける。
「では、話をしよう」
「……兄のことはご存じですよね」
最初から予想外のことを言われて、消えてしまった興味がまた湧いてくる。答えることは簡単だったが、クリースがどう出るのか待つ。
少しだけ考えるように瞳をそらしたが、すぐにまた目が合う。頭の回転も速いようで、クリースが王になったらきっと国が大きく変わるだろうと思った。
「もし今夜予定がなければ、兄の部屋で過ごしてもらいませんか?」
表情に出さなかったが内心はかなり驚いた。
「本気か?」
何が目的なのか……王位継承権のない兄を追い詰めても、得られるものなどない。模擬戦で初戦で負けたのはわざとだと認識している。
手を抜いているのがばれないように、いとも簡単に負けて見せた。クリースを見て、あの場にいた何人が見抜いただろうか。
もし見抜けず、フェールに戦を仕掛ける者がいたら面白いことになりそうだ。遊びの模擬戦を見ただけで、クリースが油断できない相手だとわかる。
だからこそ、なぜいま兄を追い詰めようとしているのかわからない。実力だけでなく、名実ともに次の王はクリースだ。
静かに頷くクリースには、迷いが一切ない。
「第一王子は、何かとんでもないことでもしたか?」
「まさか。純粋で品行方正な優しい兄ですよ」
「ではなぜだ?」
「兄の希望です」
乗るべきか乗らざるべきか。まさかまだ王にもなっていない十五歳の王子に駒扱いされるとは思っていなかった。
クライスが自分を望むとは思えない。けれど何度も逃げられた相手が手に入ると思うと、たまらなく高揚するものだ。
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