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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第2章・アラガスタの王 15 贈りもの
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「お疲れ様です」
小さな声で告げたネイトに頷く。どうやらクライスが眠っているようだ。
「もう今日は休め」
頭を下げたネイトが部屋から出るのを見送ってから、視線を戻した。熱のせいで汗をかいているのか、綺麗な髪が額に貼りついてしまっている。
ベッドに腰を下ろしてから、そっと指ではらってやると身動ぎする。小さな声が漏れて、目が開いた。
「起こしてしまったな」
眠そうなとろんとした瞳が、こっちを見てくる。馬車の時のような驚きはなく、自分の状況がよくわかっているようだ。
「いいえ……ずっと、うとうとしているだけなんです」
言いながら、クライスが体を起こす。だるそうではあるが、馬車から降りた時よりはましに見える。
「聞いてもいいですか」
まだ寝ていた方がいいと思うが、クライスの瞳は真剣だった。了承するように頷き返してやると、開きかけた唇を一度閉じるのが見えた。
緊張しているのだろうか、かけられていた外衣を握りしめている。
「どうして僕は……その、コール様に贈られたのですか」
言いづらそうに、真っすぐに見つめて来ていた瞳が下を向いていく。
「他の国と同じだ」
表向きは……とは言えないのは、追及されればクリースが隠したかった事実を伝えることになってしまう。別にクリースに気を使う必要も、興味もない。
けれど憎まれてでも隠そうとした気持ちを汲まないわけにはいかない。
「では、僕も帰してもらえるのですね」
どこかほっとした顔をされると面白くない。確かに他国からは、欲しいとも言っていないのに贈りものをよこされていた。
最初は女を贈って来たが、妃を娶る気も妾を持つ気もないと返した。すると今度は男を贈って来られた。
もともと戦が好きなわけでも、領土を広げたいという野心もない。だから自分が王である間は、戦を仕掛けないという確約付きで帰らせた。
クライスの反応からして、ネイトに何か聞いたのかもしれない。
「残念だな。帰す気はない」
顔を近づけて、唇が触れるか触れないかのぎりぎりの場所で囁く。
「んっ……何で、ですか……」
距離の近さに狼狽してか、クライスがのけ反るようにして距離を取る。
「何でだと思う?」
こくりと、クライスが息を飲む音が聞こえる。脅しているつもりではないのだが、どうも上手くいかない。
「クリースに、何か言われたのですか?」
助けられたのも知らずに、傷ついた瞳を見せる。
「いや、帰らせないのはオレがクライスを手に入れたいからだ」
「……その言葉を信じろと?」
本音を語ったのだが、全く信用していないのが伝わってくる。クリースと手を組んで、陥れようとしていると思っているのが、手に取るようにわかる。
「クリース殿は面白い男だと、模擬戦でわざと負けた時に思った。けれどそれだけで、クライスを帰さない事とは関係ない」
「面白い?」
聞いて欲しかったのは違うところだったのだが、弾かれたように表情を変えている。
「わざと負けたって、どういうことですか?」
すでに自分のことよりも、クリースのことが気になって仕方ないように見える。そしてクライスには、クリースが手を抜いて負けたことが見抜けていなかったらしい。
「手を抜くのは簡単だが、それを見破られずに負けるのは難しい」
下を向いたまま、黙ってしまったクライスの顔に落ちる髪を耳にかけてやる。触れられたことで反応したのか、視線が上を向く。
ひどく悲しい瞳と視線が合って、眉を寄せてしまった。何を考えているのか全くわからない。
しばらく視線を合わせたまま、どちらも喋らなかった。ふと、クライスが瞳を閉じる。
自然と体が吸い寄せられるように傾いて、口付けしていた。もちろんキスを強請られたわけではない。
けれどクライスも避けることもなく、ただ受け入れている。ほんの少しだけだが、見えていた感情が見えなくなる。
感じていた憤りや、不満、悲しさも消えてしまっている。いま何を思って唇を差し出しているのかもわからない。
「抵抗しないのか?」
唇を離して問いかけると、小さく首を傾げられる。
「意味がありますか?」
「ある。オレは人形を手に入れたいわけではない」
何を言われているのかわからないと言うように、少し困った顔をされる。
「……なぜ妃を娶らないのですか?」
しばらくの沈黙に堪えられなくなったのか、クライスが口を開いた。やはりネイトと話をしていたらしい。
「奪われた王位を奪ったのは、妹と民のためだ」
本音を言うなら、叔父が立派な人間だったら王位を奪い返さなかった。もしすでにスリアに子がいたら、甥か姪が王になっていただろう。
成人するまで、支えてやればいいだけだった。もしくはスリアが病に伏していなければ、女王としてアラガスタを統治しても良かった。
「オレが王でいるのは、妹の子が王位を継ぐまでの繋ぎだ」
もし跡継ぎが生まれたら、また王族同士の戦で民を苦しめることになる。
「王になりたくなかったのですか?」
信じられないというように、クライスが微かに瞳を見開く。きっとクライスにとって王位継承権を奪われることは、王になれなくなったというだけではなかったのだろう。
「まだ質問を続けるか?」
なりたくなかったと言ったら、なぜか余計に傷つける気がした。
「……いいえ」
また下を向いてしまったクライスの目の前に、花を差し出す。本当なら自ら買いに行きたいところだったが、早く帰ることになったせいで予定が狂った。
襲撃を受けたせいで、マルカに到着するのが遅れたことも原因のひとつだ。結果として近衛騎士に買いに行かせることになってしまった。
「これ……」
「勝者に」
小さな声で告げたネイトに頷く。どうやらクライスが眠っているようだ。
「もう今日は休め」
頭を下げたネイトが部屋から出るのを見送ってから、視線を戻した。熱のせいで汗をかいているのか、綺麗な髪が額に貼りついてしまっている。
ベッドに腰を下ろしてから、そっと指ではらってやると身動ぎする。小さな声が漏れて、目が開いた。
「起こしてしまったな」
眠そうなとろんとした瞳が、こっちを見てくる。馬車の時のような驚きはなく、自分の状況がよくわかっているようだ。
「いいえ……ずっと、うとうとしているだけなんです」
言いながら、クライスが体を起こす。だるそうではあるが、馬車から降りた時よりはましに見える。
「聞いてもいいですか」
まだ寝ていた方がいいと思うが、クライスの瞳は真剣だった。了承するように頷き返してやると、開きかけた唇を一度閉じるのが見えた。
緊張しているのだろうか、かけられていた外衣を握りしめている。
「どうして僕は……その、コール様に贈られたのですか」
言いづらそうに、真っすぐに見つめて来ていた瞳が下を向いていく。
「他の国と同じだ」
表向きは……とは言えないのは、追及されればクリースが隠したかった事実を伝えることになってしまう。別にクリースに気を使う必要も、興味もない。
けれど憎まれてでも隠そうとした気持ちを汲まないわけにはいかない。
「では、僕も帰してもらえるのですね」
どこかほっとした顔をされると面白くない。確かに他国からは、欲しいとも言っていないのに贈りものをよこされていた。
最初は女を贈って来たが、妃を娶る気も妾を持つ気もないと返した。すると今度は男を贈って来られた。
もともと戦が好きなわけでも、領土を広げたいという野心もない。だから自分が王である間は、戦を仕掛けないという確約付きで帰らせた。
クライスの反応からして、ネイトに何か聞いたのかもしれない。
「残念だな。帰す気はない」
顔を近づけて、唇が触れるか触れないかのぎりぎりの場所で囁く。
「んっ……何で、ですか……」
距離の近さに狼狽してか、クライスがのけ反るようにして距離を取る。
「何でだと思う?」
こくりと、クライスが息を飲む音が聞こえる。脅しているつもりではないのだが、どうも上手くいかない。
「クリースに、何か言われたのですか?」
助けられたのも知らずに、傷ついた瞳を見せる。
「いや、帰らせないのはオレがクライスを手に入れたいからだ」
「……その言葉を信じろと?」
本音を語ったのだが、全く信用していないのが伝わってくる。クリースと手を組んで、陥れようとしていると思っているのが、手に取るようにわかる。
「クリース殿は面白い男だと、模擬戦でわざと負けた時に思った。けれどそれだけで、クライスを帰さない事とは関係ない」
「面白い?」
聞いて欲しかったのは違うところだったのだが、弾かれたように表情を変えている。
「わざと負けたって、どういうことですか?」
すでに自分のことよりも、クリースのことが気になって仕方ないように見える。そしてクライスには、クリースが手を抜いて負けたことが見抜けていなかったらしい。
「手を抜くのは簡単だが、それを見破られずに負けるのは難しい」
下を向いたまま、黙ってしまったクライスの顔に落ちる髪を耳にかけてやる。触れられたことで反応したのか、視線が上を向く。
ひどく悲しい瞳と視線が合って、眉を寄せてしまった。何を考えているのか全くわからない。
しばらく視線を合わせたまま、どちらも喋らなかった。ふと、クライスが瞳を閉じる。
自然と体が吸い寄せられるように傾いて、口付けしていた。もちろんキスを強請られたわけではない。
けれどクライスも避けることもなく、ただ受け入れている。ほんの少しだけだが、見えていた感情が見えなくなる。
感じていた憤りや、不満、悲しさも消えてしまっている。いま何を思って唇を差し出しているのかもわからない。
「抵抗しないのか?」
唇を離して問いかけると、小さく首を傾げられる。
「意味がありますか?」
「ある。オレは人形を手に入れたいわけではない」
何を言われているのかわからないと言うように、少し困った顔をされる。
「……なぜ妃を娶らないのですか?」
しばらくの沈黙に堪えられなくなったのか、クライスが口を開いた。やはりネイトと話をしていたらしい。
「奪われた王位を奪ったのは、妹と民のためだ」
本音を言うなら、叔父が立派な人間だったら王位を奪い返さなかった。もしすでにスリアに子がいたら、甥か姪が王になっていただろう。
成人するまで、支えてやればいいだけだった。もしくはスリアが病に伏していなければ、女王としてアラガスタを統治しても良かった。
「オレが王でいるのは、妹の子が王位を継ぐまでの繋ぎだ」
もし跡継ぎが生まれたら、また王族同士の戦で民を苦しめることになる。
「王になりたくなかったのですか?」
信じられないというように、クライスが微かに瞳を見開く。きっとクライスにとって王位継承権を奪われることは、王になれなくなったというだけではなかったのだろう。
「まだ質問を続けるか?」
なりたくなかったと言ったら、なぜか余計に傷つける気がした。
「……いいえ」
また下を向いてしまったクライスの目の前に、花を差し出す。本当なら自ら買いに行きたいところだったが、早く帰ることになったせいで予定が狂った。
襲撃を受けたせいで、マルカに到着するのが遅れたことも原因のひとつだ。結果として近衛騎士に買いに行かせることになってしまった。
「これ……」
「勝者に」
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