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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第3章・籠の中 17 堅牢
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「こちらです」
ネイトが向かったのは、目の前にある大きな門ではなかった。手前にある扉だった。
どうやら城壁は何層にも重なっているようで、扉の先には小道と更なる壁が見える。同じように大きな門の先にも、新たな城壁が見えていた。
「作りがややこしいので、ちゃんとついて来てください」
物珍しく周りに視線を向けていたせいか、ネイトに注意される。コールにはよく口うるさいと言われているが、面倒見がいいのだろう。
言わなくても歩幅は合わせてくれるし、視界の端に映る距離までしか離れようとしない。最初は監視されているのかと思っていたくらいだ。
ややこしいと言うだけあって、いくつかの城壁をくぐる。何度目かの角を曲がると、一気に視界が広がる。
「すごい……」
思わず感嘆が漏れる。視界いっぱいに広がる花畑だ。
「スリア様のためにコール様が作った花畑です」
妹のことを大事に思っているのが一目でわかった気がする。手入れが良く行き届いている。
色とりどりの花が、吹く風に緩やかに揺れる。
「季節を問わず、必ず花が咲くようにしています」
花畑の先には、大きな屋敷が建っている。武骨な城とは真逆で、優美な作りだった。
「スリア様のお屋敷です」
正面から見た時は、城の大きさを全く理解できていなかったのだとわかる。たぶんこの屋敷以外にも、いくつかの屋敷が城壁の中に建てられているのだろう。
ふと、本当にここまで歩かなければ目的の場所に着かないのだろうかと思った。まるで迷路のような城壁の中では、もう門の前に一人では戻れない。
普通なら王族がいる場所を教えたりはしないはずではないのか。
「もう少しで着きますよ」
穏やかな笑みを浮かべるネイトの真意は読めない。
「……普通は嫌では?」
気になっていたけれど、聞けないでいた。
「何がですか?」
「その……仕えている王が……」
贈りものとして男を受け取ることが、嫌ではないのか。自分を受け取ることで、コールがどう思われるのかが気になっていた。
もしコールの士気が下がるようなことがあれば、どうなってしまうのだろう。
「ここ十年くらいのアラガスタを、どのくらいご存じですか?」
前王と王妃が、事故で突然亡くなったという知らせを聞いた。そして第一王子であるコールが王位を継ぐはずだったのに、叔父が王位を奪い即位した。
「コール様とスリア様はお命を狙われました」
民と同じ生活なら、まだましだっただろう。けれど国から命を狙われた二人が、そんな生活を送れたはずがない。
「そのうちにスリア様が病にかかりました」
アラガスタの姫はいま、十三歳くらい。隠れ住んでいた頃の年齢は四歳前後だったはずだ。
「同時に上げられた税のせいで、国民が疲弊していきました」
確かに当時、アラガスタから移動してくる人たちがフ、ェールに溢れた時期があった。
「コール様はそんなアラガスタを救った英雄とも言えます」
「じゃあ余計に嫌だろう」
「いいえ。私も兵も国民も、きっとコール様が幸せならそれでいいと思っています」
普段は小言ばかり口にするネイトの本音なのだと何となくわかる。
「それに次期王はスリア様のお子だと、すでに宣言されましたから」
「それで納得を?」
「まぁ、本来のコール様は面倒くさがりですから」
ははっと初めてネイトが声を出して笑う。フェールでこんな発言をしたら、不敬罪にされるのは間違いない。
「とても面倒くさがりには見えない」
「あ、それ騙されてますよ。人前では王として猫を被っているんです」
もっと獰猛な動物を被っている気がすると思って、笑ってしまう。どこか気が引けて話しづらいと思っていたのが嘘のようだった。
無意識に線を引いてしまっていたのは、自分の方だったのかもしれない。
「さ、着きましたよ」
スリアの屋敷からしばらく歩くと、三階建てくらいの塔が見える。二階から通路が伸びていて、どこかに繋がっているようだ。
塔も通路も窓一つないが、よく目を凝らすと矢を放てる穴が開いているのがわかる。武骨を通り越して、監獄のような雰囲気すらする。
ネイトはお構いなしに近づいて行くが、ついて行くのを躊躇してしまう。
「どこよりも守りが堅いので安心ですよ」
朗らかな顔で言われても、安心感は全くない。
「王からの書状です」
ネイトが声をかけると、壁から箱のようなものが飛び出してくる。驚いた様子もなく、ネイトは書状を箱に入れる。
しばらくすると、重そうな扉がゆっくりと開く。
「この扉は王の直筆の書状がないと開かないようになっているんです」
まだ夕刻前で明るいはずなのに、扉の先は暗くて何も見えない。どうぞと声をかけられて、仕方なく足を動かす。
予想通り、中は暗い。数個のランプが置かれてはいるが、角の方まで明かりが届いていない。
ひっそりとしていて、人がいるはずなのに気配を感じない。城に着くまでが特別だっただけで、ここに幽閉されるのかと思うとぞっとする。
広間の先にはしっかりとした扉と、階段が見えた。
「その扉の先は近衛騎士と侍女が常に待機しています」
説明をしながら、ネイトが一つのランプを手にして歩き出す。二階へと向かう歩く足音と一緒に、杖の音が反響する。
上に上がってわかったのは、二階建てであり天井が異様に高いことだった。
「あちらが城に繋がる通路になっています」
通路の前には二人の衛兵が並んで立っている。
「そしてここがクライス様に過ごしてもらう部屋になります」
ドアの前に衛兵はいないが、しっかり通路の前にいる衛兵の視界に入っている。
「コール様の部屋でもあります」
ここに閉じ込められるのかと思っていたら、ネイトからとんでもない言葉が出た。本気で言っているのだろうか。
とても王が過ごすための部屋とは思えない。確かに守りはしっかりしているが、息が詰まる。
「どうぞ」
開かれた部屋は、想像していた暗い部屋ではなかった。空が見える。
天井部分がガラスで作られているらしい。外見とは違って、ひどく贅沢な部屋であることがわかる。
壁には空気の入れ替え用に小さな窓があるのがわかる。戸を外側に出して開けるタイプのものだ。
けれど本当に大きさは小さく、子供でも通り抜けられないくらいの大きさだ。
そして部屋の中央に大きなベッドが置かれている。天蓋がないから、横になったら綺麗に空が見えるのだろう。
他にはテーブルとソファーがある。奥に続く部屋は、風呂などがあるようだ。
「この室内であればお好きに過ごされて良いとのことです」
案内が済んだからなのか、ネイトは頭を下げてすぐに部屋から出て行く。監視をされることがないのにほっとしたが、当然と言えば当然だった。
ここから逃げ出すのは、どう考えても不可能だ。
ネイトが向かったのは、目の前にある大きな門ではなかった。手前にある扉だった。
どうやら城壁は何層にも重なっているようで、扉の先には小道と更なる壁が見える。同じように大きな門の先にも、新たな城壁が見えていた。
「作りがややこしいので、ちゃんとついて来てください」
物珍しく周りに視線を向けていたせいか、ネイトに注意される。コールにはよく口うるさいと言われているが、面倒見がいいのだろう。
言わなくても歩幅は合わせてくれるし、視界の端に映る距離までしか離れようとしない。最初は監視されているのかと思っていたくらいだ。
ややこしいと言うだけあって、いくつかの城壁をくぐる。何度目かの角を曲がると、一気に視界が広がる。
「すごい……」
思わず感嘆が漏れる。視界いっぱいに広がる花畑だ。
「スリア様のためにコール様が作った花畑です」
妹のことを大事に思っているのが一目でわかった気がする。手入れが良く行き届いている。
色とりどりの花が、吹く風に緩やかに揺れる。
「季節を問わず、必ず花が咲くようにしています」
花畑の先には、大きな屋敷が建っている。武骨な城とは真逆で、優美な作りだった。
「スリア様のお屋敷です」
正面から見た時は、城の大きさを全く理解できていなかったのだとわかる。たぶんこの屋敷以外にも、いくつかの屋敷が城壁の中に建てられているのだろう。
ふと、本当にここまで歩かなければ目的の場所に着かないのだろうかと思った。まるで迷路のような城壁の中では、もう門の前に一人では戻れない。
普通なら王族がいる場所を教えたりはしないはずではないのか。
「もう少しで着きますよ」
穏やかな笑みを浮かべるネイトの真意は読めない。
「……普通は嫌では?」
気になっていたけれど、聞けないでいた。
「何がですか?」
「その……仕えている王が……」
贈りものとして男を受け取ることが、嫌ではないのか。自分を受け取ることで、コールがどう思われるのかが気になっていた。
もしコールの士気が下がるようなことがあれば、どうなってしまうのだろう。
「ここ十年くらいのアラガスタを、どのくらいご存じですか?」
前王と王妃が、事故で突然亡くなったという知らせを聞いた。そして第一王子であるコールが王位を継ぐはずだったのに、叔父が王位を奪い即位した。
「コール様とスリア様はお命を狙われました」
民と同じ生活なら、まだましだっただろう。けれど国から命を狙われた二人が、そんな生活を送れたはずがない。
「そのうちにスリア様が病にかかりました」
アラガスタの姫はいま、十三歳くらい。隠れ住んでいた頃の年齢は四歳前後だったはずだ。
「同時に上げられた税のせいで、国民が疲弊していきました」
確かに当時、アラガスタから移動してくる人たちがフ、ェールに溢れた時期があった。
「コール様はそんなアラガスタを救った英雄とも言えます」
「じゃあ余計に嫌だろう」
「いいえ。私も兵も国民も、きっとコール様が幸せならそれでいいと思っています」
普段は小言ばかり口にするネイトの本音なのだと何となくわかる。
「それに次期王はスリア様のお子だと、すでに宣言されましたから」
「それで納得を?」
「まぁ、本来のコール様は面倒くさがりですから」
ははっと初めてネイトが声を出して笑う。フェールでこんな発言をしたら、不敬罪にされるのは間違いない。
「とても面倒くさがりには見えない」
「あ、それ騙されてますよ。人前では王として猫を被っているんです」
もっと獰猛な動物を被っている気がすると思って、笑ってしまう。どこか気が引けて話しづらいと思っていたのが嘘のようだった。
無意識に線を引いてしまっていたのは、自分の方だったのかもしれない。
「さ、着きましたよ」
スリアの屋敷からしばらく歩くと、三階建てくらいの塔が見える。二階から通路が伸びていて、どこかに繋がっているようだ。
塔も通路も窓一つないが、よく目を凝らすと矢を放てる穴が開いているのがわかる。武骨を通り越して、監獄のような雰囲気すらする。
ネイトはお構いなしに近づいて行くが、ついて行くのを躊躇してしまう。
「どこよりも守りが堅いので安心ですよ」
朗らかな顔で言われても、安心感は全くない。
「王からの書状です」
ネイトが声をかけると、壁から箱のようなものが飛び出してくる。驚いた様子もなく、ネイトは書状を箱に入れる。
しばらくすると、重そうな扉がゆっくりと開く。
「この扉は王の直筆の書状がないと開かないようになっているんです」
まだ夕刻前で明るいはずなのに、扉の先は暗くて何も見えない。どうぞと声をかけられて、仕方なく足を動かす。
予想通り、中は暗い。数個のランプが置かれてはいるが、角の方まで明かりが届いていない。
ひっそりとしていて、人がいるはずなのに気配を感じない。城に着くまでが特別だっただけで、ここに幽閉されるのかと思うとぞっとする。
広間の先にはしっかりとした扉と、階段が見えた。
「その扉の先は近衛騎士と侍女が常に待機しています」
説明をしながら、ネイトが一つのランプを手にして歩き出す。二階へと向かう歩く足音と一緒に、杖の音が反響する。
上に上がってわかったのは、二階建てであり天井が異様に高いことだった。
「あちらが城に繋がる通路になっています」
通路の前には二人の衛兵が並んで立っている。
「そしてここがクライス様に過ごしてもらう部屋になります」
ドアの前に衛兵はいないが、しっかり通路の前にいる衛兵の視界に入っている。
「コール様の部屋でもあります」
ここに閉じ込められるのかと思っていたら、ネイトからとんでもない言葉が出た。本気で言っているのだろうか。
とても王が過ごすための部屋とは思えない。確かに守りはしっかりしているが、息が詰まる。
「どうぞ」
開かれた部屋は、想像していた暗い部屋ではなかった。空が見える。
天井部分がガラスで作られているらしい。外見とは違って、ひどく贅沢な部屋であることがわかる。
壁には空気の入れ替え用に小さな窓があるのがわかる。戸を外側に出して開けるタイプのものだ。
けれど本当に大きさは小さく、子供でも通り抜けられないくらいの大きさだ。
そして部屋の中央に大きなベッドが置かれている。天蓋がないから、横になったら綺麗に空が見えるのだろう。
他にはテーブルとソファーがある。奥に続く部屋は、風呂などがあるようだ。
「この室内であればお好きに過ごされて良いとのことです」
案内が済んだからなのか、ネイトは頭を下げてすぐに部屋から出て行く。監視をされることがないのにほっとしたが、当然と言えば当然だった。
ここから逃げ出すのは、どう考えても不可能だ。
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