フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第6章・価値 38 追跡

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 フェールの馬車は、北ではなくアニタの西門から出て行った。クリースの予想通りと言える。

 ポーリスが任されているザルドゥーク領が西だからだ。真っすぐ北に向かわれたら、アラガスタとしてはすぐに止めなければいけなかった。

 クライスが脱走したとしたら、間違いなくフェールに向かうと思われるからだ。ポーリスたちは、北に兵が出されると思っているだろう。

「素晴らしい軍馬ですね」

 長距離の移動を強いられるのは容易に想像できる。所有する最高の軍馬を全ての同行者に用意した。

 鷹を可愛がっているのと同じように、クリースが馬を撫でている。

「では、行くぞ」

 さっと乗馬すると、だいぶ小さくなってきた馬車を見据える。

「……一緒に行かれるんですか?」

 ネイトとは違った驚き方をされて、頷く。

「自分が大事だと思うものは、自ら守りたい質だからな」

 何とも言えない顔をクリースが見せる。

「気にすることはない。いまオレは王ではなく民だ」

 もし命を失ったとしても、亡くなったのは王ではなく民だ。アラガスタの王がフェールの王族のために死んだとなれば、戦は避けられなくなる。

 だから命を失ったとしたら、兵士として扱うように兵にも言ってある。後のことは、スリアとネイトが上手くやってくれるだろう。

「……申し訳ありません」

「謝罪は必要ない。なすべきことを成せ」

「はい」

 目的は王の居場所を特定することだ。場所がわかり次第、クライスを助け出す。

 クリースがクライスに話すことを嫌がるのは、フェールの王の真意を知られたくないからだ。父である王と、クライスを会わせるわけにはいかない。

 会わせてしまったら、何も言わずに囮にさせた意味がなくなってしまう。しばらく走り、アニタからはほぼ見えなくなる頃に、馬車が道から外れた。

 本来なら城からクライスを連れ出すことも、気づかれずにアニタから出ることも不可能だ。まんまと成功したと思っているポーリスは、幸せ者だと思う。

「向かった方向は森だな」

「きっと馬車は今日中に捨てて燃やすと思います」

 森の中で燃やす可能性があるとクリースに言われて、頭が痛くなりそうになる。木に燃え移り、森が焼ければ甚大な被害になる。

「ポーリスはそういう男ですから」

 名で呼ぶ割には冷たい言葉だ。普通、王族が名で呼ぶのは親しい相手であることを意味する。

 けれどクリースの様子を見るに、ポーリスとの仲は最悪なように見える。

「親しいのか?」

「いいえ、全く。ただ私は彼を貴族と認めたくないので、名で呼んでいるだけです」

 本人にもはっきり伝えたと言われて、少し驚く。確かにフェールの第二王子は素行も態度も悪いと有名ではあった。

 しかしクリースと話してみると、礼儀を欠いているわけでも横柄なわけでもない。むしろクリースの性格を考えると、わざと悪く見せているような感がある。

「なぜわざと評判を落とすようなことをする」

「必要だったからです」

「なぜと聞いても?」

「……兄とのバランスを取るためです」

 またクライスのためなのかと思う。クリースの価値が高まり過ぎれば、クライスの価値がなくなる。

 価値がなくなれば、誰もクライスのことを気に欠けなくなり、手に入れられるようになる。逆にクライスの価値が高まり過ぎれば、いま起きているように強硬な手段に出られる。

「模擬戦で兄が勝者になるのは予想外でした。あなたへの憧れがそこまで強いと知りませんでした」

 一回戦ではなく、準決勝くらいまでは残るのが正しかったと悔やんでいる。確実に勝ち残れると思っているところが、傲慢に感じないのはクリースの実力を認めているからだろう。

「あの夜、オレに声をかけたのはそのせいか」

「はい。貴族たちが兄が王になるのがやはり順当ではないかと騒ぎ出したのがきっかけです」

 クライスが王になると決まれば、フェールの王はクライスを好きにすることができなくなる。

「元は私が王になったら、兄を連れて消える予定だったのでしょう。でも私が思い通りに動かないとわかると、八歳になったマクスを利用することにしたようです」

 本来ならもっと早くクリースに譲位して、クライスを手に入れるつもりだったのだろう。けれどクリースが上手くバランスを取ることで、貴族たちを上手く操っていたのがわかる。

 さらにマクスの八歳のお披露目が終わってから、何度も暗殺されそうになったと聞かされる。被害妄想ではないことは、確実だろう。

「北部に遠征に出るようにと言われた時点で、いままでと違い確実に命を奪いに来るとわかりました」

 襲撃して取り返そうとしたクライスを、またもクリースに邪魔されて失敗した。理不尽な怒りではあるが、フェールの王がどう思ったかは容易に想像できる。

 クリースが簡単に父である王の命を奪おうと決めたのではないことがわかる。

「一度止まる」

 一定の距離を保って後をつけていたが、そろそろ日が傾き始めたのを見て馬を止める。ポーリスたちも、野営の場所を探して周りを警戒し始める頃だろう。

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