39 / 57
フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第6章・価値 38 追跡
しおりを挟む
フェールの馬車は、北ではなくアニタの西門から出て行った。クリースの予想通りと言える。
ポーリスが任されているザルドゥーク領が西だからだ。真っすぐ北に向かわれたら、アラガスタとしてはすぐに止めなければいけなかった。
クライスが脱走したとしたら、間違いなくフェールに向かうと思われるからだ。ポーリスたちは、北に兵が出されると思っているだろう。
「素晴らしい軍馬ですね」
長距離の移動を強いられるのは容易に想像できる。所有する最高の軍馬を全ての同行者に用意した。
鷹を可愛がっているのと同じように、クリースが馬を撫でている。
「では、行くぞ」
さっと乗馬すると、だいぶ小さくなってきた馬車を見据える。
「……一緒に行かれるんですか?」
ネイトとは違った驚き方をされて、頷く。
「自分が大事だと思うものは、自ら守りたい質だからな」
何とも言えない顔をクリースが見せる。
「気にすることはない。いまオレは王ではなく民だ」
もし命を失ったとしても、亡くなったのは王ではなく民だ。アラガスタの王がフェールの王族のために死んだとなれば、戦は避けられなくなる。
だから命を失ったとしたら、兵士として扱うように兵にも言ってある。後のことは、スリアとネイトが上手くやってくれるだろう。
「……申し訳ありません」
「謝罪は必要ない。なすべきことを成せ」
「はい」
目的は王の居場所を特定することだ。場所がわかり次第、クライスを助け出す。
クリースがクライスに話すことを嫌がるのは、フェールの王の真意を知られたくないからだ。父である王と、クライスを会わせるわけにはいかない。
会わせてしまったら、何も言わずに囮にさせた意味がなくなってしまう。しばらく走り、アニタからはほぼ見えなくなる頃に、馬車が道から外れた。
本来なら城からクライスを連れ出すことも、気づかれずにアニタから出ることも不可能だ。まんまと成功したと思っているポーリスは、幸せ者だと思う。
「向かった方向は森だな」
「きっと馬車は今日中に捨てて燃やすと思います」
森の中で燃やす可能性があるとクリースに言われて、頭が痛くなりそうになる。木に燃え移り、森が焼ければ甚大な被害になる。
「ポーリスはそういう男ですから」
名で呼ぶ割には冷たい言葉だ。普通、王族が名で呼ぶのは親しい相手であることを意味する。
けれどクリースの様子を見るに、ポーリスとの仲は最悪なように見える。
「親しいのか?」
「いいえ、全く。ただ私は彼を貴族と認めたくないので、名で呼んでいるだけです」
本人にもはっきり伝えたと言われて、少し驚く。確かにフェールの第二王子は素行も態度も悪いと有名ではあった。
しかしクリースと話してみると、礼儀を欠いているわけでも横柄なわけでもない。むしろクリースの性格を考えると、わざと悪く見せているような感がある。
「なぜわざと評判を落とすようなことをする」
「必要だったからです」
「なぜと聞いても?」
「……兄とのバランスを取るためです」
またクライスのためなのかと思う。クリースの価値が高まり過ぎれば、クライスの価値がなくなる。
価値がなくなれば、誰もクライスのことを気に欠けなくなり、手に入れられるようになる。逆にクライスの価値が高まり過ぎれば、いま起きているように強硬な手段に出られる。
「模擬戦で兄が勝者になるのは予想外でした。あなたへの憧れがそこまで強いと知りませんでした」
一回戦ではなく、準決勝くらいまでは残るのが正しかったと悔やんでいる。確実に勝ち残れると思っているところが、傲慢に感じないのはクリースの実力を認めているからだろう。
「あの夜、オレに声をかけたのはそのせいか」
「はい。貴族たちが兄が王になるのがやはり順当ではないかと騒ぎ出したのがきっかけです」
クライスが王になると決まれば、フェールの王はクライスを好きにすることができなくなる。
「元は私が王になったら、兄を連れて消える予定だったのでしょう。でも私が思い通りに動かないとわかると、八歳になったマクスを利用することにしたようです」
本来ならもっと早くクリースに譲位して、クライスを手に入れるつもりだったのだろう。けれどクリースが上手くバランスを取ることで、貴族たちを上手く操っていたのがわかる。
さらにマクスの八歳のお披露目が終わってから、何度も暗殺されそうになったと聞かされる。被害妄想ではないことは、確実だろう。
「北部に遠征に出るようにと言われた時点で、いままでと違い確実に命を奪いに来るとわかりました」
襲撃して取り返そうとしたクライスを、またもクリースに邪魔されて失敗した。理不尽な怒りではあるが、フェールの王がどう思ったかは容易に想像できる。
クリースが簡単に父である王の命を奪おうと決めたのではないことがわかる。
「一度止まる」
一定の距離を保って後をつけていたが、そろそろ日が傾き始めたのを見て馬を止める。ポーリスたちも、野営の場所を探して周りを警戒し始める頃だろう。
ポーリスが任されているザルドゥーク領が西だからだ。真っすぐ北に向かわれたら、アラガスタとしてはすぐに止めなければいけなかった。
クライスが脱走したとしたら、間違いなくフェールに向かうと思われるからだ。ポーリスたちは、北に兵が出されると思っているだろう。
「素晴らしい軍馬ですね」
長距離の移動を強いられるのは容易に想像できる。所有する最高の軍馬を全ての同行者に用意した。
鷹を可愛がっているのと同じように、クリースが馬を撫でている。
「では、行くぞ」
さっと乗馬すると、だいぶ小さくなってきた馬車を見据える。
「……一緒に行かれるんですか?」
ネイトとは違った驚き方をされて、頷く。
「自分が大事だと思うものは、自ら守りたい質だからな」
何とも言えない顔をクリースが見せる。
「気にすることはない。いまオレは王ではなく民だ」
もし命を失ったとしても、亡くなったのは王ではなく民だ。アラガスタの王がフェールの王族のために死んだとなれば、戦は避けられなくなる。
だから命を失ったとしたら、兵士として扱うように兵にも言ってある。後のことは、スリアとネイトが上手くやってくれるだろう。
「……申し訳ありません」
「謝罪は必要ない。なすべきことを成せ」
「はい」
目的は王の居場所を特定することだ。場所がわかり次第、クライスを助け出す。
クリースがクライスに話すことを嫌がるのは、フェールの王の真意を知られたくないからだ。父である王と、クライスを会わせるわけにはいかない。
会わせてしまったら、何も言わずに囮にさせた意味がなくなってしまう。しばらく走り、アニタからはほぼ見えなくなる頃に、馬車が道から外れた。
本来なら城からクライスを連れ出すことも、気づかれずにアニタから出ることも不可能だ。まんまと成功したと思っているポーリスは、幸せ者だと思う。
「向かった方向は森だな」
「きっと馬車は今日中に捨てて燃やすと思います」
森の中で燃やす可能性があるとクリースに言われて、頭が痛くなりそうになる。木に燃え移り、森が焼ければ甚大な被害になる。
「ポーリスはそういう男ですから」
名で呼ぶ割には冷たい言葉だ。普通、王族が名で呼ぶのは親しい相手であることを意味する。
けれどクリースの様子を見るに、ポーリスとの仲は最悪なように見える。
「親しいのか?」
「いいえ、全く。ただ私は彼を貴族と認めたくないので、名で呼んでいるだけです」
本人にもはっきり伝えたと言われて、少し驚く。確かにフェールの第二王子は素行も態度も悪いと有名ではあった。
しかしクリースと話してみると、礼儀を欠いているわけでも横柄なわけでもない。むしろクリースの性格を考えると、わざと悪く見せているような感がある。
「なぜわざと評判を落とすようなことをする」
「必要だったからです」
「なぜと聞いても?」
「……兄とのバランスを取るためです」
またクライスのためなのかと思う。クリースの価値が高まり過ぎれば、クライスの価値がなくなる。
価値がなくなれば、誰もクライスのことを気に欠けなくなり、手に入れられるようになる。逆にクライスの価値が高まり過ぎれば、いま起きているように強硬な手段に出られる。
「模擬戦で兄が勝者になるのは予想外でした。あなたへの憧れがそこまで強いと知りませんでした」
一回戦ではなく、準決勝くらいまでは残るのが正しかったと悔やんでいる。確実に勝ち残れると思っているところが、傲慢に感じないのはクリースの実力を認めているからだろう。
「あの夜、オレに声をかけたのはそのせいか」
「はい。貴族たちが兄が王になるのがやはり順当ではないかと騒ぎ出したのがきっかけです」
クライスが王になると決まれば、フェールの王はクライスを好きにすることができなくなる。
「元は私が王になったら、兄を連れて消える予定だったのでしょう。でも私が思い通りに動かないとわかると、八歳になったマクスを利用することにしたようです」
本来ならもっと早くクリースに譲位して、クライスを手に入れるつもりだったのだろう。けれどクリースが上手くバランスを取ることで、貴族たちを上手く操っていたのがわかる。
さらにマクスの八歳のお披露目が終わってから、何度も暗殺されそうになったと聞かされる。被害妄想ではないことは、確実だろう。
「北部に遠征に出るようにと言われた時点で、いままでと違い確実に命を奪いに来るとわかりました」
襲撃して取り返そうとしたクライスを、またもクリースに邪魔されて失敗した。理不尽な怒りではあるが、フェールの王がどう思ったかは容易に想像できる。
クリースが簡単に父である王の命を奪おうと決めたのではないことがわかる。
「一度止まる」
一定の距離を保って後をつけていたが、そろそろ日が傾き始めたのを見て馬を止める。ポーリスたちも、野営の場所を探して周りを警戒し始める頃だろう。
13
あなたにおすすめの小説
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる