フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

最終章・夜明け前 49 証明

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 どうすればいいのか考えていると、時間はすぐに過ぎてしまう。悩む姿を見せないように明るく振る舞ってみるが、たぶんコールには気づかれてしまっている。

 昨晩は額に唇を落としてくれたと思ったら、いつもよりきつく抱きしめてくれた。もう明日にはクリースとセラスが城を出てしまう。

 コールも知っているはずなのに、二人が出発することを口にしない。何だか試されているようで、落ち着かない気持ちになる。

 夕食にも集中できなくて、ソファーに座ってぼーっとする。気づいたら、いつの間にかコールが部屋に戻っていた。

「随分と悩んでいるようだ」

 何て答えていいかわからなくて、口を開いては閉じてを繰り返してしまう。

「一番気になっていることは何だ?」

「……僕が自分に自信を持てないことです」

「なぜだ?」

 コールはいつも優しい。どんな些細な事でも、意見を尊重してくれるし、話をちゃんと聞いてくれる。

「価値がないから……」

 結局、ここに戻ってきてしまう。いつまで価値なんて存在しなかった言葉に振り回されるのだろう。

 目の前に来てくれたコールが絨毯に膝を着く。そして手を握ってくれる。

「いま、オレは何をしている?」

 何を聞かれているのかわからなくて、困惑する。けれどコールが答えを待っているのがわかる。

「えっと……跪いています」

「あぁ、そうだ」

 そっと手の甲に唇を落とされる。優しい目で見られて、コールが何をしているのか気づいた。

「アラガスタの王を跪かせることができるのは、この世にクライスだけだ」

 周りの国が恐れる完璧な王が、価値がないと嘆く自分の前に跪いてくれている。

「クライス以外に絶対に跪くことはない。誓おう」

 何でか涙が出た。

「誰も跪かせることのできないアラガスタの王を跪かせるクライスの価値は、オレより高い」

 コールは絶対に嘘をつかない。嘘を吐くくらいなら、口を閉ざす人だ。

 本心から言ってくれているのがわかる。

「これでは価値にならないか?」

 きっとならないと言ったら、コールは他のものを用意する。必死に首を振っていた。

「なり、ます……なりま……す」

 泣きながら一生懸命口にすると、コールの腕に抱きしめられる。ぎゅっと抱きつき返すと、毎晩するように優しく抱き上げられて、ベッドまでつれて行ってくれる。

 横にされて唇が触れ合う。

「クライスにはどんなものとも比べられない程の価値がある。忘れるな」

 真っすぐ瞳を見られて、変わりたいと強く思った。自分のためにも、コールのためにも変わりたい。

「ゆっくり休め」

 昨晩のように、額に唇を落としてくれる。力強い腕に抱かれて、安心して瞳を閉じた。

 ふっと寒気がして目が覚めたのは、夜が明ける前だった。

「コール様?」

 声をかけるが返事はない。暖炉に火は入っているが、人がいる気配がない。

 何かあったのかと思い、慌てて起き上がるとベッドから何か落ちる。何かわからず拾い上げると、暖かい外衣だった。

 冬でも快適に過ごせそうなほど、もこもこしている。さらにベッドの上には皮袋に入った金貨と三人分の乗船許可証、さらにカイの許可証が置いてある。

「やっぱり知っていたんじゃないですか……」

 何も言わなくても、コールはセラスに誘われていることをわかっていたようだ。セラスの性格からして、コールには話していない。

 たぶん、クリースもクライスが誘われていることは知らないだろう。もし知っていたら、絶対にセラスを止めているはずだ。

 急いで服を着替えて、外衣を羽織る。とても暖かくて、着心地がいい。

 いつもは鍵をして寝るドアが、開いている。衛兵も静かに頭を下げただけで、何も言わない。

 外への扉も、開け放たれていて泣きそうになる。自由だと言ったコールの顔を、鮮明に思い出してしまう。

 きっとセラスは待っていてくれるはずだが、できるだけ急いで門に向かう。闇の中にうっすらと青が混じり始めて、夜明けが近いことを知らせている。

「クライス!」

 遠くに見えた人影が、手を上げるのが見える。すぐに手を上げて答えて、二人の元に到着する。

「お待たせ、セラス」

 なぜ来たのかというように、クリースが眉間にシワを作っている。

「セラスに誘われたんだよ」

 思っていることが顔に出ているから答えてやると、クリースがセラスを睨んでいる。

「先にクリースに話がある」

 聞きたくないとまた顔に出ているが、逃げないところを見ると聞く気はあるようだ。

「僕は何も奪われていないけど、もう何も奪いたくないと言うなら奪わないで欲しい」

「だから去ると言っている」

「ダメだよ。僕からたった一人の弟を奪わないで欲しい」

 自分もこんなに顔に出やすいのだろうかと、少し心配になる。何を言っているんだというクリースの顔は、見たことなくて思わず口元が緩む。

「見限られて当たり前の兄だけど、クリースの兄でいさせて欲しい。だから無視したり会わないようにするのは絶対に止めるように」

 びしっと言ってやると、驚いた顔をされる。そして信じられないことが起きた。

 クリースが声を出して大笑いしている。見ている事実が信じられなくて、セラスを見ると同じように驚いているのがわかる。

「はは、はははっ、やっぱり兄さんには敵わない」

 苦しそうになってまで笑うクリースが、初めて年相応の弟に見える。

「ありがとう、兄さん」

「こっちこそ、本当にありがとう」

 できてしまった距離を埋めるのは難しいが、努力すればきっと縮まっていくと信じている。

「それでクライス、本当にいいんだな?」

 セラスの問いに、しっかりと頷いた。
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