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第2章 従者の苦悩
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予想した通り、腕の中で目が覚めたクリースは何が起こったのかわからないという顔をした後、怒っていた。最初に抱きついてきたのはクリースであることは、言わないでおいた。
いくらクリースが怒っても、なぜか微笑ましく思えてしまう。
「わかったから、外衣をちゃんとかけろ」
なかなか言うことを聞いてくれないクリースの足を止めさせて、外衣をかける。不貞腐れているような表情も、心を許してくれているように思えてしまって少し困惑する。
「必要ないと言っている」
ボソッと言われて、苦笑する。けれど今までのように払い落すことはしなかったのだから、少しは進歩があったと思っていいだろう。
執務室まで送って、ドアが見える場所で待機する。執務室の前は小さな庭になっている。
吹き抜けになっている二階の廊下から繋がるテラスを、庭にしたものだ。ドアから見えるところに座っていれば、寝ていてもクリースが声をかけてくれるだろう。
流石に眠気が襲ってきて、目を閉じる。すると耳に誰かの足音が微かに聞こえる。
聞き覚えのある足幅だ。
「こんなところに何かご用ですか? ウェスラ王子」
本当なら立ち上がって礼を取らなければいけないが、ウェスラには必要ないだろうと思う。あまり礼儀を重んじていないのは、誰が見ても明らかだ。
「足音だけで私だと?」
「聞いたことがある足音でしたので」
「そんなに私を思ってくれているとは、君にも興味が湧いてきそうだよ」
とんでもない言い草に、心底嫌な顔をしてしまう。ウェスラにとって大事なのは、本当に自分が楽しいと思うかどうかだけなのだろう。
「そういえば、面白い話を聞いたんだよ。聞きたいかい?」
なぜか隣に座られる。
「ご遠慮したいですね」
「そう言わずに聞くといい。どうやらクリースは誰かと閨を共にしたらしい」
「……初耳です」
「記憶にはないと?」
「ございません」
どこからの情報なのか、問いただしたいのを我慢する。昨夜から朝まで、だれもクリースの寝室には近づいていないはずだ。
隣の部屋からも誰の気配も感じなかったし、寝室に入ってきた者はいない。どう考えてもおかしい。
「ふーん、まぁ、そういうならそういうことにしてあげようか」
「ウェスラ王子……少し近いかと」
どうしてか、距離が縮まっている気がする。
「君の瞳、よく見ると綺麗な色をしているね」
子供のように、ウェスラの興味は色々なものに広がっていく。けれど興味を持たれた側からすると、迷惑でしかない。
「それはどうもありがとうございます」
「うん、いいね。やっぱり今度は三人で楽しもう」
「だからご遠慮しますと申しました」
伸ばされたウェスラの手を振り払ってもいいのかどうか考える。クリースもこんな気持ちだったのかと思うと、少しきつく言い過ぎたかもしれないと感じる。
いま手を出せば、間違いなく城にはいられなくなる。クリースの従者ではいられないということだ。
「私の従者に触らないでもらえますか」
ウェスラの手を掴んで止めたのはクリースだった。
「クリース、会いたかったよ」
あっさりと手を引いたウェスラに、クリースも手を離す。
「まだご用がありましたか?」
「もちろんあるよ。今の私の興味の対象はクリースだからね」
「それはとても残念に感じますね」
「もしかして怒っているのかい? まさか従者に触ろうとしたからなんて言わないよね?」
聞かなくても、クリースがそんなことで怒るはずがない。わざとイラつかせようとしているのがわかる。
表情を変えないクリースから感情を引き出すには、怒りが一番簡単だ。セラスの場合には、引き出さなくても自然とクリースを怒らせてしまうのだが。
「……そうかもしれませんね」
意外な返答に、ウェスラが珍しく驚いた顔をする。正直、セラスも同じように驚いてしまった。
けれどすぐにウェスラに対しての仕返しだと気づく。案の定、ウェスラの笑みが変わるのがわかる。
けれど挑発されても相手にしないクリースにしては珍しい。
「はは、まさか兄弟で従者の取り合いでもしていたのかい?」
「ウェスラ王子が楽しいと思うようにご想像頂いて構いません。行くぞ」
一度も表情を変えないまま、クリースはさっさと歩いて行ってしまう。ウェスラに頭を下げて、後を追うとした時に見た表情に頭が痛くなる。
余計にウェスラの興味を引いてどうする気だと言いたい。
「おい、クリース!」
名を呼んでも止まらないクリースの腕を掴む。振り向いた表情は変わらないように見えたが、視線が冷たい気がする。
「本当に、馬鹿なのか」
急に何を言い出すのかと疑問に思う。どちらかと言うと馬鹿なことをしてしまったのは、クリースの方だ。
「まさかウェスラ王子に好意でも?」
一瞬で自分がクリースに言ったことを思い出した。転んでもただでは起きないというか、けっこう執念深いというか……。
ただクリースらしいと言えば、クリースらしい。
「挑発は買わない性格だろ。何で相手にするんだよ」
「……相手にした覚えはない」
「でもウェスラ王子は余計に興味を惹かれている」
「興味? どうせすぐに対象が変わる。放っておけ」
「ならいいけどな。ところで何でそんなにイラついている?」
「イラついてない。気のせいだろう」
少し距離が近づいたと思ったら、また離れたような気がする。微かな変化だが、ほんの少しだけむすっとしているのがわかる。
「というか政務はいいのか?」
執務室に入ってから、ほとんど時間が経っていない。
「フェデルの視察だ」
王都だけでなく、他の町への視察も定期的に行われている。クリースがよく遠征として城から離れていたのも、半分以上は視察だと聞いている。
よくクライスが羨ましいと話していたのを覚えている。
「セラスは部屋に戻って寝ていたらいい」
「どこの従者が視察に行く主人を放って、部屋で寝るんだよ」
「……勝手にしろ」
これはかなり機嫌が悪いようだ。ウェスラのことだけではなく、執務室でも何かあったのだろうか。
「ぼさっとしているなら、置いて行く」
振り返ることのない後ろ姿を見るに、本当に置いて行かれそうだと思った。
いくらクリースが怒っても、なぜか微笑ましく思えてしまう。
「わかったから、外衣をちゃんとかけろ」
なかなか言うことを聞いてくれないクリースの足を止めさせて、外衣をかける。不貞腐れているような表情も、心を許してくれているように思えてしまって少し困惑する。
「必要ないと言っている」
ボソッと言われて、苦笑する。けれど今までのように払い落すことはしなかったのだから、少しは進歩があったと思っていいだろう。
執務室まで送って、ドアが見える場所で待機する。執務室の前は小さな庭になっている。
吹き抜けになっている二階の廊下から繋がるテラスを、庭にしたものだ。ドアから見えるところに座っていれば、寝ていてもクリースが声をかけてくれるだろう。
流石に眠気が襲ってきて、目を閉じる。すると耳に誰かの足音が微かに聞こえる。
聞き覚えのある足幅だ。
「こんなところに何かご用ですか? ウェスラ王子」
本当なら立ち上がって礼を取らなければいけないが、ウェスラには必要ないだろうと思う。あまり礼儀を重んじていないのは、誰が見ても明らかだ。
「足音だけで私だと?」
「聞いたことがある足音でしたので」
「そんなに私を思ってくれているとは、君にも興味が湧いてきそうだよ」
とんでもない言い草に、心底嫌な顔をしてしまう。ウェスラにとって大事なのは、本当に自分が楽しいと思うかどうかだけなのだろう。
「そういえば、面白い話を聞いたんだよ。聞きたいかい?」
なぜか隣に座られる。
「ご遠慮したいですね」
「そう言わずに聞くといい。どうやらクリースは誰かと閨を共にしたらしい」
「……初耳です」
「記憶にはないと?」
「ございません」
どこからの情報なのか、問いただしたいのを我慢する。昨夜から朝まで、だれもクリースの寝室には近づいていないはずだ。
隣の部屋からも誰の気配も感じなかったし、寝室に入ってきた者はいない。どう考えてもおかしい。
「ふーん、まぁ、そういうならそういうことにしてあげようか」
「ウェスラ王子……少し近いかと」
どうしてか、距離が縮まっている気がする。
「君の瞳、よく見ると綺麗な色をしているね」
子供のように、ウェスラの興味は色々なものに広がっていく。けれど興味を持たれた側からすると、迷惑でしかない。
「それはどうもありがとうございます」
「うん、いいね。やっぱり今度は三人で楽しもう」
「だからご遠慮しますと申しました」
伸ばされたウェスラの手を振り払ってもいいのかどうか考える。クリースもこんな気持ちだったのかと思うと、少しきつく言い過ぎたかもしれないと感じる。
いま手を出せば、間違いなく城にはいられなくなる。クリースの従者ではいられないということだ。
「私の従者に触らないでもらえますか」
ウェスラの手を掴んで止めたのはクリースだった。
「クリース、会いたかったよ」
あっさりと手を引いたウェスラに、クリースも手を離す。
「まだご用がありましたか?」
「もちろんあるよ。今の私の興味の対象はクリースだからね」
「それはとても残念に感じますね」
「もしかして怒っているのかい? まさか従者に触ろうとしたからなんて言わないよね?」
聞かなくても、クリースがそんなことで怒るはずがない。わざとイラつかせようとしているのがわかる。
表情を変えないクリースから感情を引き出すには、怒りが一番簡単だ。セラスの場合には、引き出さなくても自然とクリースを怒らせてしまうのだが。
「……そうかもしれませんね」
意外な返答に、ウェスラが珍しく驚いた顔をする。正直、セラスも同じように驚いてしまった。
けれどすぐにウェスラに対しての仕返しだと気づく。案の定、ウェスラの笑みが変わるのがわかる。
けれど挑発されても相手にしないクリースにしては珍しい。
「はは、まさか兄弟で従者の取り合いでもしていたのかい?」
「ウェスラ王子が楽しいと思うようにご想像頂いて構いません。行くぞ」
一度も表情を変えないまま、クリースはさっさと歩いて行ってしまう。ウェスラに頭を下げて、後を追うとした時に見た表情に頭が痛くなる。
余計にウェスラの興味を引いてどうする気だと言いたい。
「おい、クリース!」
名を呼んでも止まらないクリースの腕を掴む。振り向いた表情は変わらないように見えたが、視線が冷たい気がする。
「本当に、馬鹿なのか」
急に何を言い出すのかと疑問に思う。どちらかと言うと馬鹿なことをしてしまったのは、クリースの方だ。
「まさかウェスラ王子に好意でも?」
一瞬で自分がクリースに言ったことを思い出した。転んでもただでは起きないというか、けっこう執念深いというか……。
ただクリースらしいと言えば、クリースらしい。
「挑発は買わない性格だろ。何で相手にするんだよ」
「……相手にした覚えはない」
「でもウェスラ王子は余計に興味を惹かれている」
「興味? どうせすぐに対象が変わる。放っておけ」
「ならいいけどな。ところで何でそんなにイラついている?」
「イラついてない。気のせいだろう」
少し距離が近づいたと思ったら、また離れたような気がする。微かな変化だが、ほんの少しだけむすっとしているのがわかる。
「というか政務はいいのか?」
執務室に入ってから、ほとんど時間が経っていない。
「フェデルの視察だ」
王都だけでなく、他の町への視察も定期的に行われている。クリースがよく遠征として城から離れていたのも、半分以上は視察だと聞いている。
よくクライスが羨ましいと話していたのを覚えている。
「セラスは部屋に戻って寝ていたらいい」
「どこの従者が視察に行く主人を放って、部屋で寝るんだよ」
「……勝手にしろ」
これはかなり機嫌が悪いようだ。ウェスラのことだけではなく、執務室でも何かあったのだろうか。
「ぼさっとしているなら、置いて行く」
振り返ることのない後ろ姿を見るに、本当に置いて行かれそうだと思った。
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