赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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三章『竜の慟哭と壁の町』編

第九話「新しい依頼」-2

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 彼女の口調は、どこか呆れてすらいるようだった。万能の【赤翼】たる彼女にとって、そもそも仕事を受けないという発想はないのだろう。

 現に、僕は彼女が依頼を断るところをほとんど見たことがない。あって数件、どれもが悪意の感じられる悪戯めいたものや、現在の受注状況から物理的に受けることのできないものであり、後者に関しては、名のある同業者を紹介したりもしていた。

 それが最強の万能屋であるという気負いから来るものなのか、困っている人をほっとけないという人の良さから来るものなのかは、まだ、僕には判然としていないのだが。


「とはいえ、やっぱりそこまで急ぎの依頼はないみたいね。あの腐れ神父に関係のありそうな依頼も無し。死霊術師が潜伏してるってことだから、幽霊騒動や屍者の目撃情報くらいはあるかと思ったんだけど、アテが外れたわね」

「……巧妙に隠れてる、ってことか?」


 死霊術は、色んな意味で悪目立ちする術式である。

 葬儀や鎮魂といった儀礼的なことは、一般的には教会に属する司祭たちの仕事だ。一般的に死霊術師はどこかおぞましい、それこそ人の霊魂を操り、従え、冒涜するような印象を持たれており、悲しいかな、大多数の死霊術師がその印象通りの存在であるというのが現状である。

 勿論、そうでない術師もいる。僕の父親などはそうであり、人の魂への理解を深めることで、死後の世界の存在を解き明かしたり、死んでしまった人々の魂に安寧を与えることを目的としていた。

 だが、ほとんどの術師にとっては魂も死体も、術式のための素材に過ぎない。

 屍者や死霊による不死の軍勢を率いようとする者。
 永遠の命を求める者。

 人によって目的こそ違えど、いずれも倫理的に認められる理由ではないだろう。そして、『素材』のために町や村を襲撃したり、あるいは、墓を暴いたりと、トラブルや事件の中心になることもしばしばある。

 そして、僕の知る限り、リトラ神父もそういう術師のはずなのだ。

 僕の生家を焼いたように、手段を選ぶことなく目的を果さんとする。だから、彼が沈黙しているこの状況は酷く不気味であり、決して油断することはできない。

 いったいどこに潜み、何をしようとしているのか。
 僕らにできるのは、気を抜かずに備えることだけなのだ。


「とは言っても、ずっと隠れてはいないでしょ」リタは顔色一つ変えずに言う。「この追いかけっこの鬼は向こうなんだから、いつかどこかで行動を起こす必要に駆られるわ。こんなのは、勝ちが決まった我慢比べなのよ」

「勝ちが決まったって……そう言い切れるのは、流石ってとこか」

「褒めても何にも出ないわよ。まあ、そんな感じだから当面は今まで通り――」


 ――と。
 そこで不意に、彼女の動きが停止した。手を止め、開いた口を閉じるのも忘れたままで、一枚の手紙に目を落としている。

 異変に気付いたのか、オレリアがその手紙を覗き込んだ。そして、微かに眉を寄せる。


「……ああ、そうだね。懐かしい名前だ。あんたと出会ってすぐのことだから、もう八年ほど前になるかね」

「……この人、あのことは知ってるの?」


 リタが、今までに聞いたことがないような不安げな声で尋ねる。
 オレリアはそれを一言で断じた。

「知らないだろうね。あいつとは連絡も取ってなかったみたいだし、たぶん、何も知らないと思う」

 そう。とだけリタは言った。そして、何かを考えこむようにして、手紙に何度も視線を這わせている。
 その瞳が震えているように見えたのは、気のせいなのだろうか。

 二人が何を話しているのか、僕にはわからない。『あの人』だとか『あいつ』だとか、一体何のことなのだろうか。

「どうする、リタ」オレリアが、気遣うように言う。「無理そうなら断ってもいいと思うよ。だって、これはあんたの仕事じゃないんだ。きっとあいつだって、それを許して――」

 そこから先を、リタは片手で制した。

「――やるわ。だってこれは、『赤翼』の仕事だもの」

 そうして、ゆっくりと席を立った。いつもは大きく見える背中が、どこか頼りなく見える。
 先ほどまで自信に満ちていたその目元が、ほんの少しだけ揺らいでいた。

 そして、その瞳にどこか迷うような色が浮かんだのは、気のせいだったのだろうか。

「ごちそうさま、オレリア。私は仕事の準備に入るわ」

 彼女はそれ以上、多くを語らぬまま席を立った。小さな背中が、より一層、普段の彼女からは考えられないほどに歳相応に小さく見える。

 立ち去る寸前、彼女は僕の方を振り返り、いつもよりも張りのない声で、小さく言うのだった。

「――あんたも、準備しなさい。十分後に出るわよ」

 どうやら彼女は今回も例に漏れず、僕を連れていくようだった。
 有無を言わさぬその様子に、普段なら悪態の一つも吐いてやりたくなるものだが――、

 ――なぜだろうか。今日は、そんな気になれなかった。

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