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変な男の人たち

既婚者 その3

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木村さんは私にとってはおじさんだった。

付き合いが長くなればなるほど、年の差を感じた。

やはり若い男の子と比べると腹が出ていたし、肌の感触も違った。そこはテクニックでカバーし、辛うじて均整が取れていたと感じる。

そして趣味がまったく違っていた。

おっさんなのでロックは聴かない、当然私の好きなミュージシャンなど誰一人知らなかった。

木村さんの思い出話で、ディスコで口でパチパチ弾けるお菓子でナンパした、と聞いて、いつの時代の話だ、と笑ってしまった。

しかし一度だけ、映画好きの私を映画に連れて行ってくれた事があった。もちろん木村さんは映画などには興味はなかったが、そこは無理をしてくれたようでとても嬉しかった。

いつも木村さんと会うのは夜だったので、昼間のデートはそれが初めてで、正直「誰かに見つかったらヤバいんじゃないか」とビクビクした。

コメディ映画だった。

日曜日の昼間の上映。
日曜日の昼間に木村さんに会ったことなどなかった。

木村さんは笑いながら映画を見ていたが
本来なら家にいるんだろうな、家族と過ごしてるんだろうな、とふと思った。

奥さんに見つかりやしないかとビクついていたが
確か木村さんの子供は7才と3才の二人。
今この時間、奥さんは一人で小さい子供の世話をしていて、映画館など来る暇はないかもしれない、と思った。

そこで初めて木村さんの奥さんに思いを馳せた。

奥さんは木村さんみたいに外で自由に遊べないだろう。
一人で必死に子育てしてるのだろうか。

木村さんが浮気したのは私だけではないはず。
木村さんはイケメンで金持ち。いやらしい誘い方もせずに上手く女心を掴む。モテるに違いなかった。不倫の常習犯だろう。これはもう前から分かっていた。

奥さんは恐らく薄々気付いているのではないか?

だったら今、何を思っているのだろう。

木村さんは、髪を振り乱して子育てや家事をしている30代の奥さんに女として魅力を感じないから、私みたいな若い子とエッチをするのか?

だったら奥さんの立場は?
奥さんの苦労は?

結婚って一体なんだろう?

映画を見ながら初めて罪悪感というものに襲われた。

自分は奥さんから木村さんを奪ってやろうという気もない。
情熱的に恋をしているわけでもない。
かと言って、木村さんとエッチしたいと熱望しているわけでもなく、ただ来る者拒まずで会えば一瞬の楽しい時間を刹那的に過ごすだけだった。

このままでいいのだろうか。

ただ、木村さんはやはり父親である。
優しく落ち着いていて、包容力みたいなのがあった。
激しい恋愛感情はなかったが、一緒にいると安心した。
これは他の男の人には感じたことはなかった。
だから多分彼を拒まず一緒にいたのだろうと思う。

結局、木村さんとは長い付き合いになった。
束縛もせず、家に来ても長居せず、私に一円のお金も出させず、彼と付き合うのはとても楽だった。
大学を卒業するまで2年も付き合ってしまった。


木村さんと別れよう、と決意したのは
ある晩の出来事だった。

木村さんは私の家に来ていた。
出張で泊まるって言ってあるから、と木村さんは私の家で一泊する予定だった。

午前2時。
寝ていた私の耳に飛び込んできたのは携帯電話で話す木村さんの声。木村さんはなぜかベランダに出て電話をしていた。

「だから、違うって、あいつが何言ったか知らないけど、俺は違う場所に行ったんだよ」

「今?サウナに来てるんだよ…え?電話番号?知らないよ、何でよ、違うって!」

私の家はサウナにされていた。

出張ではないことがバレたのだろう。
語気を荒げて誰かと話している。
一生懸命な言い訳。
ああ、奥さんと話しているんだな、と思った。

実際に木村さんが嘘をついている場面を目の当たりにして
寝たふりをしながら
いつもああやって嘘をついて私に会っているんだな
とぼんやり思った。

そして
人としてどうなんだろう、と思った。

結婚して家庭を持ち、幸せです、僕ちゃんと父親やってます、という顔をしておきながら
陰では若い女の子とやりたい放題

そんな虫のいい話があるだろうか

遊びたきゃ独身でいればいいのだ

木村さんとはもういいかな、そう思った。


ただ、木村さんと別れる理由がなかった。
結婚しているということが別れる理由にはもちろんなるが、ジェネレーションギャップがあること以外、特に木村さんに不満はなかった。

どんな理由で別れようか考えた。

不倫だから別れましょう、そんな正当な理由の他に、何かないとダメな気がした。





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