ミルクの香りは雨に濡れて

或井四十五

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雷鳴の夜に

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夏の夜。俺の両親は週末の旅行、隣の部屋の葵の両親は遠方の親戚の法事で、このマンションには俺たち二人きりだった。
激しい雷雨が、窓を激しく叩いている。
自室のベッドでスマホをいじっていると、深夜にもかかわらず、控えめに玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だ?
ドアスコープを覗くと、そこに立っていたのはパジャマ姿の葵だった。

ドアを開けた瞬間、俺は五感を一気に奪われた。

まず耳に届いたのは、玄関の外で叩きつけるような雨音と、それに混じる彼女のか細い声。「…お兄ちゃん…」という、蚊の鳴くような声だ。
次に視覚。廊下の無機質な照明に照らされて、彼女の全てが目に焼き付く。肩まで伸びたストレートの黒髪は、雨の湿気を吸って小さな顔にぺたりと張り付いている。いつもは快活な光を宿す黒目がちの大きな瞳が、今は不安そうに潤んで、俺をじっと見上げていた。服装は、白いコットンの半袖パジャマに短パンという、あまりにも無防備な格好だ。薄い生地が身体の線に張り付いて、下にブラジャーを着けていないこと、そして腕を上げた時に、華奢な鎖骨とうっすらと浮き出た肋骨の形までが分かってしまった。
そして、匂い。部屋の乾燥した空気の中に、雨の匂いと一緒に、彼女の香りが流れ込んでくる。それは風呂上がりだろうか、柑橘系の石鹸の香りと、彼女自身の、ミルクのような無垢な体臭が混じり合った、心をかき乱す甘い香りだった。

「ご、ごめん…お兄ちゃん…。雷、すごくて…怖くて眠れなくて…」

ゴロゴロ…!と、ひときわ大きな雷鳴が轟く。
葵の小さな肩が「ビクッ!」と大きく震えた。その華奢な身体を、衝動的に抱きしめて守ってやりたいと思った。
放っておけるはずがない。

「わかったから、とりあえず中に入れよ」

俺は葵を部屋に招き入れた。
部屋に入っても、彼女は落ち着かない様子で、俺の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。

「一人だと、怖いから…」

再び雷が鳴り響く。葵は「ひっ…!」と短い悲鳴をあげ、俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。パジャマ越しに伝わる、華奢な身体の感触と熱。俺は平静を装うのに必死だった。

「…お兄ちゃんのベッド…入ってもいい…? お願い…」

俺が頷くと、葵は待ってましたとばかりにベッドにもぐり込んでくる。そして、当たり前のように俺の隣のスペースをぽんぽんと叩いた。仕方なく俺もベッドに入ると、葵は安心したように身体を寄せてくる。

静寂の中、聞こえるのは雨音と、すぐそばで繰り返される彼女の小さな寝息だけ。
しばらくそうしていたが、安心したことで逆に別の不安が顔を出したのだろうか。葵が、潤んだ瞳で俺を見上げながら、ぽつりと呟いた。

「…ねぇ、お兄ちゃんはさ、やっぱり胸の大きい人が好きなんでしょ…?」

それは、彼女のコンプレックスから生まれた、あまりにも無防備で、あまりにも素直な質問だった。この一言が、俺たちの「兄妹」という関係を、今、終わらせようとしていた。
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