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第五章 怒れる騎士団長は妻の願いを叶えたい
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「ノマールって……」
「ああ、カスパル・トゥクル辺境伯の領地にあるエルラントだ。あそこに、ヴァルディエ公爵の秘密があると睨んでいる」
「まさかっ」
リーゼは驚いて声をあげた。
「そんなものはないと知っているのか?」
彼は何か誤解している。しかし、もし、誤解じゃなかったら……。
「……エルラントにはいまだ、お父さまの管理する農民たちがいるのではありませんか?」
「そうだ。だからこそ、行くのだ。農民たちが何かを知っている可能性がある」
「レナート様が明日、エルラントへ向かうということを、お父さまはご存知ないですよね?」
「もちろんだ。しかし、あなたは手紙を入れ替えなかった。あなたの裏切りは直に明るみになる」
「では……、レナート様の動きを知ったら、お父さまは……」
「先回りして、エルラントの民を根絶やしにする可能性はある」
「そんな……っ」
リーゼは取り乱し、首を振った。
「エルラントの民は関係ありませんっ! お父さまの秘密なんてないはずですっ」
「なぜ、そう言える?」
「……わかりません」
「わからないなら……」
「でも、エルラントが攻撃されるようなことがあれば、リヒトも助かりませんっ」
リーゼは叫んでいた。
もう、隠し通せなかった。一番守りたいと思っていた弟を、自らの手で死に追いやる判断をしてしまった事実からはもう目を逸らせない。あの手紙をすり替えていたら、助けられたのに……。
絶望で青ざめた顔を、リーゼは両手で覆った。もう、どうしたらいいかわからない。
「リヒトとは?」
リーゼの手首をつかんで引き剥がし、シルヴィオは真剣な目で尋ねた。
「言えっ!」
「……リヒトは……弟です」
「弟だと? ヴァルディエ公爵に子息はいないはずだ」
シルヴィオは困惑したように眉を寄せた。
「違います……。13年前に生き別れになった、私の実の弟です。実は……お父さまから、これが送られてきたんです……っ」
リーゼは震える手で胸もとから血の付いた真鍮のロケットを取り出した。
「なんだこれは?」
無残に引きちぎられた鎖と、こびり付いた血痕を見て、シルヴィオの顔色が変わる。
「母がリヒトに持たせたペンダントです」
「どういうことだっ? わかるように話せ」
「お父さまはリヒトを人質にしています。今回、私が失敗したら、リヒトの命はないと……そう知らしめるために、このペンダントをフィンに持たせたんです……」
シルヴィオは頬をぴくりと動かし、悔しげに唇を噛むと、呆然とするリーゼを強く抱きすくめた。
「あなたは弟の命を盾に取られながら、それでも俺を裏切らなかったのか……」
「私が一人で、助けてあげられると思っていたんです」
リーゼはそっと腕を伸ばし、シルヴィオの背中に手を回した。
「でも……助けてあげられませんでした」
(シルヴィオ様を愛してしまわなければ、こんなことにはならなかったのに……)
リーゼの絶望が伝わったのか、シルヴィオも強く彼女を抱きしめ返す。
「あなたのことは必ず、俺が守る。そして弟もだ」
「……リヒトも?」
顔を見上げると、彼ははっきりとうなずいた。
「教えてくれ。あなたの弟はエルラントに?」
「……わかりません。でも、お父さまは紛争の最中、エルラントから私だけを王都へ連れてきました。だから、エルラントにまだいるのではと」
「暁の反乱の話をしているのか?」
「暁の……反乱?」
「ああ、13年前に起きた、暁の紋章を掲げる反乱軍ヨハン・ノイエルの反乱をそう呼ぶ。ならば、あのときの捕虜はいまだエルラントにいるはず」
「ほ、本当ですか?」
「可能性は高い」
シルヴィオは素早く立ち上がると、こぶしを握った。
「エルラントへ向かう」
「シルヴィオ様、お一人で? お父さまに知られたら……!」
「心配するな。ヴァルディエ公爵はレナートに足止めしてもらう」
ギリギリと歯ぎしりをしながら部屋を出ていこうとするシルヴィオの背中を、リーゼは引き止めた。
「シルヴィオ様っ!」
「まだ何かあるのか?」
リーゼはつばを飲み込むと、意を決して告げた。
「……ヨハン・ノイエルは私の実の父です。父は反乱軍の首領ではありません。何者かに罪を着せられたのです」
シルヴィオは目を見開いたが、グッと表情を引き締めた。
「わかった。その汚名も、俺が必ず晴らしてみせる」
彼はすぐさま部屋を飛び出すと、執事のシモンを呼びつけ、すぐにやってきた彼に命じた。
「今すぐ、リーゼをレナートの屋敷へ連れていけっ!」
「奥様おひとりで……でございますか? 旦那様は……」
「俺はすぐにエルラントへ向かう。事の詳細は、リーゼからレナートに話す」
おろおろと戸惑いながらも、シモンは立ち去る。そしてシルヴィオは、不安げなリーゼに向き直り、言った。
「レナートは俺の命の恩人であり、最も信頼できる人物だ。絶対にあなたを守ってくれる。信じて待っていてくれ」
その言葉に、リーゼも覚悟を決めて涙を拭い、大きくうなずいた。
「はい。あなたを信じて、待っています」
「ああ、カスパル・トゥクル辺境伯の領地にあるエルラントだ。あそこに、ヴァルディエ公爵の秘密があると睨んでいる」
「まさかっ」
リーゼは驚いて声をあげた。
「そんなものはないと知っているのか?」
彼は何か誤解している。しかし、もし、誤解じゃなかったら……。
「……エルラントにはいまだ、お父さまの管理する農民たちがいるのではありませんか?」
「そうだ。だからこそ、行くのだ。農民たちが何かを知っている可能性がある」
「レナート様が明日、エルラントへ向かうということを、お父さまはご存知ないですよね?」
「もちろんだ。しかし、あなたは手紙を入れ替えなかった。あなたの裏切りは直に明るみになる」
「では……、レナート様の動きを知ったら、お父さまは……」
「先回りして、エルラントの民を根絶やしにする可能性はある」
「そんな……っ」
リーゼは取り乱し、首を振った。
「エルラントの民は関係ありませんっ! お父さまの秘密なんてないはずですっ」
「なぜ、そう言える?」
「……わかりません」
「わからないなら……」
「でも、エルラントが攻撃されるようなことがあれば、リヒトも助かりませんっ」
リーゼは叫んでいた。
もう、隠し通せなかった。一番守りたいと思っていた弟を、自らの手で死に追いやる判断をしてしまった事実からはもう目を逸らせない。あの手紙をすり替えていたら、助けられたのに……。
絶望で青ざめた顔を、リーゼは両手で覆った。もう、どうしたらいいかわからない。
「リヒトとは?」
リーゼの手首をつかんで引き剥がし、シルヴィオは真剣な目で尋ねた。
「言えっ!」
「……リヒトは……弟です」
「弟だと? ヴァルディエ公爵に子息はいないはずだ」
シルヴィオは困惑したように眉を寄せた。
「違います……。13年前に生き別れになった、私の実の弟です。実は……お父さまから、これが送られてきたんです……っ」
リーゼは震える手で胸もとから血の付いた真鍮のロケットを取り出した。
「なんだこれは?」
無残に引きちぎられた鎖と、こびり付いた血痕を見て、シルヴィオの顔色が変わる。
「母がリヒトに持たせたペンダントです」
「どういうことだっ? わかるように話せ」
「お父さまはリヒトを人質にしています。今回、私が失敗したら、リヒトの命はないと……そう知らしめるために、このペンダントをフィンに持たせたんです……」
シルヴィオは頬をぴくりと動かし、悔しげに唇を噛むと、呆然とするリーゼを強く抱きすくめた。
「あなたは弟の命を盾に取られながら、それでも俺を裏切らなかったのか……」
「私が一人で、助けてあげられると思っていたんです」
リーゼはそっと腕を伸ばし、シルヴィオの背中に手を回した。
「でも……助けてあげられませんでした」
(シルヴィオ様を愛してしまわなければ、こんなことにはならなかったのに……)
リーゼの絶望が伝わったのか、シルヴィオも強く彼女を抱きしめ返す。
「あなたのことは必ず、俺が守る。そして弟もだ」
「……リヒトも?」
顔を見上げると、彼ははっきりとうなずいた。
「教えてくれ。あなたの弟はエルラントに?」
「……わかりません。でも、お父さまは紛争の最中、エルラントから私だけを王都へ連れてきました。だから、エルラントにまだいるのではと」
「暁の反乱の話をしているのか?」
「暁の……反乱?」
「ああ、13年前に起きた、暁の紋章を掲げる反乱軍ヨハン・ノイエルの反乱をそう呼ぶ。ならば、あのときの捕虜はいまだエルラントにいるはず」
「ほ、本当ですか?」
「可能性は高い」
シルヴィオは素早く立ち上がると、こぶしを握った。
「エルラントへ向かう」
「シルヴィオ様、お一人で? お父さまに知られたら……!」
「心配するな。ヴァルディエ公爵はレナートに足止めしてもらう」
ギリギリと歯ぎしりをしながら部屋を出ていこうとするシルヴィオの背中を、リーゼは引き止めた。
「シルヴィオ様っ!」
「まだ何かあるのか?」
リーゼはつばを飲み込むと、意を決して告げた。
「……ヨハン・ノイエルは私の実の父です。父は反乱軍の首領ではありません。何者かに罪を着せられたのです」
シルヴィオは目を見開いたが、グッと表情を引き締めた。
「わかった。その汚名も、俺が必ず晴らしてみせる」
彼はすぐさま部屋を飛び出すと、執事のシモンを呼びつけ、すぐにやってきた彼に命じた。
「今すぐ、リーゼをレナートの屋敷へ連れていけっ!」
「奥様おひとりで……でございますか? 旦那様は……」
「俺はすぐにエルラントへ向かう。事の詳細は、リーゼからレナートに話す」
おろおろと戸惑いながらも、シモンは立ち去る。そしてシルヴィオは、不安げなリーゼに向き直り、言った。
「レナートは俺の命の恩人であり、最も信頼できる人物だ。絶対にあなたを守ってくれる。信じて待っていてくれ」
その言葉に、リーゼも覚悟を決めて涙を拭い、大きくうなずいた。
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