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本編

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「お嬢様、そろそろお部屋にお戻り下さい。夜風に当たり過ぎると身体に毒です」

 古参の執事がそうリラに声を掛けに来る。その傍らには御者もいた。

 リラは慌ててエドワルドから身体を離す。もう足に力も入るようになった為、よろめきそうになりながらも、何とか一人で立つ事が出来た。

 エドワルドは一応、直ぐに支えられるようには腕を添えていたが。


「そっ、そうしますわ。それではエドワルド様、一週間後に」


 たちまちリラは無表情になり、何事もなかったかのように振る舞われ、少々残念な気持ちになるエドワルド。

 だが、エドワルドがリラに挨拶をしようとした時、リラが少しだけ下を向き、考え込むような動作をした為、首を傾げて待っていると、


「……会いに来て下さって有難う御座います。次に会えるのを、とても楽しみにしてますわ」


 エドワルドにだけ聴こえるような小さな声で、本当に嬉しそうな表情かおを見せる。

 それは、エドワルドが二年前、初めてリラに心惹かれた表情だった。あの時に見ていた言葉とは違うけれど、今度はエドワルド自身に向けられた表情もの。心臓を鷲掴みにされたと感じたあの笑顔だった。

(彼女の作った焼き菓子とお茶を口にし、正直に美味いと言った時にも、少しだけ垣間見えたあの笑顔。私が向けて欲しいと、間近で見たいと思っていたあの笑顔だ……)

 エドワルドは食い入るようにリラを見ているが、リラはその事に気付いていない。

(……彼女が執事の方に顔を向けていなくて良かった。エヴァンス家の使用人は彼女のこんな表情を知っているだろうが、私の家の者は違う。結婚前にうっかり見られて、他の場所で噂になんてなれば面倒事が増えるだろう。勿論、どれ程面倒が増えようが、私は彼女に手を伸ばそうとする輩を断じて許さないがな)

 エドワルド自身は使用人との信頼関係に問題は無いが、新しい女主人の可愛さを知れば、自慢したくなるのが通常だ。エヴァンス家の使用人は、身内の中でだけ自慢して、外には一切漏らさないと言う徹底振りだが。

 結婚後なら、大いに自慢してくれても構わないが、結婚前だと邪魔者が腐る程いるだろう。ただでさえ、エドワルドの婚姻を良く思わない輩が多いのだ。リラが相手だからだと言うのではなく、好条件のエドワルドは、自身の身内にと思う輩が多いからだ。

 誰の物にもならないなら許せるが、他家の娘に取られるなんて、その家の繁栄を許す事と同義であると。

 はっきり言って、エドワルドには迷惑な話だ。他力本願な上、エドワルドの意思は全く無いと言う自己中な輩の身内等、どれ程の美女だろうとろくな者ではない。喩え真面だとしても、エドワルドの意思が無い時点で論外だ。

 エヴァンス家にはジーンがいるが、それでもリラに危害を加えようとする者がいるかも知れない。

 早々にジーンと手を組む必要がありそうだと、エドワルドは敵になりそうな者達を、頭の中で全員纏め上げ、リラに寄り付くかも知れない害虫の撃退法と共に殲滅する方向で、考えうる限りの手段を頭に思い浮かべた。

*****

 ※補足として、二年前に王立図書館でリラを見掛けたエドワルドは、少し離れた場所でリラを見ていたので、二年前に見ていた言葉とは、リラが口元で呟いていた言葉。聞こえてはいないが、見えていたので口の動きで何を言ったのかは解ってます。
 その少し前に他の令嬢と話していた為、話し合いを見聞きして、噂通りと勘違いしかけたと言う事です。
 エドワルドは死角になる場所にいた為、リラは全く気付いていませんでした。
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