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第10話 魔王様、ご飯ですよ!

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「ミルド様~、ご飯が出来ましたよ~」

 目頭を押さえて一休みしていると、エレナからお呼びがかかった。いつの間にか結構時間が経っていたようだ。思えばここには時計もない。

「今行く~」

 日の当たらない地下では時間の経過が掴みにくい。ましてこの世界には正確な時計すらもまだない。元の世界の体感で話しているが、もしかしたらとんでもない時間が過ぎている可能性もある。

「エレナ、ふと思ったのだが時計が欲しいな」
「でしたらまず、キッチンタイマーが欲しいのですが……」

 えーと、時計とキッチンタイマーってどっちが構造として簡単なんだ? さすがにキッチンタイマーか? ニホンに転生する前は当然意識なんかしていなかったが、そもそも24時間の概念はチキュウと一緒なのか?

「ううううむ……。最初の人生では何にも疑問に思わなかったのだが……」

 元居た世界のはずなのに、ニホンを経験してしまったが為に、むしろこちらの方が異世界に感じてしまう。

「よし決めた。俺は明日一日外で過ごすぞ! 隠密の結界の中で! 空気穴に日が差し込み次第スタートだ!」

 そうすれば、ニホンとの感覚のズレのあるなしぐらいはわかるだろう。多分。

「そうですね。時間を知る事、それがもしかしたら時空魔法のヒントになるかもしれませんし!」
「おお! 良いこと言うな! エレナ! そうと決まれば、今は飯だ! いただきます!」
「どうぞ召し上がってくださいな」

 今日の晩御飯は、少し焦げたパンと味噌汁、そして謎肉のステーキだ。いかにも珍妙な組み合わせだが、ニホン食はさすがに無いものねだりが過ぎるだろう。味噌汁を用意してもらえるだけでもありがたい。エレナが居て本当に良かった。

「うまい! うまいぞ!」
「あり合わせで作った割には上手くいきました」

 手ごたえを感じているのか、わずかに微笑むエレナ。

「素晴らしい腕前だ! ニホンで何かやっていたのか?」
「いえ、一般家庭の主婦でしたが、趣味で色々と調べて作ってはいましたね」

 なるほど。蛇神よりは良い人生を送れたようだ。まぁ、聞いてる限りこちらの人生よりハードな生き方はあの時代のニホンじゃ難しいだろうが。などと考えている内に今日の夕食は完食。

「ごちそうさまでした!」

 食事は良い。特に誰かと囲む食事は格別だ。大魔王なんかやってると誰も寄り付かなくなるからな。

「御粗末様でした」
「では、俺は研究を続けてくる。何か困ったことや要望があればすぐに言ってくれ」
「畏まりました」

 ウーム、何か堅苦しいな。だがまぁこちらの世界の序列の関係上、敬語を省略するのもなぁ。あくまで上司と配下。お友達でもあるまいし。俺としてはそんな壁取り払ってもいいのだが。

 まぁいい。とにかく研究研究だ。こちらの世界で出来る事をコツコツと。俺は皿を片付けると自室に戻った。

「ブブブッ」

 ん? ドローンからの念話だ。危うく存在を忘れるところだった。どれどれ、奴の視界を繋げてみるか。お? 勇者一行を見つけたか! ここは奴らの馬車の上空のようだな。この景色は……、なるほど。エンドヴァルドの北端から魔導船で帰るのか。あ、魔獣! やっぱりまだいるのか。それもそうだな。奴らは俺の影響で存在していたわけじゃないしな。野営の準備をしているところを運悪く襲われたわけか。魔王との決戦後も戦闘を強いられるとは哀れな事だ。これで死んだりしたら目も当てられない。

 ……いや、むしろ死んでもらっては困る。奴らを攻略する落とすのはこの俺だ。あんな雑魚モンスターでは断じてない。しかし、いくら恋しちゃったからって魔王が元配下を滅していいものだろうか。アイツらは俺の命令を忠実に守っているだけなのに。いや、待て。そもそも滅する手段が無いぞ? 今からじゃ飛んで行っても間に合わないし。

 あーーーーーー、どうしよどうしよ!! 立場が微妙過ぎる!!

 あ、アレコレ悩んでる間に普通に勇者一行が倒した。いや、心配し過ぎたか……? 神に愛されているとしか思えないあいつらが高々魔獣ごときにやられるわけない……のか? しかし奴らも人間である以上、疲弊することは避けられまい。何よりこの大魔王と一戦やらかしているのだから。俺が言うのもなんだけど、結構手ごたえはあったから。

 うん、マズいな。これはマズい。超速移動術の完成を急がねば。そうだ。今夜は徹夜だ。モノのついでだ。明日からなんて悠長な事言わず、今から時間の感覚を確かめてみよう。思いついたら即実行!

「エレナ~! さっき言ってた研究、もう始めるから! ちょっと外出てくる!」
「はーい! 畏まりましたー! お気を付けて~」

 エレナはエレナで自分の研究に没頭しているのか壺の様なものを作っている。今後の食事に期待が高まるが、今は一旦おいておこう。

 俺は墓の下から飛び出すと、すぐさま認識を阻害する結界を張り、山の様な魔導書と共に引きこもりを始めた。外は美しい月夜だ。この世界にもこんな美しい情景があったのだな。魔王をやっていたころには気付かなかった。いや、よしんば気付いたとしても美しいと感じる心が無かっただろう。月見酒でも一杯……と行きたいところだが、今は一刻を争う。研究開始だ。

「うむ。移動速度を上げるには肉体の強化より魔法による推力の強化の方が効率がよさそうだ。後は魔力の消費効率との綱引きだが――」
「――そうか、魔力を効率的に変換すれば――」
「飛翔魔法のここをこうして――」
「そもそも魔法とは――」
「ん? そういえば俺はどうやって地獄の業火を――」

 そうして、朝日が昇り、エレナからお呼びがかかった。

「ミルド様~! ご飯できましたよ~! あれ? どちらにいらっしゃるのでしょう?」
「ここだ」

 認識阻害の結界を解くと、俺はエレナを伴ってすぐに地下城へと引っ込んだ。まだ、この世界のだれかに見つかるのはマズいからだ。

「エレナ。分かったぞ。魔法の本質が」
「本質――と申しますと?」
「ああ、だがまずはこのエレナの作ってくれた朝食を頂こう。もう腹が限界だ」

 俺は、エレナの作ってくれたサンドイッチと紅茶によく似た香りの飲み物を口に含んだ。
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