神なのか?

モモん

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第一章

第9話 ローズマリーは気が付いた

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 マリーは料理をしながら考えていた。
 小国とはいえ、公爵家メイド長という肩書は自分にとって重荷だった。
 確かに公爵家に仕えて30年。
 男爵家の末娘として教育を受けた自分にとって、そう評価されたのは誇ってよいのだろうが、自分は料理や裁縫が好きなだけなのだ。
 いくつになっても、人を使うというのは楽しい事ではない。
 むしろ苦痛だった。
 
 人から向けられる羨望や嫉妬。侮蔑や中傷といった感情を向けられるのは自分の心を蝕んでいく。
 
 そんな中でも、11年前に産まれたベアトリスお嬢様は、自分に信頼を寄せてくれた。
 自分の娘のように感じる事もある。
 泣けば抱いてあやし、食事を食べさせて寝かしつける。
 やんちゃな時期を乗り越えた後は料理や菓子作りに興味を持って、毎日のように料理を教えてくれと自分の元にやってくる。

 上位貴族が趣味で覚える料理や菓子作りというのは、使用人の下処理した材料を使って調理するだけなのだが、彼女は全部を覚えたがった。
 包丁を使って皮をむき、小麦粉も自分の手で捏ねる。
 手に切り傷をつけるような趣味を婦人は許さなかったが、それでもベアトリスお嬢様の頑固さに負けて黙認してくれた。
 やっと包丁の使い方にも慣れてきた矢先だった。

 屋敷に放たれた火はあっという間に燃え広がった、
 運悪く風邪で熱を出したお嬢様はベッドで寝ており、自分が駆けつけた時にはベッドの中で炎に包まれていた。
 彼女を助けるために、自分も軽くはない火傷を負ってしまったが、比較にならないほど彼女は悲惨な状況だった。
 毎日梳いていた金色の髪は半分焼け焦げ、夢中で逃がせた寝巻の下の肌は無残に焼け爛れていた。
 裸にした彼女を抱いて2階の窓から飛び降り、包囲していたおそらく敵の兵士に助けを求めた。

 その兵士は彼女の願いを聞き入れて救護班のところに連れて行ってくれ、二人で治療を受けたのだが、お嬢様には軟膏が塗られただけだった。
 この隊には治癒魔法師はいないと残念そうに告げられた。
 それでも、清潔なシーツでお嬢様の体を包み、私たちは捕虜として連行されて奴隷商に引き渡された。

 私の目から見ても、助かる見込みのないお嬢様と一緒に引き取ってくれた奴隷商には感謝しかない。
 そして、私の願いを聞き届けて、お嬢様も一緒に引き取ってくれたご主人様。
 お嬢様を看取ったあとは、この新しいご主人様のために全てを捧げよう。

 だが、お嬢様の物語はまだ終わりではなかった。
 目の前で見せられた奇蹟の治療術……
 キラキラした光がお嬢様の全身を包み込み、その光の中から現れた姿は、教会の壁画に書かれた天使のようだった。
 焼け焦げた金髪までもが元のままだった。
 
 私はこの奇蹟に出会えた事を、神に感謝した。

 次に、ご主人様は私も全裸になれと命じられた。
 二人の獣人の子供と一緒に……
 正直なところ、恥ずかしかった。
 もう、昔のように張りのある体ではない。
 人に見せられるような奇麗な体ではないのだ。
 それでも裸になり、胸と秘部だけを両手で隠していたら、私の体もキラキラした光に包まれた。
 横を見ると、獣人の子供達も光に包まれていた。

 光が治まった時、火傷は消えていた。
 手の痙攣も治まっている。
 それどころか、欠損していた子供の足や指が生えていた。
 治療とか治癒とかいうレベルの話しではない。
 これは奇蹟なのだ。
 この人は神様に違いない。
 私はそう確信した。

 それから食事をして、風呂に入った。
 お湯に浸かる風習の事は聞いたことがあるが、自分が体験できるとは思わなかった。
 温かいお湯はこの数日の苦しかった時の記憶も解してくれる気がした。
 ベアトリスお嬢様も穏やかな表情で隣にいる。
 このお湯はとてもいい香りがした。
 それに、潤いを与えてくれるような気がする。
 年齢とともに失われていった肌に、張りと艶が戻っていく感じだ。
 髪を洗ったときにはシャンプーという洗髪石鹸が目に染みたが、ボディーソープも泡立ちがいい。
 子供たちも泡を付けあって遊んでいる。

 その時になって、気が付いた。
 なぜこんなに、昼間みたいに明るいのだろう。
 天井を見ると、太陽ほど眩しくないが、ランプとは比べものにならない光を放つ、宝石のようなものがついている。
 だけど、ここは神様の家なのだ。
 全て、そのまま受け入れればいい。

 部屋に戻ってベッドに入ると、お嬢様が潜り込んで抱きついてきた。
 奴隷として買われた私たちだけど、あの方はそういう目で私たちを見ていない。
 むしろ、家族を見るような優しい目で見てくれる。
 15才前後くらいなのに、ご自身でこれだけの家をお持ちなのだ。金銭的な不自由はないのだろう。
 だったら、私は全力であの方を支えよう。

 もし、体を求められるなら、喜んで……えっ、何だかドキドキしている……
 もし……こんな年齢でなかったら……な、何でドキドキが止まらないの……

◆ ◆ ◆

「職員が失礼な事を申しました。」

 男は都の公共事業課の課長で、シシヤール・ドノバンと名乗った。
 男爵だという。

「いえ。誠実に対応してくれれば、俺も話しを聞きますよ。」

「実は帝都の事業で、南都まで直行で往復する蒸気機関の設備を作る計画があり、その条件整備をしろという指示がきました。」

「……もしかして、鉄道ですか?」

「鉄道とは?」

「……昔、友人から聞いた話しなんですが、鉄で専用の道を作って、その上を走らせる蒸気機関の乗り物を国に提案してみたいと言ってましたね。」

「私も詳細は知りませんが、鉄で道を作るとなると、相当大変な規模の工事ですね。」

「道の全面に鉄を敷設するのではなく、こういうレールというもの2本を等しい幅で敷設するんです。これなら、都市でレールを作って敷設するだけですからね。」

 彼は絵にかいて男爵に説明している。
 動力車に、客車や貨物車等種類の違う車両を引かせたり、2組のレールを敷設して一方通行にする等の鉄道の構想だ。

「ふむ、興味深いご見識ですね。」

「もし鉄道だとすると、なるべく勾配の少ないルートを考える必要がありますから、ここから帝都に敷設するなら、東を流れるアルーラ川沿いに北へ向かうルートが理想的でしょうね。」

 彼はリュックからドルト帝国の地図を出して想定されるルートを指で示した。

「そうすると、整備が必要なのは東側ですね。」

「はい。町の北側にある私の家を起点にすると、すぐ北に山がありますし不自然だと思います。まして、このルートを選ぶなら東を通過してここまで線路を伸ばすのは無駄ですよね。」

「……実は、このプロジェクトの責任者に指名されたエキュルバー伯爵が、この一件に乗じて利権を得ようとしていると情報が入っているのですが……」

「もしかして、商業ギルドが運営してるタマゴですか……」

「その可能性が高いかもしれません。何しろ、繁殖期でもないのに見たことのないタマゴが市場に出回っていると騒ぎになっていますからね。」

「まあ、立ち退いたとしても何も残さないつもりですけどね。ところで、立ち退き料が金貨5枚ってのはマジなんですかね?」

「最低保証が金貨5枚ですよ。あの敷地と城外の開拓地、建物の状態などを査定していけば、最低でも金貨100枚くらいまで増えるかもしれませんが、建築年数は古いみたいですし、最近購入されたようですから購入費用が妥当なところでしょうか。」

「なるほど、それなら納得できますね。」

「ただ、先ほど申し上げたように、個人の利権を絡めようとしている疑惑がありますので、少し返事は伸ばしていただけませんか。」

「いいんですか?」

「私は、都の監査官でもありますので、不正は許しませんから、ご安心ください。」



【あとがき】
 ドルト帝国の腐敗
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