縄文の女神 -異世界なんてないんだよ-

モモん

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第二章

第5話 カナ

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「なあ、人がいたとして、言葉は通じるのかよ?」
「それについては、多分……としか言えないね。」
「なんだよ、心細いな。」
「考えてみてくれよ。日本で系統だった文字が使われだしたのは、西暦500年代だろ。」
「仏教の伝来っすね。」
「ああ。それ以前の文字っていうのは、神代文字とか石に刻まれたものが多少あるんだけど、記録として残っているわけじゃない。それ以前に言葉は存在したんだけど、それって奈良を中心としたヤマト朝廷の言葉だと思うんだ。」
「タマトタケルの時代だな。」
「そう。それに対して、東北は倭の国と呼ばれていたって学説もある。」
「倭の国って日本のことじゃねえのかよ。」
「俺もそう思っていたんだけどね。少なくとも、東北人はヤマトから蝦夷(えみし)って呼ばれていて、別の集団だったって事だね。この両者が同じ言葉を使っていたのかどうかも定かではないんだけど、縄文時代に全国的な交易が行われていたって考えると、意思の疎通は可能だったんじゃないかってことなんだよね。」
「今でも、ガチの方言使われると意味わかんないっすよね。」
「ただ、文法的には今の日本語と同じじゃないかって考えているんだ。」
「文法っすか。」
「うん。例えば、私は本を読む、これは主語・目的語・述語の順番だよね。これに対して英語なんかだと、私は読む本をとなって、こちらは主語・述語・目的語ってなってて、世界の中でも日本語の方が特殊なんだ。」
「いわれてみれば……」
「だから単語さえ聞き取れれば、意味はなんとなく理解できるんじゃないかな。」
「あとは身振りと手振りで何とかするしかないっすね。」

 小高い丘を上ると、その先は半分林になっており、50m弱くらいの池が二つ。池の間は50m程の平地があり、流れる小川の上に丸木橋が渡してあった。池の向こう側に3軒萱葺(かやぶき)の小屋も見える。
「高床式には見えないから、多分竪穴式住居だね。やっぱり縄文時代みたいだよ。」
「家の横は畑みたいっすね。あっ、畑の中に人がいるっすよ。」
「よし、いってみようか。」
「なんか、未知との曹禺みたいで緊張するな。」
 俺たちは丘を下り、雑草の中を進んで丸木橋をわたる。そのあたりで畑の人物もこちらに気が付いたようだ。畑の人物は少女のようだ。こちらをじっと見ている。俺は敵意のないことを知らせようと手を振った。
「何やってるんっすか?」
「いや、敵意のないことを示そうとして……」
「なら、そんな引きつった顔してないで、笑った方がいいと思いますよ。リュウジさんも。」
「こ、こうか……」
「あーあっ、なんか、ぎこちないっすよ。こ・ん・に・ち・わ~!」
「うわっ、突然でかい声出すなよ。びっくりするじゃねえか。」
「あっ、ほら笑ってるっすよ。」
 丸木橋から少し坂を上り畑に近づくと、いきなりワンワンワン!と犬が駆け寄ってきた。ハクとシェンロンがグルルルッと臨戦態勢に入る。
「あっ、マテ!」
 二匹はその場で停止する。
「あの犬……なんかヘンじゃね?」
「そうっすね……顔がなんか……」
「俺も実物を見るのは初めてなんだけど、あれが縄文犬の特徴だよ。額から鼻までまっすぐなんだ。現代犬と比べると、目のところのくぼみがないんだよ。」
「へえ、じゃあネコはどうなんだ?」
「この時代、ネコはまだいないんだ。ネコが大陸から入ってくるのは仏教と同じ頃だっていわれている。」
 縄文犬は畑から出てきた少女に抑えられていた。といっても尻尾が股間の間に隠れてハクとシェンロンに怯えているのは一目瞭然だった。柴犬と同じくらいの縄文犬に対して、ハクとシェンロンはゴールデンレトリーバー程の大きさに育っている。
「××××××。」
 少女が何か言ったが聞き取れなかった。
「驚かせちゃってごめんね。この二匹はオオカミだからその子もビックリしたんだろ。」
 なるべくゆっくりと話す。
「オポカムイ?×××××××××××。」
「そう、オポカムイ。大丈夫だよ。飛び掛かったりしないから、ハク、シェンロンおいで。」
 ハクとシェンロンは俺の横にゆっくりと近づいてくる。縄文犬は可哀そうなくらい怯えている。俺は屈みこんでハクとシェンロンを両手で撫でてその手を縄文犬の鼻先にゆっくりと近づけていった。縄文犬は恐る恐る手のにおいを嗅いでいる。
「×××プレテ××××××××?」
「うん、大丈夫だよ。撫でてあげてよ。」
 少女はハクとシェンロンの前にしゃがみこんで恐る恐る二匹の頭に手を伸ばす。
「委員長……この娘……パンツ履いてないっすよ……」
 少女が着ているのは、ノースリーブの貫頭衣で膝上までの丈である。全体的には薄墨色で袖や首・裾は黒で着色されていた。腰のところに黒い縄が巻いてある。少女がしゃがんだ時に、正面にいたミコトには見えてしまったのだろう。歳はわからないが中学生くらいに見える。
「失礼だからジロジロ見るなよ。」
「大丈夫っす。でも……見た目は変わんないっすね。現代人と。肩までの髪を後ろで束ねて、色がちょっと黒いかなって程度で……でも、何で目の下から顎先まで黒い線が入ってるんっすか?」
「もののけ姫の主人公サンにもあっただろ。隈取(くまどり)というかメイクというか、目的は魔除けだと言われているな。」
「ああ、そうなんっすね。そういえば、爺ちゃんも猟に出るときにはほっぺたに3本ヒゲみたいな墨を入れてたっすよ。」
 クーンクーンと撫でられた二匹は喜んでいる。
「ナパ?」
「こっちの白いぽうがハク。灰色がシェンロンだよ。」
「ハァク……ツェンロン……キャハハ~カワユ~。」
 ついでに自己紹介してみる。
「われ、ソーヤ。」
「ツォーヤ……」
「あれ、リュウジ。」
「リュウ……ジ……」
「あれ、ミコト。」
「ミコツォ……」
 指で指しながら紹介したので伝わったようだ。次に少女を指さして尋ねる。
「イマティのナパ?」
「カナ。」
「カナちゃんか、可愛い名前っすね。」
 カナは褒められたと感じたのか、ミコトに向かってニコッと笑った。
「なあ、何でお前だけ通じるんだよ。」
「ああそうか。簡単にいうと、ハ行とサ行の発音が違うんだ。ハヒフヘホは半濁音になってパピプペポに、サシスセソはツァツィツゥツェツォになっているんだ。タチツテトも微妙に発音が違いそうだね。だから、俺のソーヤみたいに普段使ってない発音はしにくいんだろうね。」
「ハヒフヘホはファフィフフェフォだったって聞いたことがあるんっすけど。」
「それは平安時代の頃だね。それ以前は今言ったみたいに半濁音だったと言われてたんだけど、どうやら正解だったみたいだね。」
 カナの様子を見て縄文犬も警戒を解いたみたいで、今は二匹の匂いを確認している。
「カナ、このツァトのナパ何て言うのかな?」
「ツァトノナパ、トラヨゥ。」
「トラっすか……、あっ、そうだ!」
 ミコトはリュックの中をガサゴソと探り、1mほどのリボンを取り出した。ショッキングピンクのそのリボンをカナに差し出した。
「これ、あげるっすよ。」
 カナは目を見開き声をあげた。
「××××××!」
 言葉は聞き取れなかったが、スッゴイ!みたいな感じだろうか。さすがにこの時代でショッキングピンクは出せない色だろう。
「カナニ……イイノ……?」
 ミコトは頷きながらカナの腰にそのリボンを回し、左前で蝶々結びをした。
「テプテプ!」
 蝶々の部分を手にもってカナはクルリと回って魅せた。ショッキングピンクの蝶が4月の空気にふわりと舞った。


【あとがき】
 言葉の部分に関しては推測の域を出ませんが、兵庫県播磨町郷土資料館で展示されている弥生語などを参考にさせていただき表現してみました。
 縄文犬については、こんな感じだったみたいですね。基本は狩りに連れて行ったようですけど、留守番に一匹残っていたって感じにしてみました。また縄文時代の女性はとてもオシャレに関する意識が強かったようです。衣類にも着色を施してアクセサリーも多く身に着けていたようですね。
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