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第二章
第10話 別涙
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季節は夏に移行し眩しいほどの光が降り注ぐのだが、体感温度はそれほどでもない。逆に水面をわたってくる風が心地よくもある。
「このオオバコは、下痢に効くし咳止めにも使えるみたいだよ。」
「すごいですね。どこにでも生えてる雑草なのに……」
「調べて文字にして残してくれた人に感謝だね。」
「あっ、ツユクサがあります。これも下痢と熱を下げるのに使えるんでしたよね。」
「おっ、ノビルだ、こいつの根っこは虫刺されに使えるから畑に植え替えよう。」
「畑も広げないともういっぱいですよ。そういえば、大豆の実がなってますけどまだ採らないんですか?」
「茹でて食べるならこれくらいの時期なんだけど、今は種として収穫したいからね。枯れるまで待ってるんだよ。」
「早く食べてみたいです。」
「まあ、来年の夏には塩ゆでした枝豆が食べられるから待つんだね。」
「枝豆?大豆じゃないんですか?」
「大豆を枝についたまま茹でたものを枝豆って呼んでるんだよ。」
「大豆は大豆なのに、なんで呼び方を変えちゃうんですか!余計にこんがらがってきます!」
薬草も30種類を超えてきた。畑だけでも15種類くらい植えてある。俺たちがいなくなっても、カナがうまくやってくれるだろう。この世界で初めての医者ってことかな。できることなら高床式の住居を作ってやって、もっと衛生的な環境に住ませてやりたいが、この里の規模では無理だ。板が量産できればとか、セメントがあったらとか考えるが無理なものはどうしようもない。日干しレンガも試してみたが粘土を掘り出すだけでギブアップした。
さすがに夏場の鍛冶はきついので、秋まで中断することになったが、その間に屋根づくりが行われた。里から程近くにあった大木が切られ四つに切断される。それを作業場の四隅に立てて補助木をめぐらせてカヤをかける。屋根ができると早く鍛冶を再開したくてウズウズする男衆の気持ちがあふれていた。鍛冶で作った鉄板も好評だ。屋外にかまどを組み全員で鉄板を囲む。箸で生肉を触らないように徹底していた影響で、複数のトングが作られることになった。大勢でワイワイやりながらの食事は楽しい。
やがて季節は晩夏・初秋へとうつっていく。
「お前たちはいつまでここにいてくれるんだ?」
いつもの食後のひと時である。アラさんからの突然の問いかけであった。
「……冬の前には海まで行ってみようと思っています。」
「えっ、そんな……」
カナが絶句する。
「大豆とゴマの収穫が終わった出ようと思っています。」
「それって、もうすぐじゃまいですか!」
「カナ、無理はいうな。」
「だって……だって……」
カナは泣きながら小屋から出て行ってしまった。ミコトがそれを追いかける。
「すまんな……」
「いえ。」
「文字や薬草のことを教えてもらって、カナもこの里にとって大切な存在になった。本当ならお前たちに同行させたいくらいなんだが、そうもいかないほどにな。」
「大丈夫ですよ。俺たちの拠点はここから近いので、ちょくちょく帰ってきますから。」
「そうしてくれると助かるよ。カナもそれを聞けば落ち着いてくれるだろうよ。」
大豆とゴマは思ったよりも大量に収穫できた。俺たちは収穫量の3割を布袋に収めると残りをカナに手渡した。
「来年は同じ場所に植えないようにするんだぞ。」
「連作はダメってことですね。」
「ああ、そのとおりだ。それから、これをあげる。」
「えっ?こ、こんな大切なものを……」
俺がカナに手渡したのは、緑色をした勾玉の首飾りだ。俺が普段しているものよりも一回り小さい。俺のバッグの中にはいくつかの勾玉が入っている。その中の一つに紐を通したものだ。
「カナは俺の大切な弟子だからな。これはその証だ。」
「泣いたら隈取が落ちちゃうだろ。」
「だって、だって……」
カナの涙は止まらなかった。しばらくの間、カナは俺の胸で泣き続けた。
11月初旬、俺たちはトラさんの里を後にした。これから向かうネの島の里の場所はトラさんから聞いてある。現代でいう片瀬山のあたりだ。ルートとしては引地川沿いに海へ出てそこから東に向かえばすぐに江の島だ。泉の森から海までは現代の整備された川岸で半日程度。早朝に出発したので夕方前には江の島まで到達できるだろう。チーチーとカワセミの泣き声を聞きながら俺たちは気楽に川を下っていく。引地川はそれほど水量が多いわけではない。中ほどでも川幅2m程度だ。
「いい天気っすね。」
「ミコトは残ってもよかったんだぞ。」
「勘弁っすよ。そんで二人だけ元の世界に戻っちゃったら、俺どうすりゃいいんっすか。」
「カナと仲睦まじく暮せばいいだろ。」
「いやいや、俺には薬草の知識も鍛冶の知識もないんすよ。リュウジさんみたいに強くもないし、狩りの知識なんてこっちの人の方が上っすから。それに、終わらせてないゲームがあるっす。」
「アハハッ、今更ゲームかよ。もうどうでもいいだろ。俺はこっちの方が遥かに面白いと思うぜ。」
「それはそうっすけどね。僕、時々思うんすよ。」
「何を?」
「カナが好きなのは、本当は委員長なんじゃないかって。」
「ああ、俺もそう思う時があるな。」
「でしょ!」
「それは無いな。カナは妹みたいなもんだ。」
「それって、お兄ちゃん、実は私お兄ちゃんのことが……ってやつじゃねえの。」
「そうっすよ。俺、許さないっすからね!」
「でも、ミコトやっちゃったんだろ?」
「そ、それは……」
「はっきり言わないってのは肯定ってことだな。」
「……」
「わかりやすいヤツだな、アハハ。」
「あれっ?」
「おっ、海に出たじゃねえか。」
「いや、あれが江の島だろ。それで横にあるのが片瀬山だとして……、この辺は鵠沼だよね。」
「鵠沼って、沼地じゃないんですか。これじゃあ、まんま海ですよね。」
「ああ、思っていたよりも内陸部に海が入り込んでいるみたいだね。」
「どうする?」
「仕方ないから、海岸線沿いに迂回していこう。」
「まあ、それっきゃねえよな。」
こうして俺たちは海岸線沿いに東をまわり、堺川らしき場所をびしゃびしゃになりながら超えて途中で野宿し翌日の昼前には片瀬山にたどり着いた。
【あとがき】
当時の復元地図を見ると、現在の藤沢駅近くまで海だったようです。ここから第三章に入ります。縄文人の身長は、男で160cmくらい。カナは150cm弱をイメージしています。
「このオオバコは、下痢に効くし咳止めにも使えるみたいだよ。」
「すごいですね。どこにでも生えてる雑草なのに……」
「調べて文字にして残してくれた人に感謝だね。」
「あっ、ツユクサがあります。これも下痢と熱を下げるのに使えるんでしたよね。」
「おっ、ノビルだ、こいつの根っこは虫刺されに使えるから畑に植え替えよう。」
「畑も広げないともういっぱいですよ。そういえば、大豆の実がなってますけどまだ採らないんですか?」
「茹でて食べるならこれくらいの時期なんだけど、今は種として収穫したいからね。枯れるまで待ってるんだよ。」
「早く食べてみたいです。」
「まあ、来年の夏には塩ゆでした枝豆が食べられるから待つんだね。」
「枝豆?大豆じゃないんですか?」
「大豆を枝についたまま茹でたものを枝豆って呼んでるんだよ。」
「大豆は大豆なのに、なんで呼び方を変えちゃうんですか!余計にこんがらがってきます!」
薬草も30種類を超えてきた。畑だけでも15種類くらい植えてある。俺たちがいなくなっても、カナがうまくやってくれるだろう。この世界で初めての医者ってことかな。できることなら高床式の住居を作ってやって、もっと衛生的な環境に住ませてやりたいが、この里の規模では無理だ。板が量産できればとか、セメントがあったらとか考えるが無理なものはどうしようもない。日干しレンガも試してみたが粘土を掘り出すだけでギブアップした。
さすがに夏場の鍛冶はきついので、秋まで中断することになったが、その間に屋根づくりが行われた。里から程近くにあった大木が切られ四つに切断される。それを作業場の四隅に立てて補助木をめぐらせてカヤをかける。屋根ができると早く鍛冶を再開したくてウズウズする男衆の気持ちがあふれていた。鍛冶で作った鉄板も好評だ。屋外にかまどを組み全員で鉄板を囲む。箸で生肉を触らないように徹底していた影響で、複数のトングが作られることになった。大勢でワイワイやりながらの食事は楽しい。
やがて季節は晩夏・初秋へとうつっていく。
「お前たちはいつまでここにいてくれるんだ?」
いつもの食後のひと時である。アラさんからの突然の問いかけであった。
「……冬の前には海まで行ってみようと思っています。」
「えっ、そんな……」
カナが絶句する。
「大豆とゴマの収穫が終わった出ようと思っています。」
「それって、もうすぐじゃまいですか!」
「カナ、無理はいうな。」
「だって……だって……」
カナは泣きながら小屋から出て行ってしまった。ミコトがそれを追いかける。
「すまんな……」
「いえ。」
「文字や薬草のことを教えてもらって、カナもこの里にとって大切な存在になった。本当ならお前たちに同行させたいくらいなんだが、そうもいかないほどにな。」
「大丈夫ですよ。俺たちの拠点はここから近いので、ちょくちょく帰ってきますから。」
「そうしてくれると助かるよ。カナもそれを聞けば落ち着いてくれるだろうよ。」
大豆とゴマは思ったよりも大量に収穫できた。俺たちは収穫量の3割を布袋に収めると残りをカナに手渡した。
「来年は同じ場所に植えないようにするんだぞ。」
「連作はダメってことですね。」
「ああ、そのとおりだ。それから、これをあげる。」
「えっ?こ、こんな大切なものを……」
俺がカナに手渡したのは、緑色をした勾玉の首飾りだ。俺が普段しているものよりも一回り小さい。俺のバッグの中にはいくつかの勾玉が入っている。その中の一つに紐を通したものだ。
「カナは俺の大切な弟子だからな。これはその証だ。」
「泣いたら隈取が落ちちゃうだろ。」
「だって、だって……」
カナの涙は止まらなかった。しばらくの間、カナは俺の胸で泣き続けた。
11月初旬、俺たちはトラさんの里を後にした。これから向かうネの島の里の場所はトラさんから聞いてある。現代でいう片瀬山のあたりだ。ルートとしては引地川沿いに海へ出てそこから東に向かえばすぐに江の島だ。泉の森から海までは現代の整備された川岸で半日程度。早朝に出発したので夕方前には江の島まで到達できるだろう。チーチーとカワセミの泣き声を聞きながら俺たちは気楽に川を下っていく。引地川はそれほど水量が多いわけではない。中ほどでも川幅2m程度だ。
「いい天気っすね。」
「ミコトは残ってもよかったんだぞ。」
「勘弁っすよ。そんで二人だけ元の世界に戻っちゃったら、俺どうすりゃいいんっすか。」
「カナと仲睦まじく暮せばいいだろ。」
「いやいや、俺には薬草の知識も鍛冶の知識もないんすよ。リュウジさんみたいに強くもないし、狩りの知識なんてこっちの人の方が上っすから。それに、終わらせてないゲームがあるっす。」
「アハハッ、今更ゲームかよ。もうどうでもいいだろ。俺はこっちの方が遥かに面白いと思うぜ。」
「それはそうっすけどね。僕、時々思うんすよ。」
「何を?」
「カナが好きなのは、本当は委員長なんじゃないかって。」
「ああ、俺もそう思う時があるな。」
「でしょ!」
「それは無いな。カナは妹みたいなもんだ。」
「それって、お兄ちゃん、実は私お兄ちゃんのことが……ってやつじゃねえの。」
「そうっすよ。俺、許さないっすからね!」
「でも、ミコトやっちゃったんだろ?」
「そ、それは……」
「はっきり言わないってのは肯定ってことだな。」
「……」
「わかりやすいヤツだな、アハハ。」
「あれっ?」
「おっ、海に出たじゃねえか。」
「いや、あれが江の島だろ。それで横にあるのが片瀬山だとして……、この辺は鵠沼だよね。」
「鵠沼って、沼地じゃないんですか。これじゃあ、まんま海ですよね。」
「ああ、思っていたよりも内陸部に海が入り込んでいるみたいだね。」
「どうする?」
「仕方ないから、海岸線沿いに迂回していこう。」
「まあ、それっきゃねえよな。」
こうして俺たちは海岸線沿いに東をまわり、堺川らしき場所をびしゃびしゃになりながら超えて途中で野宿し翌日の昼前には片瀬山にたどり着いた。
【あとがき】
当時の復元地図を見ると、現在の藤沢駅近くまで海だったようです。ここから第三章に入ります。縄文人の身長は、男で160cmくらい。カナは150cm弱をイメージしています。
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