縄文の女神 -異世界なんてないんだよ-

モモん

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第三章

第14話 木炭

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 マガの心配が解消されたことで、俺たちの出発をどうするか話し合った。
「問題はこれからの寒い季節、野宿をどうするかだね。」
「春まで待った方がいいんじゃね。」
「うろ覚えだけど。寒川と小田原には遺跡があったと思うんだ。」
「相模川と酒匂川の河口あたりっすかね。」
「その二つの川を超えるにも、この季節は厳しいと思っているんだ。」
「箱根は間違いなく雪が降るぞ。」
「そうだね。平地と比べて2度くらい低いはずだからね。それに雨も多いから……、ハクの案内にもよるけど、できれば松田から御殿場に抜けていくルートがいいかなと思っているんだ。」
「ここから、厚木と秦野を突っ切る東名高速のルートはどうっすかね。」
「そっちのルートは山坂が多いからな。道がない可能性も大きいから迷うと厄介だぞ。」
「うん、だから海岸線沿いに小田原まで抜けて、酒匂川沿いに松田まで上がって御殿場ってルートがいいんじゃないかな。」
「だけどさ、引地川もそうだったけど、結構内陸まで海だったっすよね。相模川や酒匂川もそうなんじゃないっすかね。」
「貝塚とか遺跡の状況はどうなんだ?」
「海岸沿いの丘で結構遺跡が見つかっているんだけど、時期がいつごろだったのかは覚えてないんだ。特に期待できるのは寒川の遺跡で、縄文中期には1000軒くらいの集落があったといわれているんだ。」
「1000軒!それだと、3000人くらいはいたって事っすよね。」
「でも、中期の遺跡だからね。1000年以上経った今、どれくらいの規模が残っているかはわからない。」
「まあ、期待はできそうだな。ほかにはないのかよ。」
「小田原の天神山だね。ここは後期の遺跡も確認されていたはずだから多分大丈夫だと思うよ。」
「天神山ってどの辺すか?」
「小田原城の向こう側だね。」
「あの辺って、学校がありませんでした?」
「多分、高校があったと思うよ。」
 本格的な出発は3月頃として、一度寒川へ行ってみようということになった。ここから西に向けて移動すると相模川に出る。そこから川を下っていけば寒川だ。直線距離で10km程度。迂回ルートでも15kmくらいだろう。時速3kmで歩けば5時間程度でつくはずだ。ちなみに、一般的な道路を歩く時で時速4kmほどなので見込みとしては間違っていないと思う。早速フイゴとハンマーとやっとこを作る。この三つがあれば、アラさえ見つければ加工が可能なのだ。
「だけどよ、アラってそうそう見つかるもんじゃねえぜ。」
 そう。これまで作った道具も、ほとんどは学校から切り出してきた鉄だった。神奈川には鉄鉱石の鉱山は発見されていないし、砂鉄を使うか6万年前の箱根山噴火の溶岩をあたるかだ。6万年前の箱根山噴火の痕跡はとんでもない規模のもので、その一部は相模川の東岸沿いに海に至っている。しかも、溶岩の成分に関する記録は図書室にはなかった。
「砂鉄から鉄って作れるもんなのか?」
「一応、そういう動画も見たんだけど、炉を組んだり大量の炭が必要だったり大変そうだよね。」
「となると……」
「仕方ないから、鉄は学校から持ち出すしかないよね……」
 鉄を素材とする施設はいくらでもある。裏門の門扉や階段の手すり、屋上のフェンスにコンクリートの中の鉄筋だ。スチール棚の棚板や支柱も使えるだろう。カナノコで切るのは大変だが……。という訳で、寒川に鉄の加工を持ち込むのは見送ることになった。代わりに江の島と同じようにナタとモリ頭を見本として用意する。薬は前回と同じでいい。ちなみに、江の島からの受注品についてはマガの現れた二日後に受け渡しが終わっている。アラの希少性を考えると、もっと値上げした方がよいだろう。
「そういえば、炭ももう無いっすよ。」
「くっ、じゃあ炭づくりからか……」

 木炭の作り方は図書室の本に載っていた。要はマキを蒸し焼きにするのだ。そのため、事前に窯を作る必要がある。石を組んで赤土を練った泥で覆っていき、排気口を作る。
「こんなのでホントに木炭ができるのかよ。」
「俺も本で読んだだけだから……」
「ともかく、やってみるっきゃないっすよね。」
「うん。木炭はいくらあっても無駄になることはないからね。」
「これって、またパパキ作るんっすかね。」
「いや、最後は灰になって土に帰るから作らないって言ってた。だけど、木炭作りで大量の木材が……」
「いやいや、ここで使う木炭なんて微々たるもんだろ。」
「だけど、これが本格的になったことを考えると、植林とかもやっていかないとね。」
「なんか、こっちに来た時には狩りをして食べていければくらいに考えていたっすけど、環境問題とかいろいろあるっすね。」
 木の伐採は里の男衆に頼んだ。これから先、鉄の加工や薬草の交易が盛んになってくれば人を増やさなければならない。つまり、里の拡張だ。トラさんとも相談して対岸の斜面を伐採して宅地を確保し、人員の増加に備えることにした。同時に、衛生環境を整えることも提言し、特に薬を扱うのは高床式住居にした方が良いということで合意した。

 高床式住居をつくるにあたって、里の全体会議を開催する。俺たちにとっても大工仕事なんて経験がないし、大勢の意見を集めれば色々なアイデアが出てくるだろう。俺たちは学校から小さめの黒板を持ち帰り、イラストを書いてイメージの共有を図った。衛生的という概念は女性に支持されたし、窓を作って日中は明るい室内を確保できるというのも受けた。男全員が鍛冶職でもあるため、必要そうな工具は自作できる。全体のとりまとめはトラさんの長男であるイキさんが務めることになり、俺たちは木炭づくりに専念した。ちなみに、黒板をひらがなの勉強用にも使いたいとカナから要望があったため、もう一枚学校から運ぶ羽目になった。どうやら女性陣には文字の学習という目標ができたようだ。薬草の普及という観点からも喜ばしいことである。
「なあ、みんなやることが出来てしまったんで、土器を作るのは俺しかいないんだが……」
 トラさんが愚痴ってくる。この時代、半日働けば食料は確保できるため、午後は各々が糸や布を作ったり、土器を作ったりアクセを作ったりしていた。いわばゆとりのある生活だったのだが、それを一変させてしまった。だが、それぞれが目標をもった事で生き生きとしている。しかも、一枚の鉄板から作る握り鋏を普及させたことで、みんな髪と髭を短くしさっぱりした風貌となっている。とても縄文時代の里とは思えない。いまだにボサボサなのはトラさんだけである。

 木炭は2週間くらい窯の中で木を蒸し焼きにして乾燥させ、その後排気口を塞いで燃焼を止めて中の温度が下がるのを待つだけだ。
「こんなんで木炭ができるのかよ?」
 リュウジから前と同じ質問が出る。窯の中の状態が分からないからだ。
「少なくとも排気口から炎が出てなかったんで、いいと思うんだけど。火力とかも分からないしね。」
 一週間後、窯を開けたところ、とりあえず黒く変色した木炭だか炭だか分からないものがとれた。
「ちょっと火力が強かったかもしれないけど、欲しいものは手に入ったってところかな。」
 その後、男衆で学校に行き、裏門の門扉を解体する。解体といっても、金ノコで適当なサイズに切断して運ぶだけだ。この頃には、学校の存在は隠していなかったのだ。
「これだけのアラがあれば、当分は鍛冶に困らないな。」
 トラさんの次男、ネトさんだ。
「ただ、限度がありますからね。これからは、アラの加工品は人と交換にしようと思ってるんです。」
「人と?」
「ええ。例えばナタ2本で人ひとりと交換するんです。」
「そんなことができるのか?いや、人数の多い里ならば可能かもしれないな。」

 決して人身売買ではない……と、思いたい。


【あとがき】
 木炭の製造は、ネットの情報だけで書かせていただきました。そんな簡単なものじゃないだろうな……とは予想しています。
 相模川河口から小田急線の厚木まで。寒川から大和まで。酒匂川河口から松田までは何度も歩いています。職場の同僚からも何度か目撃され、なんであんな所に?と聞かれたりもします。これは、鳥の写真を撮るためで、いくつかある私の趣味の一つです。三脚を肩からぶら下げて、300mmから500mmのレンズを装着したカメラを手に歩きます。三脚も60cmくらいの大型のものでカーボン製です。アルミは重たいです……。寒川から大和を歩いた目的は、アマサギです。白い体にオレンジ色の入ったとても綺麗なサギです。オレンジが入るのは夏季なので、作中には出せませんね……残念。

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