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第四章

第22話 神卸し

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 こっちは休養日でもマガたちは待ってくれない。だが、俺はまだ動けない。リュウジとミコトに任せるしかなかった。だが、かろうじて座ることはできたため、座ったままで竿を振っていた。だが、これって左手で振ったらどうなるんだろう。俺は、左手の機能をウズと同じようなものではないかと考えている。仮にそうだとすれば、まだ吸い込むだけで浄化する機能がうまく働いていないのではないか。俺は左手に竿を持ち替えた。竿がマガをとらえ消滅させると共に吐き気が襲ってきた。だが、昨日吸収した時ほどではないような気がする。続けて2匹、3匹……。深呼吸して気持ちを落ち着け、4匹5匹6匹、まだいける。10匹まで倒して休憩する。ハアハアと呼吸は荒いが嘔吐感はない。20匹、30匹。嘔吐感よりも力が満ちてくるのを感じた。俺は立ち上がって戦線に参加する。
「大丈夫なのか?」
「ああ、コツはつかんだよ。」
 一昨日のアバラの痛みも気にならなくなってきた。テンションが上がってくる。
「なんか元気になってないっすか?」
「叫びたいくらいだよ。」
「鬼がまた増えてるっすよ。」
「この調子なら大丈夫だと思う。」
 ついに鬼が最前線にやってきた。俺は気合を入れて鬼を竹竿で薙ぎ払った。もちろん左手で。鬼は霧散し、俺はウッと呻いて自分の胸をつかんだ。大丈夫だ!と自分に気合を入れる。
「鬼を竹竿で?」
「ああ、左手の吸収を使ってるんだ。」
 フウと呼吸を整えて二匹目も吸収する。もう一体はリュウジが切り伏せていた。残りのマガを消滅させて焚火の周りに座り込む。
「吸収か?」
「ああ、浄化に体が適応してきた感じなんだ。」
「信じて大丈夫なんだろうな?」
「鬼を二体も吸収できたから絶好調だよ。」
「まるでバケモンだな……」
「それを言うなって。自分でも不気味なくらいなんだからさ。」

 翌朝、朝食をとって出発する。急な上り坂があるし、崖になっているところは迂回するため、1時間で1kmも進めているかどうか。ただ、木霊の案内があるから迷うことはない。そこから三日歩いたところで目的地に到着したらしい。
「お待ちしておりました。」
 出迎えてくれた少女がニッコリと微笑んでくれる。少女はコノハと名乗った。
「やっと、お会いできましたね。」
「はい、長い道中お疲れさまでした。」
 別に面識があったわけではない。出逢うべくして出逢った。そういう相手だった。
「お二方はあちらでご休憩くださいまし。」
 別の巫女さんが二人を誘導していく。
「こちらで禊(みそぎ)をお願いします。」
 俺は着ていた服を脱ぎ柄杓の水を頭から受けた。柄杓一杯の水が全身を浄化していくのを感じる。暖かい風が水気を飛ばしてくれた。誘導された建屋には、中央に巨木が鎮座し手前に祭壇があった。祭壇の前にコノハさんと並ぶ。二人とも全裸だった。
 その時、俺の中の何かがクルリと反転した。反転した何かが俺を動かしている。俺は巨木の右側を通り、コノハさんは左側へ行く。木を回ったところで向かい合った。
「我はツクヨミなり。そなたは何と美しいのだろうか。」
「わたくしはコノハナサクヤ。あなた様はなんと凛々しいお方なのでしょう。」
 そして二人は唇をあわせ、結ばれた。一体となった瞬間、世の理(ことわり)が快感と共に体の中に入ってくる。そうか、これは国生みの儀式ではなく……。傍観者的にそう考えた。
 やがて理の流入が終わり、俺たちは絶頂を迎えた。同時に俺はツクヨミと同化した。そう、これはの儀式だったのだ。
 俺は無言のままサクヤの手を取り、いつのまにか出現した木の股をとおって祭壇に至った。木の股を通る際に衣装が再現されていた。

 祭壇前の広場には、みんなが集まっていた。
 リュウジは龍神族の長としてスサノオと同化している。ミコトは男神・女神一対のアマテラスオオミカミだ。女神はもちろんカナになっているはずだ。彼女のレイピアに天照と銘を切ったのだから。ナミはイソラとしてセオリツヒメ様に従属する。ハクとシェンロンも龍の神性を得たはずだ。
 天界にいる神は、こうして降臨することで現世に影響を及ぼすことができる。その寿命はおよそ二千年。それ以上は人間の体がもたないのだ。その時神は天界に帰ることになり。次の降臨まで天界で過ごすのだ。
「じゃあ、俺は東で寝てる神を起こしてくるよ。向こうに動きがあったら知らせてくれ。」
「かしこまりました。」
 神となった俺たちは常人の5倍程度の力を持つ。その気になれば空を飛んだり瞬間的に移動することなど容易いのだが、今は目立つようなことは避けたい。東の戦力が確認できるまで事を起こすのは自重したいのだ。俺たちは走った。天神の里までは2時間ほどで到着した。
「ナミ。」
「ソーヤさん。お待ちしておりました。」
「イソラとの同化は?」
「終わっています。」
「お前がここにいると里に迷惑がかかるかもしれない。だから一時神山の神殿にいってくれ。」
「はい。」
「シェンロンに乗っていきなさい。トゥトゥさんには俺から話しておく。」
「はい。」
「シェンロン、俺たちはここが終わったらトラの里に向かう。ナミを送り届けたらお前もトラの里へ来てくれ。」
ワウン!
 俺たちはトゥトゥさんに事情を説明した。と言っても、巫女の修行のため、神山で一年間修行するという内容だったが。
 次にシャカムイの里に立ち寄り、オババさんに挨拶した。木霊から事情を聞いているオババさんは恐縮していた。
「こんな婆に気遣いしてもろうてすまんのう。」
「オババさんには、これからも巫女たちの指導役として頑張ってもらわないといけませんからね。」
「こんな婆をこきつかうとは、ひどい神さんだねぇ。」
「期待してますからね。」

 俺たちはトラの里に帰った。木造の高床式住居も完成しており、カナもそこにいた。最高神といわれるだけあって半端ないオーラが出ている。その点男神は、闘気は出るが女神のようなオーラを纏うことはない。記紀を彩るのは女神の役目だ。
「父も理解してくれています。すぐにでもまいりましょう。」
 シェンロンの帰りを待って俺たちは東へ向かった。横浜市金沢区あたりの砂丘に築かれた集落を皮切りに東京・千葉・福島と北上し宮城・青森へと至る。
「青森って三内丸山遺跡っすよね。」
「さんない?」
「カナは知らないだろうけど、少し前にはそこに大きな里があったんだよ。」
「それ、おれでも聞いたことがあるぞ。柱6本の見張り小屋みたいなやつだろ。」
「でもね、三内丸山は4200年頃までの遺跡で、この時代だと規模は小さいんじゃないかな。」
「どうしてですか?」
「この時代には、集落の分散化・小規模化が進んでいるんだ。」
「なぜ?人が多い方が便利じゃないっすか?」
「そうとも言えないよ。まあ、いろんな説があるみたいだけど、大勢が同じ場所で暮らすとなるとそれだけ大量の食料が必要になるだろ。」
「はい。」
「例えば、100人が毎日同じ場所で貝を掘ったら、すぐに獲れなくなって移動せざるを得ないだろ。」
「はい。」
「動物でも同じだよね。狩場がどんどん遠くなってしまう。お米みたいに大量に収穫できるものがあればいいけど、この時代にはまだお米は広がっていないんだ。」
「食べ物が理由なんですか。」
「それだけじゃないかも知れないけどね。ほら、人数が多くなれば、それだけ意見の違いが出てくるだろ。そうすると統率するために組織化だって必要になる。」
「生徒会と一緒だな。」
「そういった要因が重なって、やっぱり少人数の方がいいやって考えたんじゃないかな。」


【あとがき】
 古事記・日本書紀で語られる国生みの場面を、神卸しとして再現してみました。ここで主人公がツクヨミであることが判明します。三貴神といわれながら登場機会のないツクヨミ。それは何故なのか、というのがこの小説の出発点になります。相方のコノハナサクヤヒメは単に作者の趣味です。アマテラスに関しては、男神・女神両方の説がありますが、ここでは二神としてみました。対の神様です。アマテラスの直径という観点から考えると、日本人固有のハプログループD2という遺伝子をもった男系の祖先が必要ですのであえて二神としてみました。これは女性天皇とも関係してきますね。”D”といえば真っ先に浮かぶのが麦わら帽子ですが、あれって日本人の遺伝子なんじゃないですかね……。

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