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第四章

第21話 鬼

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「深呼吸はできるか?」
「うん?……ああ大丈夫だ。」
「なら、骨折の可能性は低いな。できれば湿布したいところだが……」
「応急の湿布なら小麦粉があるから大丈夫だよ。」
「小麦粉だとぉ?」
「小麦粉を水で練って患部に塗るだけだよ。本当なら酢を使った方がいいんだけどね。」
 俺は小麦粉を練って患部に塗り、その上からタオルをあてて包帯で巻いた。
「これで3時間はもつから大丈夫だよ。」
「マジかよ……」
「救急箱から包帯や三角巾を持ってきてよかったよ。」
 俺たちは翌朝、少し遅くまで寝て出発した。
「申し訳ない、やっぱり歩くのがゆっくりになっちゃうな……」
「気にするな。急ぐ旅じゃねえんだ。」
「それよりも、次に鬼が出た時にどうするかっすね。矢は多めに補充したっすけど……」
「ミコトの矢を温存しておいてマガは俺たち二人でやるか。」
「委員長の状態を考えたら、それ厳しくないっすか。」
「うん。それに関しては試してみたいことがあるんだ。」
「なにするつもりなんだ?」
 俺は夕食の時に、竹林から3本の手ごろな竹を切り出した。釣り竿に使えるくらいのものだ。
「竹なんかどうするんだ?」
「こいつの枝葉を落として銘を切るんだ。」
「銘だと……正気か?」
「セオリツヒメ様が言ってたんだ。言霊(ことだま)が物の本質に影響するんだって。もちろん、使い手の資質も要求されるんだろうけどね。」
「そういえば、カナのレイピアも銘切りしてあったっすね。」
「まあ、そう言うんなら試してみるか。ダメなら刀に戻せばいいだけだしな。ところで、気になっていたんだが……」
「何?」
「俺が切る前に、鬼が動きを止めたよな。」
「そういえば……。」
「えっと、こっちに来て最初の頃にイノシシが出ましたよね。」
「ああ、俺もそのことを考えてた。」
「あの時も委員長の左手がイノシシに触れた直後だったっす。イノシシの動きが止まったっすよね。」
「今回も、ソーヤの左手が鬼の右手をとらえてたな。」
「あれって、とある魔術のナンチャラに出てくる主人公と同じじゃないんすか?」
「いや、あれは魔法の無力化だから違うだろ。最初のミサイルから考えれば、パワーの吸収とかじゃないか?」
「パワーというかエネルギーっすかね。」
「この左手にそんな力があるとは思えないけど……」
「マガもエネルギーの塊っぽいから、次に出たら試してみろよ。」
「どうやって?」
「こうやって左手を前に出して”吸収”って叫ぶんだよ。」
「そこは、右手を腰にあててほしいっすね。」
「それでダメなら、左手でマガに直接触るんだな。」
「それ、危ないだろ!」
「俺が弓で狙っておくっすよ。」
「そんな特技があったら苦労しないよ。で、鬼はどうする?」
「まあ、俺がやるしかないだろう。」
「そうだね。頼むよ……あれっ……」
「なんだ?」
「そこ……なんだろう?」
「なんだよ、何もないだろ。」
「どうしたっすか委員長?」
「いやいや、それ……見えないの?」
「何があるっていうんだよ。」
「四角い……木が二枚重なって……これ、木霊?」
「木霊だと、お前ついに巫女になったんか……」
「委員長、まさかNH?」
「誰が国営放送じゃ!」
「ホントに見えるのか?」
「うん。真ん中に黒い目みたなのがあって、体も手足も黒いんだ……いや、濃い茶色かな?」
「大きさは?」
「20センチくらいだね。ハク、これって木霊かな?」
ウォン!
「やっぱり木霊みたいだね。」
「それが見えるようになったって……どういう事なんだ?」
「やっぱり、女性化が進んでいるんじゃないっすか?」
「いや、胸も出てないし、チ〇コもちゃんとあるぞ。」
「じゃ、なんでだ?」
「俺に聞かれても分かんないよ。」

 若干の不安を抱えながら俺たちは眠りについた。その夜もマガの襲来があった。ビュンビュンビュン!竹竿は効果があった。
「こりゃあ、楽でいいな。」
「ホントですね。距離もとれるし一度に5匹くらい消滅していきます。」
「よし、ソーヤ行け!」
「くっ、”消滅!”」
 俺は右手を腰に当てて左手を前に出す間の抜けたポーズで叫んだ。当然何も変化はない。
「違う違う”吸収”だろ。」
 もう、やけだった。”吸収”と叫ぶが同じだ。
「よし、次は直接触るんだ。」
「もう止めようぜ……」
「だめだ、真実を追及するんだからな!」
 こいつら、絶対楽しんでいやがる……。俺は仕方なく近くのマガに寄って左手を差し出した。マガは……消滅した。
「うげっ、おえっ……」
「やったっすね!」
「どうしたんだ?」
「気持ち悪い……下水道の中に入ったみたいな感じ……こんな思いするなら、竹竿で処理した方が楽……」
「そうか、だがこれで左手の謎は解決に近づいた。あとは任せろ。」
 なんだかコナンみたいなセリフだと思った。
「あちゃー、リュウジさんまずいっす。鬼が二匹いますよ。」
「大丈夫だ。ミコトは一体に矢を浴びせて足止めしてくれ。」
「了解っす。」
「俺も……いく……」
「あーっ、委員長、寝ててくださいよ。」
「大丈夫だ。」
 鬼の横にもぐりこんだつもりだったが棍棒を反転させてきた。棍棒が脇腹を抉ると思った瞬間、世界の色が消え白と黒が反転した。俺は少しバックステップし鬼の脇腹に左手を押し当てた。鬼の消滅と世界に色が戻るのは同時だった。
「お、おぇ……」
 俺は激しく嘔吐しその場に倒れこんだ。今度は下水の水を飲まされたような腐敗臭がした。
「無理スンナ。寝てろ!」
 リュウジは二匹目の鬼を仕留めにいったようだ。吐くものがなくなり、胃液まででてきた。俺はリュウジとミコトに抱えられ焚火の横に寝かされた。意識は朦朧としており、目を開けることもできない。……と、胃や胸のあたりを優しく撫でられる感触があった。”大丈夫?”、”しっかりしてください”。それはカナとナミの手であり声だった。疑問に思う余裕もなかったのだが……。
 翌朝、気分的には少しマシになっていた。二人は小麦粉を湯に溶いて飲ませてくれた。
「何があった?」
「鬼の棍棒が腹にめり込む寸前に……時間がゆっくりになった。」
「左手の効果か?」
「いや、左手は何も触っていない状態だった。棍棒を少し避けてから鬼を吸収した。あれは、マガを凝縮したような存在だった……」
「鬼はマガの集合体ってことか。」
「断言はできないけど、その可能性はあると思う。」
「その状態じゃ動かない方がいいだろう。今日は休養日にしよう。」
「ワルイ……」
 そのまま横になり、俺は木霊に呼びかけた。
「カナ、ナミ聞こえるのか?」
『あっ、起きたのね。』
『ソーヤさん、大丈夫ですか?』
「こんな事までできるようになったのか……」
『うん、昨夜突然だけどね。』
『ビックリしましたよ。』
「俺の腹をさすってくれたのも……」
『なんかできちゃったのよね。』
『ですよね~。』
「ソ、ソーヤさん、どうしたんっすか?」
「ああ、ミコトには聞こえないのか。今、カナとナミに話しかけてるんだ。」
「えっ、昨夜頭とか打ちました?」
「いや、ロリ願望が強すぎて幻覚を見てるんじゃねえの?」
「ちげーよ。木霊を通して直接会話できるようになったみたいなんだ。」
「マジかよ。巫女ってスマホみてえだな。」
「俺もカナと話したいっす」


【あとがき】
 やっと、この小説の本題である時間に触れることができました。なぜ三人がこの世界にやってきたのか。神話を交えながらひも解いていきたいと思います。
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