君には贈れない花 花公爵の懺悔

立縞とうこ

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ロイド家の思惑(シオン)

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 久しぶりの夜会に早くも疲れていた。

(侯爵への挨拶は済んだし、帰っても構わないだろうか)

 祖父の代から付き合いがある、侯爵家主催の夜会を欠席するのは気まずかった。
 仕方なく顔を出してみたものの、相変わらずのご婦人達の攻勢に辟易していた。

「ゼノア閣下、娘のフィリアは紹介しましたかしら?」

「これはリデロ伯爵夫人、ご丁寧に。そちらがフィリア嬢ですか? はじめまして、シオン・ゼノアです。夫人に似てお美しいですね」

 何べん、同じやり取りをしたのか覚えていない。

 若くして公爵の地位を持ちながら、いまだに妻を持たない俺は、娘を持つ数多の貴族達から縁談を持ち掛けられている。

 だからこうした挨拶と称した見合いまがいが、夜会に出るとひっきりなしに行われるのだ。

(もう、令嬢達の顔を覚えられない……)


「こんなところにいらっしゃったのね、シオン様」

「ルシェラ嬢」

 突然、フレデリカの姉ルシェラが、馴れ馴れしく声をかけてきて、俺の腕に手をかけた。

 上目遣いに俺を見るルシェラに、彼女の妹の面影を探したが見つからない。姉妹はまったく似たところがないのだ。父親は同じだというのに。


「失礼ですが、そちらのご令嬢は?」

「ロイド侯爵家のルシェラ嬢です。侯爵が亡くなった母の知り合いでして」

「お初にお目にかかります。ロイド侯爵が、ルシェラと申します。これからよろしくお願いいたしますわね?」

(フレデリカを亡き者扱いする気か!)

 ロイド侯爵が、もうひとりの娘であるフレデリカの籍を抜いたのは知っていた。だが、それを公の場で強調するルシェラに腹がたった。

「シオン様? お隠しにならなくても構わなくてよ」

 断りもなく腕を絡めてくるルシェラに、
 意味が解らなくて視線を向けた。

「私、シオン様から黄色のガーベラをいただきましたの。私の最も好きな黄色のガーベラを」

 ルシェラが、リデロ伯爵夫人と令嬢に向かって、艶然といい放つ。

 俺の周りを囲むご婦人や令嬢達が静まり返った。

(この女、外堀を埋めようというのか!)

 ルシェラの思惑に気づいたが、フレデリカの居場所を教えてもらう約束をしていたのを思いだし、どうにか怒鳴りつけるのを踏みとどまった。

「ルシェラ嬢、貴女がお好きなのはピンク色ではなかったかな?」

「うふふ 嫌ですわ、シオン様。私が本当に好きな色は黄色だと覚えていらっしゃる癖に」

 優しく遠回しに否定する俺に、ルシェラはコロコロと笑って微笑み返した。脅すような冷たい瞳で。


 ゼノア公爵家の当主が『花公爵』と呼ばれるのは公爵領が花を特産としているからだけではない。

 王弟であった初代公爵は、夫人を迎える際、彼女の好きな色のガーベラを贈り求婚した。
 公爵家の家紋にガーベラが描かれているからだ。

 それから代々、ゼノア公爵家の当主は求婚の際、相手の好きな色のガーベラを、自分で育てて贈るようになった。今では貴族でそれを知らぬ者はいない。


 確かに、ルシェラにはガーベラを贈ってきた。ロイド侯爵とその夫人が、要求してきたからだ。
 フレデリカの状況を知っていた俺は、彼女だけに花を贈ることは出来なかった。余計につらい仕打ちを受けることが目に見えていたから。

 だから別の人の為に育てている、ピンク色のガーベラに混じって咲いた、別の色のガーベラをルシェラに贈ってきた。

 だがけして、ピンク色のガーベラは贈らなかった。ルシェラが、ピンク色が一番好きだと公言していたからだ。


(俺が求婚するのは、フレデリカだけだ)

 けしてピンク色のガーベラを贈ってこない俺に焦れたのだろう。好きな色を偽ってまで、既成事実を作ろうとする浅ましさに吐き気がする。

(フレデリカには、贈りたくてもピンクのガーベラだけは贈れないというのに)

 フレデリカの一番好きなピンク色のガーベラを贈ることが出来ない代わりに、最も愛を告げる真紅の薔薇を贈り続けてきた。想いは通じていなかったようだけれど。

 ロイド侯爵にフレデリカが欲しいと伝えた時、すぐに結婚出来ると思っていた。侯爵にとっては、公爵家と縁続きになれるなら、どちらの娘が嫁にいっても構わないと知っていたからだ。
 だが、夫人の横やりが入った。フレデリカではなく、ルシェラとの結婚を迫ってきたのだ。
 それからはロイド侯爵家を訪れても、フレデリカには会わせて貰えなかった。


「ルシェラ嬢、フレデリカは何処だ?」

 ご婦人達から離れ、テラスに出て問い詰めた。

「どうしようかしら? あの娘の居場所を教えたら貴方、求婚しにいくのでしょう?」

「話が違うぞ!」

「そんなにお急ぎにならなくてもいいでしょ。
第一、あの娘はもう平民なのよ? 公爵である貴方との結婚なんて無理な話だわ」

「お前には関係ない」

「あら、そんなことおっしゃってよろしいの? あの娘の居場所をお知りになりたくないのかしら?」

「お前達は腐ってる! 
そんなに公爵夫人の座が欲しいか!」

 侯爵家令嬢が公爵に対して外堀を埋めようとするなど、令嬢ひとりで考えるわけがない。ロイド侯爵と夫人がけしかけているに違いない。

「貴族の婚姻なんてそんなモノでしてよ。
御存じでしょう?」

「とにかく、フレデリカの居場所を教えろ」

「ですからお急ぎにならないで。次にお会いするときまでに、お教えするか考えておきますわ」

 嘲笑うかのような笑みを浮かべて、ルシェラは去っていった。送る気には到底なれず動かない俺を残して。




 翌朝には、俺がルシェラ嬢に求婚したという話が知れ渡っていた。








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