カルピスサワー

ふうか

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カルピスサワー 25

 職場で、こんなに緊張したことはあっただろうか?

 ……って、思う程ソワソワしてドアを開けた。告白した後もなんだか気まずくてどうすりゃいいんだっ! ってなったんだけど。
 今更ながら職場恋愛って毎日会っちゃうんだよな、って気が付いた。出来ればもう少し時間が欲しい、かも。

 ……心も、身体も。

 朝から、自分の歩き方も気になっていた。というのも、とにかく腰が痛い。更に、尻……の、……穴も痛い。起きたまではそんなに気にならなかったんだけど、動いているうちにどんどん気になり始めた。
 腰、というか背骨が軋んだみたいな痛みが時折ツキンと走って『あーこれか、歩けないっていうやつ。でも動けない程じゃないし平気だろ』と思っていたけど、全然平気じゃなかった。腰の痛みだけならなんとかなったかも知れないけど、時間が経つ程、うっすらと腫れていた肛門がじんじんと違和感を訴える。

 どちらか片方ならまだ良かったのに両方合わさると、どうしても時折止まってしまう。過去の記憶を総動員して聞きかじりの対策を思い出して見るけど、思い出すのは『寝て耐えた』とか『平気だった』とか『何回かすれば慣れる』とか役に立たなそうなことばかりで、何でちゃんと聞いておかなかったんだと後悔する。

 今更ながら、ヒョコヒョコ歩きながらも『大丈夫、平気』と笑ってくれた過去の恋人のことを思い出したりして。十代、二十代でもあれだけのダメージなら、四十のおっさんはそんなものではないのでは? とか、怖い考えがよぎった。俺は健康優良児故にとんでもなく病気に弱いんだった……。

 ギシ、というか、ツキン、というか、じんじん、というか、とにかくなんか全部の違和感を誤魔化して階段を登る。
 ……何でうちの会社は階段なんだよ。
 心の中で毒づいて、でもその全部の痛みもフワフワと嬉しいというか、気恥ずかしさがあるのも事実で。

「おはようございます」と声を掛けながら部屋を覗き込む。一番最初に宮下のデスクを確認して、それから中を見渡したけれど宮下本人は居なかった。
 ホワイトボードに書かれた予定表で確認すると、外出になっていて反射的にがっかりする。電話では何も言ってなかったし朝礼もまだの時間だけれど、多分急に現場に呼び出されたんだろう。予定外が予定内の仕事だから仕方ない。
 むしろ気持ちを立て直す時間が出来たと、ちょこっとだけホッとした。

 月曜日の会社は割と忙しい。何度も鳴る電話と雑事に時間を取られてバタバタと時間が過ぎていく。ようやく一息ついたのはお昼も過ぎた時間だった。
 結局宮下は午前中に一度も戻って来なくてホッとしたけど、ちょっと寂しいなぁなんて思いながら伸びをする。

 腰の痛みはマシになって代わりに尻の違和感が少しずつ増して来ていた。トイレでこっそり確認してみると痔とまでは言わないけれど、でもこれは痔なのか? って感じに腫れていて、自宅に薬を置いて来たことを後悔する。
 昼飯も食べたいけどそれより、少し横になりたくてどこで休もうかと考えていると「宮下さん」と呼ぶ声が不意打ちで聞こえてビクリと身構えた。

 声の方を振り向くと、見慣れた長身が部屋に入ってきた所だった。姿を見ただけなのに、きゅっと心臓が縮んでぱっと頬に血がのぼる。宮下もこちらに気付いたれど、若菜に話しかけられてそこで立ち止まった。

 長身の宮下と小柄な若菜では三十センチくらい身長差があって、立ったまま話していると、若菜は自然と宮下を見上げ、宮下は若菜を見下ろす。何だかそれだけで親密そうに見えて『……それは、俺のオトコだぞ』と反射的に口を吐きそうになりドキリとした。
 何だ『俺のオトコ』って。いや、確かにそうなんだけど無意識の独占欲って怖い。

 二人の姿をじとりと見つめる自分に気付いて視線を逸らした。
 金曜日の夜に見た二人の姿、あの時も仲良さげだったな、と思い出して少し鼓動が早くなる。疑うわけじゃないけど、疑わないで裏切られた過去を思い出してスッと熱が冷めるような気がした。
 想いが通じる前も一人で勝手に妬いたりしてたはずなんだけど、それとは何と言うか質量が違う。

 ──冷静になれ。大丈夫、と心の中で呟いた。
 好きだって言われて、抱き締められて、まだギシギシとした傷みが愛された証拠みたいに残ってる。一晩の勢いじゃない、何年も好きでいて、好きでいてくれて信頼できる奴だってことも知っている。

 ──大丈夫、信じてる。
 それでも指先から冷たく冷えていくのは、トラウマなんだろうか? 冷静になれそうもない自分を自覚する。
 宮下と若菜の話す内容はここからは遠くて、ハッキリと聞き取れないけれど、金曜日のことを話しているらしい。若菜の声は高くて時折愛らしい笑い声だけがはっきりと響く。話しながらチラチラと宮下が視線だけで俺を気にしてるのも分かった。

 ──大丈夫だって言って欲しい。
 けれど、その前に自分が取り乱しそうなのが嫌だった。ちょっと、落ち着きたい。

 宮下からさりげなく視線を外す。そのまま弁当を食べている同僚に「昼に行って来る」と伝えて立ち上がった。昼休みなんだから何の不思議もないのに逃げるみたいにおどおどしてしまうのが嫌で、わざと話の途中の宮下と若菜にも声を掛けた。

「お疲れさん。昼行って来る」

 だけど、返事が来る前に視線を逸らす。そのまま、待っててと言いたそうな宮下を置いて部屋を出た。階段を降りようとして足を出し、思い出したみたいにズキと背筋を痛みが走る。それを無視して階段を早足で駆け降りた。いてて、と呻きながら外に出る。社外のうだるみたいな熱さに気が遠くなった。
 外に出たものの、どこに行こうかと迷っていると、屋内から呼び止められた。宮下だ。
 一瞬逃げたくなって聞こえないふりをしたけど、宮下は「加藤さん!」て呼びながら走って来て、肩で息をしながら「待ってください」と隣に並んだ。

「お昼、どこ行くんですか。コンビニだったら適当に買って来たのあるんで一緒に食べませんか?」

 予定もなく反射的に飛び出しただけなのに、追いかけられて無視は出来ないどころか、追いかけられたのが嬉しいとか。

「自分の分、足りなくなるだろ」
「大丈夫ですよ、多めに買って来ましたから」
「でも、」
「一緒に食べましょう。……身体、辛くないですか?」

 気温じゃなく赤くなって控えめに聞かれて、宮下以上に赤くなる。

「……へいき」と答えてみたけど、宮下はお見通しとばかりに「歩き方いつもよりゆっくりだし。心配だから会社で休憩しましょ」と先立って社屋に戻る。
 ……見てわかる程変な動きしてるのか!? って恥ずかしくなったけど、宮下が気遣ってくれてるのが嬉しくて、仕方ないみたいな顔して後を付いて行く。

 前を歩く宮下の薄い半袖の作業着の生地ごしに、週末抱き付いた背中を見る。細く見えたけど意外としっかりしてたとか、しっとりと汗で湿った肌がピタリとくっくつのも気持ち良かったとか、肩甲骨に掴まるの好きだな、とか……。

 二人きりならためらうことなく好きなだけ触れられた背中。それに触れないことが淋しくて、さっきの嫉妬を思い出す。若菜のこと言い訳するのかな? それとも何もないんだからって無視かな。……きっと、どちらでも不安になるんだろうけど。

 宮下は一階の奥にある資料室のドアを開ける。一応『資料室』と名前は付いてるけど、中身は本当に雑多だ。保存が必要な資料の他に、機材や余った資材まで置いてある。

「資料室でいいですか?」

 室内に踏み込みながら一応、って感じに宮下が確認した。少しほこりっぽいけれど、逢引には最適な場所だ。

 バタンとドアが閉まる音と同時に、宮下の背中に手を伸ばす。手を近付けただけでむわっと宮下の体温を感じて、それだけで胸が高鳴った。そのまま形のいい肩甲骨に触れる。

 俺の手の感触に、猫がひゅっと毛を逆立てるみたいに宮下が止まる。一瞬だけ緊張が伝って、だけど触れたら『俺のものだ』って気がした。
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