カルピスサワー

ふうか

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カルピスサワー 38

 ……寒い。

 肩口が冷えて布団にもぐり込む。隣で眠る身体が温かくて、足を絡めて上半身もペッタリとくっ付けて抱き枕にする。

 ──あ。
 トクトクと心臓の音が聞こえて、そっとそこに耳を付ける。
 ザァ、と血が流れる音と、穏やかな心臓の音が単調に流れてくる。
 全力疾走しているみたいな、そんな時は心臓の音って良く聞こえるけど、今みたいにただくっ付いている時はなりを潜めている。この音を聞く度に生きてる、なんて当たり前のことを実感して、嬉しいみたいな気持ちになる。

 赤ちゃんの時にはずっとこの音を聞いているんだっけ? テレビの砂嵐とか、ラジオのノイズとか、ドラムや太鼓の音とか、車のエンジン音とか。赤ちゃんが好きなんだっけな。いつかテレビで流し見た情報を思い出す。
 ……てことは、俺は赤ちゃんと一緒か。そう思うと思わず笑いがこぼれる。赤ちゃんからは程遠い状況に思えた。けれど、赤ちゃんていつもこんななのか?と気付く。
 一番安心できる場所で、あたたかい温もりにくっついて、心臓の音を聞いている。

 まぁ、そっか。本来セックスって子どもできるんだしなぁ。
 そう思うとどこか遠くで、キリ、と胸が痛むけれどそれは見ないふりでやり過ごす。家庭を持つとか、普通の幸せとか、そういうのが嫌いなわけじゃなくて、ぼんやりとした憧れはあった。
 だからこそ、かつて離れて行った元カレのことも、悲しくはなっても最後には諦めが付いた。

 人生は選択の連続で、時に一つの選択が大きく方向を決めてしまう。けれど、それはドラマみたいに大きな決断や事件があるわけじゃなくて、小さな決意だったりきっかけだったりする。
 もうなんとなくそういうのがわかってきて、この、心臓の音が切なく聞こえたりする。
 決断、したんだけど……。まだ引き返せるって気持ちもあったり。自分のためじゃなくて、宮下が。ずっと迷っている。でも、迷っているっていうこと自体が手放したくないってことで、それが既に選んでいることになるってのはもわかっていて。

 宮下に自覚があるのか無いのかはわからないけど、おじさんキラーなんだよなぁー…。
 たぶん若いからこそある余裕。ずっと、を信じられるとか、迷いがないのだとか。歳をとる程なんとなく流されることを覚えて、諦めもどうしようもないことも知って行く。
 それを知らないって、なんて心強くて、それでいて怖いんだろう。

 ──今が、ずっと続けばいいのに。
 ぼんやりと浮かんだ涙を、胸元のシャツに擦り付けて無かった事にする。弱気なことは考えないって決めた。いつまでもふらふらと揺れる心も、流されている状況も、選択の一つで。
 未来を憂いるよりも、今の幸せを享受しよう。
 トクトクとひびく心臓の音を聞いて、だけどやっぱり少し切ない。切ないけれど無性に安心する。
 すん、と鼻をすすると、宮下が腕を回してぎゅっと抱きしめる。

「ん……寒い?」

 寝起き特有の掠れ声。

「大丈夫」

 そう答えたのに、絡めた足も身体も抱き込んで「そう……」と返事をする。はみ出しそうな宮下の腕の中で大人しくして、起きるのかと待ってみたけど、すぐにすぅすぅと寝息が聞こえた。
 寝るのかよ!と突っ込んで、腕の中で緊張を解く。
 昨日は途中でそのまま寝てしまったと思うのだけど、俺の上半身には知らないうちにシャツが着せられている。宮下はシャツと、パンツもはいていそうだけど、俺は下はむき出しのまま。
 俺が寝落ちた後に起きて着せてくれたのかと思うと、本当に赤ちゃんじゃん、と笑えてくる。大分、年増の赤ちゃんではあるけれど。

 ……ん?
 てことは……、せっかく昨日股間を見られないように隠したのに、全部無駄だったってことか!? ガックリと肩を落とす。
 せっかく、隠していたのに……。
 まぁ確かに、今、白髪があるとは限らないけれど、なんかでも、こういう時に限ってありそうな気がするっていうか。いや、それも気のせいなんだけど。
 あー……。何で寝ちまったんだ、俺!
 今更だけど、今更だから余計に気になるんだけど、……でも宮下を起こしたくはないんだよな。二度寝するほどもう眠くはないんだけど……。最近は、実は朝が得意じゃない宮下に合わせて二度寝したり、腕の中でゲームをやっていたりする。

 暇だしスマホは……と首と腕を伸ばすと、抱きしめる腕の力が強くなる。「スマホ取るだけ」と言って、コンセントに刺さったケーブルの先に転がっているスマホを引き寄せた。
 スマホ片手にもう一度宮下の腕の中にもそもぞと戻ると、ぎゅっと抱き締められる。画面の中の時計はもう八時を過ぎていて、起きてもいいんだけどと思うけれど、気持ちよさそうな宮下に負けて、居心地の良い場所を探す。

 ポチポチと情報をチェックして、ゲームアプリを開く。音を消して、宮下の腕を枕に朝からゲームに興じる。ちょっと不便な体勢も、まぁいいかと思える心地よさ。
 せまい布団の中でゲームのルーティーンをこなす。だけど単調なレベル上げの作業は、二人でやっているといつまでもできる程楽しいのに、こうしてひとりでやっていると飽きてしまう。
 一時間程ゲームをして、ポイとスマホを放り出す。宮下はまだ全く動かずにぐっすりと寝ていて、うっすらとのびた髭を手でなぞって、あごにキスをする。
 とげとげとした髭の感触が楽しくて、ペロリと舐めてみる。そのまま少し移動して唇を舐めて、キスをした。けれど宮下が起きる気配はない。
 起きないか……。

 ため息をついて、肩口に頭を乗せる。残念みたいな、まぁでもこのまま二度寝もいいかなと目を閉じる。朝からスマホ画面を眺め過ぎたせいか、目を閉じると涙が目を潤す感覚が気持ち良い。
 意図せずにあくびが出る。手の置く場所が定まらずに居心地が悪くて手の置き場所を探して、宮下の腰に手をまわす。これじゃ痴漢みたいだな、と思いながらも、手はついつい腰から尻を撫でてしまう。
 細身だけどしっかりした腰回りが妙な安心感を誘った。
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