カルピスサワー

ふうか

文字の大きさ
73 / 78

カルピスサワー 73


 引っ越し先の家にはもったいないことに冷蔵庫や家具も残っていて、二人暮らし老夫婦の残したものは家に馴染んで案外調子が良かった。全て新しくしようかと提案もしたけれど、あるものを使いながら徐々に必要なものをそろえることにして、移動させたのはこまごまとした日用品と衣類と一部の家電だけで、引っ越しはごく簡単に済ませられた。

 家の中はキッチンとそこに繋がる広いリビングが庭に面していて、その奥に個室が2つ。独立したバスルームとトイレにウォークインクローゼット。
 リビングに残されていたダイニングテーブルはそのまま、家電は引っ越し先から持ってきたものと買い替えたものを設置していく。個室に残されていたそれぞれのベッドを一部屋にまとめて繋げ、キングサイズのベッドにして、残った個室にはソファベッドを置いた。
 さすがに可愛らしい花柄のカーテンは外して、無地のものにかけ替えると、ずいぶんと家の中の雰囲気が違って見える。

「カーテンだけでだいぶ違って見えますね」

 最後のカーテンのフックをかけ終わった宮下が振り向いて言った。たった数センチだけれども、背が高いとこういう作業は楽そうに思える。

「それだけでちょっと人の家って感じが減るな」

 土曜日の午後。とりあえずの段ボールはリビングに詰んだままで、とりあえず大物だけは設置し終わった。
 休憩に入れたコーヒーを指して、こっちにおいでとストーブの前のベストポジションに設置されたベンチに宮下を呼ぶ。部屋の中は程よく温まっているけれど、冬の定位置はストーブの側が小さな頃からの習慣だ。
 本当に庭を眺めるのが楽しみだったらしく、部屋の中には立派な一枚板で作られた木製のベンチが残されていた。処分しようかどうか迷っていたそれに宮下が座り、いただきます、と行儀よく言って宮下がコーヒーに口を付ける。
 立派なベンチは宮下が座るとずいぶんと絵になって見えた。

「そのベンチ、家というよりカフェにでもいるみたいだな」
「あぁ、立派ですよね。なんの木なんだろ?」
「桜だって。庭木で作ってもらったって聞いちまったから売りにくくて」

 ふーん、と宮下は家の中をぐるりと見まわして、それから言った。

「本当に大事にしてた家なんですね。俺たちも大事にしないと」
「そうだな」

 宮下のこういう素直なところは、やっぱり好きだと思い直す。そんなこと思ったものだから、じわりと頬が熱くなった。
 梗平さん、と名前を呼ばれて隣の宮下を見ると、ちゅと頬にキスをされる。

「なんだよ、急に」
「んー…、なんか可愛い顔をしてたので。キスして欲しいかと思って」

 そう言われてカップを落としそうになり、カップを握る手をぎゅっとにぎる。

「また、そういうことを……」
「へへっ。あー、早く俺もここで一緒に住みたいな」
「そのうち、すぐだろ」
「そうですけど、ちょっとでも早くがいいじゃないですか」
「お姉さんたちと作戦立てたんだろ」
「そうなんですけど」
「じゃあ、待ってるからがんばれ」

 はぁい、と仕方なく言った宮下の唇がもう一度頬に触れて離れる。

 結局、お姉さんたちとの作戦会議の結果、同棲っていうことはしばらく伏せておくことになった。理由はお爺ちゃんが驚いて死んじゃうかも知れないから、なんておどけて言っていたけれど。
 お姉さんがいうには、お母さんはともかく、きっとお父さんが動揺してそこからお爺ちゃんまで伝わるだろう。さすがに高齢のお爺ちゃんを驚かすのは可哀想だから、とりあえずお爺ちゃんが生きているうちか、三十歳くらいまではルームシェアという名目になった。
 宮下はえらく残念そうで恐縮がっていたけれど、正直なところ少しほっとした。

 それでついでに、ルームシェアならすぐに引っ越さなくても、時間を置いた方がいいんじゃないかということになって、年度末の繁忙期を過ぎてからということになった。
 簡単に言えば、家の中をちゃんと片付けてから引っ越しなさいよ、ということらしい。職場や俺の前ではそれなりにマメな宮下だけれど、家での姿は違うようで、それはそれで少し新鮮だ。

 もちろんその時には、恋人とは言わなくてもちゃんと挨拶するつもりでいるけれど。
 まあでも、それはまだ少し先の話。
 その前に何とかして年度末の仕事は乗り切らないといけないし、この家の中も少しは片付けたい。けれど一度座ってしまったらもう動く気にならなくて、とりあえず今日はそこそこ疲れたしとさじを投げた。

「今日はこの辺にしよっか」
「でも、もうちょいやれますよ」
「あとは寝る場所作って、風呂入って、飯食って、必要なやつ出してけばいいだろ」
「なるほど、そしたら無駄ないですね」
「とりあえず俺は風呂掃除するな」
「じゃあ、他は俺がやります。飯はどうします?」
「何もないから、外食か買って来るかしかないぞ」

 荷物を運ぶのが面倒くさくて、食材はのきなみ食べ尽くして来たから、冷蔵庫の中も、他も、米と乾麺すら残っていない。せいぜいが調味料だけだ。

「じゃあ何か買って来て。家でゆっくりしましょう」
「そうだな。動くの面倒くさいし、外は寒そうだしな」
「これから外に行くんですけど?」
「奎吾は若いから大丈夫。年取ると寒いのも面倒くさいんだよ」
「じゃあ、夜はしっかり温めてあげますね。一応これも初夜ですかね?」

 軽口を叩くと、にやりと笑った宮下に軽口で返された。平気な顔をしたいのに、つい赤くなるのが恨めしい。

「風呂は一緒に入りましょうね」

 追い打ちをかけるように言って、おう、と返事をする前にあごを捉えられてキスされる。
 本当に、宮下はすぐに気安くキスをする。嫌ではなくて、嬉しいんだけど……。そうされる度になんだか手綱を取られているみたいで、少しだけ悔しくなった。
感想 36

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】兄さん、✕✕✕✕✕✕✕✕

亜依流.@.@
BL
「兄さん、会いたかった」 夏樹にとって、義弟の蓮は不気味だった。 6年間の空白を経て再開する2人。突如始まった同棲性活と共に、夏樹の「いつも通り」は狂い始め·····。 過去の回想と現在を行き来します。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。