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ー壱ー
04.選択の時
しおりを挟む夢を見た。夢だと思った。
だけどそれは夢というには余りにも現実味を帯びていて、まるで誰かの記憶を覗き見ているかのような奇妙な感覚だった。
「華乃」
美しい人が名前を呼ぶ。
彼女の豊かな黒髪が風に遊ばれてサラリと零れた。
「華乃」
その人は泣きそうな顔をしていた。
泣きそうな顔でそっと華乃の両頬を包み、そのまま指を滑らせて柔らかく抱きしめながら小さく肩を震わせた。
そこに言葉などないのに、華乃は不思議とその人が自分のすべてを理解してくれているような気がした。
「残された時間は多くない。選べ。
そなたの生きるべき場所を己が手で選びとれ」
凛とした声が空気を揺らす。
心にストンと収まったその声は強い輝きを持って華乃を導く。
泣きたくなるほど鮮明にひとつの景色が浮かぶ。
美しい場所だった。
春には大きな桜木がひらりはらりと薄紅の雪を降らせ、夏には空いっぱいに枝を広げた緑が木陰を作り、秋には色鮮やかな葉が絨毯を作る。
街を一望できる小高い丘が、そこに立つ一本の桜木が、生命を育む息吹の風が、全てが美しく愛おしかった。
己れの唯一と定めた存在と共有した秘密の場所。
哀れで愛しいあの子どもの心を休める為に、少しでも暗い深淵から掬いあげられるようにと教えた憩いの場所。
そこが華乃の終焉の場所だった。
その場所で純白を染め上げる緋色の花びらに包まれながら孤独に震える蒼月を置いてきた。覚えてなくても、記憶を失くしても、魂に刻みこまれている。
心の奥底でずっと焦がれ続けた華乃が還るべき場所。
答えは最初から決まっている――――……。
「―――許せ。そなたたちに重荷を負わせる妾を」
ぽたり。
彼女の涙がその滑らかな頬を伝い弾ける。
華乃は応えなかった。
応えなくてもいいと思った。
華乃がなにか言わなくてもこの人ならきっとわかってくれると思った。
だから、華乃は震える腕で自分を抱くその人を一度ぎゅっと抱きしめてやんわりと引きはがす。
「いってきます」
その言葉に目を見開いてくしゃりと美しい顔を歪めたその人に華乃はふわりと微笑む。
そして彼女と同じ音をそっと紡いだ。
「 」
重なった声に華乃はそっと言葉を添えた。
泣き笑いの表情で選ぶ道を残してくれた彼女への心からの感謝と決意を込めて。
「ありがとう―――」
そのまま背を向けて振り返ることなく歩き始めた華乃の背を押すように夏の清流のような声が吹き抜けた気がした。
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