蒼の記憶

のどか

文字の大きさ
27 / 27
ー肆ー

26.また明日

しおりを挟む
 話を聞けば飛鳥の突然の訪問はよくあることらしく、先輩女中たちは皆、雅冬と飛鳥の気安いやり取りを微笑ましそうに見守っている。
 そのやり取りの中に、雅冬のお茶くみ係に指名されている華乃が組み込まれると、更にあたたかな微笑みを浮かべてそっとその場を立ち去られる。華乃がどれほど助けを求める視線を送っても、満足そうに頷いて去っていく。そしてその後、華乃がするはずだった仕事を片付けてくれる。
 違う! そうじゃない! 
 声を大にしてそう言いたいが、絶妙なタイミングで柚稀を寄越してくるので何も言えなくなる。
 飛鳥が来てから、雅冬は雅冬で華乃の仕事は自分の側に侍っていることだとでも言いたげに側から離さない。少しの用事で華乃を呼び、引き留める。柚稀が青筋を浮かべようと、華乃の居場所を把握したがり、可能な限り側に置く。
 それなのに、怒られるどころか満面の笑みで見送られ、挙句の果てには貴女の仕事は殿のお側で身の回りのお世話をすることよ、と本来の仕事を取り上げられている。
 飛鳥が滞在する間、身の回りの世話を華に頼みたいと指名してきたそうだが、雅冬はもちろん女中頭までもが笑顔で断っていたと先輩が興奮気味に教えてくれた。
 飛鳥の来訪以来、がらりと変わってしまった職場環境を思い浮かべながら遠い目をしてお茶を啜る。
 はて、自分は一体何をしているのだろうか。

「華、これも食え」
「華ちゃん、これも美味いで!」

 知ってます。その茶菓子を選んだの、私なので。

「……そろそろ、仕事に戻ってもよろしいでしょうか」
「お前の仕事は俺の相手だ」
「せやで、華ちゃん。
 お客ぼくの相手もお仕事やで」
「ふざけんな。
 大体テメェはいつまでいるつもりだ。さっさと帰れ!」
「雅冬がイジメるーー!華ちゃん、やっぱり僕と一緒にかえろ?」

 両隣から聞こえる声に華乃は大きく息を吐いた。

「殿、先ほどから休憩ばかりで手が進んでおりませんよ。
 柚稀様との約束を違えるのならば私は下がらせていただきます。
 飛鳥様も、殿の政務を邪魔なさるのならばご退室を。
 話相手が必要ならば、手の空いている者をお呼び致しますが?」

 にっこり笑ってそう言い切ると喧嘩がピタリと止まった。

「悪かった。ちゃんと仕事をするのでここにいてください」
「堪忍や。大人しくしとるから一緒におらしてください」
「二度はありませんからね」
「「ハイ」」

 すごすごと筆をとった雅冬としゅんと大人しくなった飛鳥に華乃は思わず目を細めた。
 遠い昔、同じようなことがあった。
 あの時は政務ではなくて手習いだったけれど、今と同じように叱られた後に肩を落として勉学に励んでいた。しばらくしたら、また同じようにいがみ合っていたけれど。
 あの頃は、泣かされるのはほぼほぼ飛丸――――飛鳥様だったけれど、今は対等に見える。
 成長された。お二人とも。
 懐かしむように、愛おしむように、華乃はそっと目を閉じた。

「……華、」
「はい」
「いや、なんでもない。ちゃんとここにいろよ」
「ちゃんとおりますよ」

 いやに真剣な目で、確認するようにそう言った雅冬に華乃は目を瞬きながら頷いた。

「失礼します。
 ……殿が仕事してる、だと……」

 驚愕に目を見開いた柚稀に華乃はなんとも言えない顔で雅冬を見た。
 そんなにいつも仕事をサボっているんですか。と言いたげな華乃の視線に雅冬は慌てて違うぞ! と言い訳を始めるが、柚稀はそれどころではない。未だに現実に帰って来ない柚稀に華乃は心の底から労いの言葉をかけた。

「柚稀様、本当にいつもお疲れ様です」
「華殿、何卒なにとぞ、このまま殿の見張りをお願いします。
 何卒……!!」
「はい。私などで柚稀様のお役に立てるのなら」
「ありがとうございます……!」

 感極まった柚稀に本当に苦労してるんだな。こんなところまで父上に似なくていいのに。と涙が出る思いだ。

「ああ、そうだ。飛鳥様、晴陽はるひ殿がお見えです」
「げ」
「ご挨拶ですね。殿。
 勝手に宿を飛び出して、数日で戻るのかと思って待ってみれば、音沙汰もない。
 私はどこで教育をまちがえたのでしょうねぇ?」

 静かに怒っている美麗の従者に飛鳥はあちゃーと額を抑えた。

「あー堪忍な。晴陽」
「さ、帰りますよ。いつまでも国を空けていられません」
「あーそれなんやけどな。もうちょっとだけ待ってくれん?」
「は?」
「頼むわ。夜はちゃーんと宿に戻るし」
「何を当たり前の事をおっしゃってるんでしょうねぇ。幾ら同盟国の城とは言え、連絡なしに連泊するほうが可笑しいんですよ」
「あー分かった分かった。いったん宿に戻ろ? な?
 雅冬、また明日な!」
「早急に国に帰れ。アホ鳥」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

好感度0になるまで終われません。

チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳) 子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。 愛され続けて4度目の転生。 そろそろ……愛されるのに疲れたのですが… 登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。 5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。 いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。 そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題… 自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...