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プロローグ

2話 終焉都市アウトムンド

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 ――――――終焉都市アウトムンド



 名前の通り端的に言えば、終わってる都市だ。強盗・殺人・人攫い、なんでもありの極悪非道が売りである。

 冒険者崩れの者や、犯罪者、流浪人など行く宛てのない者が辿り着く最後の都市。



 アレスが向かおうとしているのは、そんな所だ。そこに、アランとミアの旧友がいるなんて信じられないが仕方ない。

 他にも何個か当てはあるが、一番いいと思ったのがその人なのだ。



 最初は、いきなり冒険者になろうかとも考えたアレスだったが、何の力もない子供がやっていける程甘くはない。

 自らの力を過信し、初迷宮や初依頼クエストで命を落とすなんて話は良く聞く。



 なので、アレスはまず力をつけるべきだと考えた。魔法を使えない自分が果たして強くなれるのか? そんなことは分からない。



 でも、アランやミアの旧友であればどうにかなるのではないか、という考えがあるのも事実だ。



「ふう、できるだけ急いだ方がいいな」



 アウトムンドまでは、マルノからだとそこまで遠くはない。アレスの足でも丸一日歩けば着くだろう。アウトムンドまでの道のりは過酷ではない。魔物が住まう森を抜ける必要があるが、数十年前に全エリアの探索が終了し、馬車が通れる程に道が整備されている。



 比較的安全に、抜けることが出来るのだ。ただ、そうはいっても夜の森は危険なので翌日の明け方に出発する。

 なぜ、終焉都市とまで呼ばれる場所まで道が整備されているのか?



 終焉都市アウトムンドは、元々は領主が治める都市であった。しかし、領主の跡継ぎが次々と殺され、途絶えてしまったのだ。



 国は代わりとなる領主を急遽派遣したが、簡単に都市を治められるわけもなく。これまた殺され、遂に領主が消えた。

 それからのアウトムンドは酷かった。荒れに荒れ、1年もしない内に終焉都市と呼ばれるようになった。



 太陽が昇り始め、朝焼けで色づき始める時間帯にアレスは出発した。

 さらに歩くこと1時間、視線の先に終焉都市と思われる光景が見えてきた。



「これが、終焉都市アウトムンド……」



 入口と思われる、錆びれた巨大な門が堂々と開けられている。その左右には、見張り台のようなオンボロ建造物がある。



 門に近づいた時点で、強烈な臭いが鼻をかすめる。様々な臭いが入り交じった未だかつて無い臭いがアレスを襲う。



「うっ……くっさ……なんだ、これ」



 思わず、着ているローブで鼻を覆う。覆っても臭いはまだ感じる。臭いだけでおかしくなりそうだ。

 これは衛生上悪いだろうな、と強く思うアレスであった。



(これは、うっ……慣れるのに、時間が、かかるな)



 終焉都市なだけあり、大都市のように綺麗に掃除や整備もされてない。辺境村マルノでも、もっといい筈だ。

 辺境村でも比較的綺麗なので、それに慣れてしまったアレスにはさぞきつかろう。



 しばらく時間を置き、再度アウトムンドへ進入する。即席で作った鼻栓が効いているようだ。

 中は、お世辞にも都市とは呼べないものだ。家が全壊していたり、半壊していたりまともな家が1つも見つからない。



 隅にはまだ子供だろう、アレスよりも小さい子が固まっていたりもする。所々、血痕の痕も見られる。



「ほんとに、名前の通りの場所だな」



 アレスはフードで顔を隠しながら、旧友の元へ向かう。アランとミアが残した紙には、ご丁寧に地図まで書かれていて迷うことは無い。



 十字路を右に曲がってすぐ、一際大きな悲鳴が聞こえてくる。



「いやああああああ!! やめて、やめてよぉ……」



 建物の物陰に隠れながら、様子を伺うと長髪の女性が男数人に囲まれていた。

 男達は女性の手足を縛り、首に錠をつける。



 ――――人攫い、奴隷商の構成員だ。



 アレスは歯噛みしながら、助けに行くかどうか考えを巡らす。

 本来ならば行くべきだろう。

 だが、行ったところで何ができる?



 今は何の力もない、一振りの剣を持つ子供だ。



「くそっ……」



 アレスは歩き出した。人目に触れないように、振り向かないようにして。

 こんな都市だ。人攫いなんて日常茶飯事、自業自得だろう。そう自分に言い聞かせて、歩く速度をだんだん上げていった。



 ◇◆◇◆◇◆



「ここか……?」



 アレスは目的地と思しき場所へ辿り着いた。恐らくそうだろう。まともな家なんてないはずなのに、家が建っている。他と比べるまでもないが、アウトムンドにしては最上級だろう。



 キョロキョロと周囲に人がいないことを確認し、扉に手をかける。ごくり、と固唾を飲んで扉を引く。



 キイイイイイ―――――パタン………



 中は少し薄暗く、不気味だ。



「ジャンヌ教授、ジャンヌ・ヒルリヒート教授! いませんか!」



 アランとミアの旧友、ジャンヌ教授の名前を呼ぶが返事はない。ゆっくりと一歩ずつ足を進めていくアレス。

 床の至る所に本が積み上げられており、コポコポと何かの液体を熱する音も聞こえる。



(なんかの実験でもしてんのかな……)



 すると、奥から足音が聞こえてくる。家主だろうか……



「んーー誰、だ……? 私に用なんて、何者だぁ――」

「! こ、ここです」

「んーーーー? こ、ども…… ?」



 ジャンヌの両目がアレスを捉える。子供ということに若干驚いている様だが、敵意などは感じられない。

 ジャンヌの髪はボサボサで寝起きと思われても無理はない。



 アレスはジャンヌを見つめながら、口を開く。



「ジャンヌ・ヒルリヒート教授でしょうか?」

「……いかにも、私はジャンヌだが。君は誰だ?」

「アレスです。アレス・スタンディードです」

「―――!! あ、アレスなのか……本当に、アレスなのか?」



 アレスという名に、ジャンヌが反応する。目を見開き、眉がぴくりと動く。

 明らかに名を知っている反応だ。それを察したアレスは、矢継ぎ早に次々と言葉を重ねる。



「父はアラン、母はミアです。故郷は辺境村マルノ、レイダース3連覇クラン【王直】のリーダーでした……!」

「……アラン、ミア、マルノ、王直……間違いない! アレス、生きていたのか……」



 片手で抱えていた本をバタバタと落とし、真っ直ぐアレス目掛けて駆けていくジャンヌ。

 急に走り出したので、驚いたアレスは思わず目を閉じる。



 バッ、と体に衝撃が走ったアレスは恐る恐る目を開ける。ジャンヌがアレスを強く強く抱きしめていた。膝をつき、生き別れの子と再開したかのように、ひたすら抱きしめている。



「え、と……ジャンヌ教授……」

「よく生きていてくれた、アレス……」



 ◇◆◇◆◇◆



「いやー、ごめんごめん。情けないとこを見せてしまったな」

「いえ、大丈夫ですよ……」



 現在のジャンヌはボサボサだった髪を整え、セミロングの翡翠色でとても綺麗だ。

 アランやミアと同年代なはずなので、歳は40を超えていると思われるが……。



 そんなことはともかく、アレスは先程から気になっている事をジャンヌにぶつけた。



「あのー、なんで俺が死んでいるものと思ってたんですか?」

「それはだな……アレスは魔法が使えないだろ? 魔法の不使用ってのは、それだけで忌避の対象になったりする。村を追放されたと思っていてな」

「そういうことでしたか……。でも、大丈夫でしたよ。ちゃんと皆親切でしたから」

「そうか……」



 親切だったというのも、アレスの両親の故郷がマルノ村だったというのが大きな理由だ。

 仮にアレスの両親がマルノ村と関係なければ、アレスは早々に村を追われていたことだろう。



 アレスの知る由もないことだが……。



「さて、アレス……。どうして君がこんな所まで来たのか聞かせてくれないか? 10歳そこそこの子供が来るとこじゃないぞ……」



 ジャンヌは、呆れの視線をアレスへと送る。いくら親が強いとはいえ、まだ戦う術を知らない子供がアウトムンドまで来るのは危険だ。何か、理由があるのはジャンヌにも分かる。



(まあ、おおよその理由は分かるがな……)



「ジャンヌ教授にお願いがあって来ました。俺は、冒険者になるために村を出ました。けど、今の俺にそんな力はないです。なので、俺に戦う術を教えて下さい! 冒険者としてやっていけるだけの力を!」



(やっぱりか……)



 アレスは、内に秘めたる思いの丈をジャンヌへ吐き出した。ジャンヌも元とはいえ、【王直】のメンバーだ。それに、王都の王立学院で教鞭を取っていたこともある。



 アレスがジャンヌを訪ねたのもそれが理由だ。ジャンヌであれば、魔法を使えぬアレスに戦い方を教えてくれる筈だ、と。



 だから、ジャンヌは旧友の息子の頼みを引き受ける。



「いいぞ、私が君を鍛えてやる。他ならぬアレスの頼みだ。断る義理もないがな。ただ、冒険者になってどうする? 迷宮で一攫千金でも狙うのか?」

「いえ、で優勝します」

「ほう……それは大きく出たな」



 レイダースでの優勝、という言葉を聞き口の端を吊り上げるジャンヌ。まるで、その言葉を待っているかのようだ。



「――――本気ですよ」



 アレスの口からも小さくだが、そんな言葉が放たれる。本気の目がジャンヌを射抜く。



(いい目をする……。アラン、ミア――――お前たちの息子は中々の器の持ち主だぞ)



「よし! そうと決まれば、早速予定を話しておこう。期間は3年、君の同年代が学院を卒業するまでがタイムリミットだな」

「そうですね、俺もだいたいそれくらいを想定してましたから」

「ならいい。それから……アレスには一通りの剣術、体術を叩き込む。だが、それだけじゃダメだ。レイダースを制するには、魔法が不可欠だ」

「……ちょっと待ってください。俺は魔法が使えません」



 アレスは当たり前のように反論した。そうだろう、魔法が物理的に使えぬ者に使え、なんて言ってもそれはただの馬鹿だ。



「まあ、待て。魔法を使えとは言ってない。君にはが必要だ。さて、そのモノとは何か……分かるか?」

「……………すいません。分かりません」

「ん? 分からないのか……あるじゃないか。全生命が、君にも共通して存在するものが。ま」



「あっ……! ――――――魔力」



 その言葉は無意識のうちにアレスの口から出ていた。

 ポツリ、と独り言のように呟かれた言葉をジャンヌは聞き逃さなかった。



 ニヤリ、といたずらっ子の笑みを浮かべ、ジャンヌは声高々に叫んだ。



「そうだ! アレス、君は……



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